戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

本当に「成功」したい奴はいない

今日の横浜北部は梅雨空の一日でした。傘を持たずに出たらちょっと失敗。濡れました。

さて、昨日と少し関連する話題について。

長年「戦略とは何か」ということを人よりは少しだけ考えてきた自分なんですが、戦略論の文献などを読んでいても、とてもむなしくなる瞬間があります。

それは、「これを読んでいる人たちって、そもそも本気で成功したいと思っているのだろうか?」という根本的な点。

戦略の分野で有名な本、たとえばクラウゼヴィッツの『戦争論』や孫子(孫武)の『兵法』などは、その読者の対象は、どちらかといえば「殺されないように必死で生き残りをはかりたい!」という人たちばかり。

ところが、それを読んでいる、私を含む現代のわれわれのの中で、本当にこれらが書かれた当時の「必死さ」で戦略を学ぼうとしている人っているのかといえば、ここはかなり疑問なわけです。

これは「読み手の問題」ということも言えそうなのですが、このような戦略書だけでなく、ごく一般のビジネス書や成功法則系にも、この「読み手の問題」というのは大きいのかと。

どういうことかというと、私は最近、世の中に本気で“勝ちたい”と思っている人は、実はかなり少ないのではと感じているからです。

というかむしろ、大多数の人は「勝つのは悪いことだ」と刷り込まれているのでは、と疑っております。

たとえば、世の中にはいわゆる成功系の本は溢れておりまして、ちょっと本屋にいけば、その手の本が、それこそ町の小さな本屋でも5冊くらいは簡単に手にいれられます。

ところがそれを読んだ人が全員成功できるのかというと、それは絶対無理なわけです。なぜなら、読んだ人の能力に個人差があるからで、そのために成功する人としない人の差が出てくる、と。

このような説明の仕方は一般的なものですが、私はいままでこのような説明にどうも納得いかなかったので、色々と周りの例などを観察してきたわけですが、最近に至って何となく結論として出てきたのが、

勝つ人、成功する人の差は、それに快を感じるか、不快を感じるかにあらわれる

という単純なベンサム的なもの。

たとえば成功する人、勝つ人というのは、そもそも勝ったり成功したりすることに抵抗感をまったく感じませんし、それが気持ちいいとさえ感じているわけです。

「そんなの当たり前じゃんか!」

と文句も聞こえてきそうなわけですが、本当にわれわれは「成功すること/勝つこと」に気持ちよさを感じられるかというと、ほとんどの人は無理なのでは?

たとえば最近「ブラック企業」として色々と話題になっている会社のトップであるW氏などは、成功することが大好きであり、おそらく自分がやっていることを本気で「素晴らしいことだ」と心の底から考えているはずで、彼はそこには何のやましさも感じていないはずです。

ところがその反対に、勝てない人、成功しない人というのは、そもそも勝つことや成功することに無駄な抵抗感を感じていたり、それが「後ろめたいことだ」と罪悪感を感じているらしいのです。

「らしい」と書きましたが、本人たちを外から見ていると、どうも彼らは表面的には「成功したい」みたいなことを言うわけですが、その行動はまったく正反対なことをしてぶちこわしたり、わざわざわチャンスを逃したりしているのです。

そうなると、こういう人たちはどう考えても潜在意識で「成功してはダメだ」と思い込んでいるとしか思えないわけで、結局はこういう人に戦略論を教えても全然意味はナシ。

もしかすると、口では「成功したい」「勝ちたい」と言っているのに、本心では成功してはいけない、勝ってはいけない、と考えている人は、世の中の大多数なのではないでしょうか。

成功本を書いている人というのは、自分が本気で成功したいと思っていたから成功した人であるがゆえに、実は本気で成功したいと思っていない人たちには、そのメッセージが絶対に届かないわけです。

なぜなら自分の世界観(成功していない自分)と違うアイディア(成功している自分)の間に、埋められない大きなミゾがあるからですね。

われわれはもっと、このような「書き手」と「読み手」の意識のギャップというところに注意すべきなのかもしれません。

b0015356_22924100.jpg
(デュークの後ろ姿)
Commented by えんき at 2013-06-11 23:42 x
ミクロ経済的な視点で見れば、彼らは自ら望んだ結果を得た訳であり、捨て置けば良いだけの話です。しかし、国家戦略の次元で見れば、彼らは我々の存続を否定し心中を強要する悪魔であり、共存の道は無いと思われます。これから先、彼らは要職からパージされ、生命財産が奪われるような局面を迎えるかもしれませんが、微塵も同情すべきではないでしょう。
Commented by いいじま at 2013-06-12 01:08 x
国土が限られてる日本では、狭い中でどうやって多くの者が生きていけるかを長い間考えてました。多民族を征服する事で豊かになっていった大陸に住む民族とは「成功」に対する姿勢が根本的に異なるのは止むを得ないと思います(~_~;)
Commented by 774 at 2013-06-12 08:32 x
わかる気がします
義務教育ですかね
勝つことが必ずしも善と思えない
単純なゲームでも勝ってると申し訳ない気になってきます
だからと言って負けるのも嫌なので
Commented by tarou at 2013-06-12 09:36 x
限られた国土に生き、日本の義務教育と言う「いわば閉ざされた世界」を経験する我々は、他民族が交流、激突、切磋琢磨しあうグローバル世界には向いていないのか。そうした中でどう対処してゆけばよいのか、奥山先生のお話を参考に真剣に考えていく必要があります。
Commented by 朽木倒 at 2013-06-12 18:53 x
戦争における「人殺し」の心理学で言う所の攻撃的精神病質者(人口の2%と言われる「殺人」に忌避感を抱かない人間の事)みたいなものもあるのかもしれませんね。
人口内でナチュラルに「成功」を志向して、他人のダメージは無視できる人間というか。

将来的には人口の殆どがPTSDに対するのと似た治療を受けながら、「成功」に邁進するのが人類の姿になったりするのかもしれませんね……
Commented by ドイツ暮らし at 2013-06-13 02:12 x
「世界観」レベルのお話として伺いました。
本気で成功したいと思わなければ、他の階層でいくら優れても理想的な状態には届かないのでしょうね。
ただ、どうやって本気で成功したい世界観を身につけられるでしょうか?宗教か人生の中での衝撃的な体験でしょうか?
Commented at 2013-06-13 07:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by masa_the_man at 2013-06-13 23:47
えんきさんへ

>国家戦略の次元で見れば、彼らは我々の存続を否定し心中を強要する悪魔であり、共存の道は無いと思われます。これから先、彼らは要職からパージされ、生命財産が奪われるような局面を迎えるかもしれませんが、微塵も同情すべきではないでしょう。

こういう人がエリートになると厳しいですよね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2013-06-13 23:48
いいじまさんへ

>大陸に住む民族とは「成功」に対する姿勢が根本的に異なるのは止むを得ない

そうなんですが、別の「成功」もあるのでは。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2013-06-13 23:49
774 さんへ

>義務教育ですかね

まあ文化的なところはあるでしょうなぁ

>だからと言って負けるのも嫌なので

そこはバランスかもしれませんね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2013-06-13 23:50
tarou さんへ

>他民族が交流、激突、切磋琢磨しあうグローバル世界には向いていないのか。そうした中でどう対処してゆけばよいのか、

個人ではけっこういける、というのが私の経験です。ただし国レベルになると微妙かと・・・コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2013-06-13 23:52
朽木倒 さんへ

>人口内でナチュラルに「成功」を志向して、他人のダメージは無視できる人間というか。

ちょっと私の成功者のイメージが違いますが、まあこの分析もありかと。

>「成功」に邁進するのが人類の姿になったりするのかもしれませんね……

というか、もうやり方やメソッドなんかはすべて揃っていると思います。あとは本人のやる気だけでしょうか。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2013-06-13 23:53
ドイツ暮らしさんへ

>「世界観」レベルのお話として伺いました。

その通りです。

>どうやって本気で成功したい世界観を身につけられるでしょうか?宗教か人生の中での衝撃的な体験でしょうか

そういう人は多いですよね。内側から出る衝動みたいなものがないと。必要条件ではないかもしれませんが。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2013-06-13 23:56
無花果さんへ

>で発信しているだけ、というか。

えええ、そういう風に見えますか?!

>感さの必要性

いえ、そういうことじゃないのです。

>ておいでなのでは。

ピンピンしております(笑)できれば私自身のことではなく、意見そのものについて(人格などを切り離して)議論をしていただけるとありがたいです。コメントありがとうございました
Commented at 2013-06-14 11:13 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by masa_the_man at 2013-06-14 20:57
無花果 さんへ

>生きていく上で不自由を感じるほどには勝たなくても平気だから

求めていないから、とも言えますな。

>「より高次元の価値あるものの勝利」と認識するようにバイアスをかませる

かませるのはいいんですが、他人がそこまですべきものかという問題も出てきますなぁ。コメントありがとうございました
Commented at 2013-06-15 02:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 待兼右大臣 at 2013-06-17 01:50 x
>>本心では成功してはいけない、勝ってはいけない、と考えている

というよりも、大多数の人は「成功」を
A~Yまでの変数が一定の値をとる中で「Z」を最大化すること
と捉えていると思います。

社会では「A~Yまでの変数」の総称を「社会規範」あるいは「常識」という名で呼んでいると思います。

しかし、中には、「A~Yまでの変数」のうちのいくつか(場合によっては全部)を考慮することができない人がいます。そのような人は、一般的には、「社会のはみ出し者」として何らかの不利益を受けるもの、あるいは社会にもまれるうちにそのようなことはなくなるのですが、ごくまれに「成功者」として賞賛される人が出てきます。

Commented by 待兼右大臣 at 2013-06-17 01:51 x
このブログで言う「横綱論」で言えば
横綱:「A~Yまでの変数」全てが一般人と同じ範囲内に収まっても「Z」
    が途方もなく極大化できる人

大関:「A~Yまでの変数」のうちいくつかが欠けていて、かつ、「Z」 が
    途方もなく極大化されている。
    また、「Z」が一般大衆と同レベルに落ちても社会的な非難を受
    けない人

関脇・小結:「大関」とは異なり、「Z」が一般大衆と同じレベルに落ち
        れば、社会的な非難を受ける人

といったところだと思います。
Commented by 待兼右大臣 at 2013-06-17 01:56 x
実は、一般大衆にとって、「A~Yまでの変数」が「一般常識」の範囲内に収まっていることが、一番費用対効果の高い「成功」なのではないでしょうか。

「北斗の拳」に出てくる「ヒャッハー」の様な完全競争社会で「成功」できる人がどれだけいるでしょうか。そして、そのような完全競争社会で成功「できなかった」人はどのような末路をたどるでしょうか。
by masa_the_man | 2013-06-11 22:10 | 日記 | Comments(20)