ルトワックの「日本語版へのまえがき」 |
さて、ルトワックの中国本も訳出作業がいよいよ最終段階に入ってきておりまして、最後に残った著者本人からの「日本語版へのまえがき」を現在翻訳しておりますので、その冒頭部分だけここに掲載しておきます。
いただいたタイトル候補ですが、金曜日の夜に当選者の発表を行う予定です。ご期待下さい。
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日本語版へのまえがき
●ソ連が崩壊した時に、「日本はこれから本格的に平和な時代を迎えた」と考えることは妥当であったように思える。日本はアメリカからしっかりと守られている同盟国という立場であり、唯一の脅威は口うるさいが国力の弱い北朝鮮だけだったからだ。
●ところがその当時からも中国経済は急速に発展しており、同時に軍事費もうなぎ上りであったが、それも実際は脅威であるように見えなかった。その理由は、中国が「平和的な台頭」(Peaceful Rise:中国和平崛起)という自制的な政策に従って行動していたからだ。
●このスローガンは、日本をはじめ、アメリカや世界の国々に向かって「中国は自らのルールを押し付けたり軍事力で領土を獲得するのではなく、国際的な行動ルールに従い、既存の国境を守り続ける」ということを明らかに約束していたのだ。
●もちろんインドやベトナムとの目立った領土・領海争いはあったのだが、「平和的な台頭」という政策ではそれらはほとんど触れられておらず、例外的に「すべての紛争が時間がたてば互いの合意によって平和的に解決するという」という指摘がなされたくらいであった。
●北京政府が自国の領土であると(ときに激しく)主張し続けている台湾のケースについても、もし台北の指導者が独立宣言(つまり中国からの分離)をすることによって現状維持を崩さなければ、中国は台湾を軍事侵攻しないと約束していたほどだ。
●国家が平和的な状態を、とくに平和的ではない時に約束するのは別に珍しいことではない。しかし中国の場合には「平和的な台頭」は非常に信頼のおけるものであった。
●なぜなら自国の悲惨な状態から繁栄状態までの急速な成長を許してくれた国際システムを維持することは、彼らにとっても明らかに利益になるものであったからだ。
●ところが中国の行動は二〇〇五以降に変化しはじめており、二〇〇八年の金融危機の勃発以降はさらに急激になっている。
●振り返ってみると、この時の中国の支配層――党の幹部や影響力のある学者のアドバイザーたち、そして活動的なPLA(人民解放軍)の将校たちなど――は、金融危機の意味を「拡大解釈」してしまったのだ。
●彼らは「経済の総合力で中国の超大国への台頭が早まる」と正確に認識しており、すでに中国の戦略的な力も大規模に拡大してしまったかのような言動と行動を始めたのだ。
●それまでよく北京に通っていた訪問者たちは、相手側がいままでの自制的な態度から横柄な態度へと急激に変化したことや、外交部の幹部たちの使う新しい言葉――さらにはボディ・ランゲージまで――が独善的なものになってきたことに驚かされることになった。
●さらに危険なのは、長期にわたって休眠状態にあった領土紛争が一つずつ復活してきており、しかもこれが今までのようなトップダウンの指示によるものではなく、民間や軍の組織の中に態度の変化が拡大したことによって起こってきたような部分が大きいことだ。
●実際のところ胡錦濤(Hu Jintao)は、最近になって中国の力の拡大を最大限に活用しなかったとして批判されている。
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以上。