リアリズムは「保守」である |
さて、最近久しぶりに論文を書いていて気づいたことを一つ。
戦略学、もしくは戦略研究(strategic studies)というのは、その基本思想というか学問・実践の「前提」に、リアリズム(Realism)と呼ばれる国際関係の見方・理論・アプローチを持っております。
リアリズムを簡単にいえば、「冷酷なパワー関係から物事を見るアプローチ」ということになるのかもしれませんが、当然ながらリアリズムを信奉している専門家にも色々な見方をする人たちがありまして、ズバリ「これがリアリズムだ!」という説明をうまくできている人はおりません。
ところがその共通項というものを探っていくと、このリアリズムの論者たちにもいくつかの共通項があります。
ここではその全部の共通項を説明はしませんが、そのうちの一つをあえて挙げれば、「人間の本性」(human nature)に関する見方。リアリストと呼ばれる人々は、これについてやや悲観的です。
リアリズムでは、人間というのは昔からあまり進化しておらず、いざとなればホッブスが想定している「万人の万人にたいする戦い」が現れるという考えが土台にあります。
つまり彼らは「最悪の事態はいつか起こるし、悪は人間の心の中に潜んでいる」という考えを否定しておらず、いわば危機管理的な考え方を常に持つことを忘れるなとアドバイスするわけです。
そういう意味では、彼らは人間(の社会)が進化して、(戦争のような)最悪な事態や心の中の悪は克服できるとは考えておらず、とりあえず世界をより良い方向に無理やり進めていこうという考えもそれほど持ちません。
これはようするに、彼らはその考え方において「保守的」であることになります。
その理由ですが、彼らが国家や国際環境の安全を守ろうとするのであれば、人類の意識の変化というあやふやな性善説に彩られたものではなく、あくまでも(保険としての)性悪説をとり、そこからいまある既存の世界の力を使ってほんの少しだけマシな世界を維持できればいい、という考えをとるのです。
以下は最近調べていた時に見つけた引用ですが、この二つはこのようなリアリズムの考え方をうまく表した言葉かと。
●リアリズムとは、政治における道徳・倫理や理性というものの限界を明確に認める立場だ。リアリストたちは、政治的現実には権力争いというものが存在し、パワーにはパワーで対抗するしかないという事実を受け入れているのだ。(ゴードン・ハーランド)
●世界というのは、合理的な観点から見れば不完全なものであるが、それは人間の本性に根づいた力のもたらした結果である。世界を改善したいのであれば、この力に対抗しようとするのではなく、それをうまく利用しなければならないのだ。(ハンス・モーゲンソー)
こういうことを書くと元も子ないという気がしますが、とりあえず日本の学校ではあまり習わない考え方なので、覚えておくのに損はないかと。

