戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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厳しい意見の効用?

今日の横浜北部はまたまた快晴でしたが、午後は風が強かったですね。明日には気温が上がるみたいですが。

さて、頼まれた仕事の関係で、完全に専門分野とは違うアフリカ援助に関する本を読んでいるのですが、そこで感じたことをひとつ。

ここ数日なんですが、ヒマを見つけて以下の本を読んでおります。

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ダンビサ・モヨというザンビア出身の黒人女性(と言っても超エリート)の書いた、『援助じゃアフリカは発展しない 』(Dead Aid)という数年前に出た本です。

この人は議論のつめ方がかなり大雑把だなという印象はあるんですが、アフリカ側から見たオリエンタリズム的な植民地主義的な効果のない西側の援助(Aid)を痛烈に批判しているのがミソ。

ようするに彼女がいいたいのは、いままで行われてきたような「かわいそうなアフリカ人に西側の人々が助けを差し伸べる」という形での援助は効果がないので、もっと自立を促すようなビジネス的な「直接投資」というスタイルのもののほうが良いということ。

そういう意味では、現在の中国のやり方というのはアフリカにとってはかなりありがたいものであり、実際に効果も挙げているという意外な結論を導き出します。

このような結論を見て私が感じたのは、「本当に効果のある(相手のためを思った)手法の実行の難しさ」というものです。

たとえば戦略学などでは、相手にたいしてもっとも厳しい「軍事力の行使」やその脅し、というものがテーマになっているわけですが、実はこのような厳しい手段が効果を挙げてしまった例というのは(日本人的には認めたくないですが)歴史上にはけっこうあるわけです。

しかしこれを今のリベラルな社会や学会でいうのはかなり勇気のいることなので、なかなかこの辺の議論は伝わらなかったりするわけですが、考えてみればこような、

本当に効果のある、一見すると受け入れられないような厳しい手段の必要性

というのはあったりするわけです。

たとえば個人的なレベルだと、恋愛経験のあるかただったら少しはお分かりの通り、「今この子と別れたほうがうまくいく」みたいなことだったり、「子供にこれを買って甘やかせてしまえば、本当にこの子のためにはならない」という決断だったりするわけです。

また、社会でいえば「福祉に回す金を削らないと、若い世代の教育や成長に回す金がなくなってしまう」などというものがありまして、これも直近では厳しくてなかなか受け入れられないのですが、本当は必要な決断だったりします。

戦略を勉強していると、どうも一番難しいのが、本当は効果があるのに直近の抵抗で実行できないケースであり、それでダラダラしていると問題がさらに悪化するというパターンです。

「厳しい決断」や「痛みを伴う改革」というのは、この痛みを感じる人々にとってはたしかに害悪以外の何者でもないわけですが、どうしても必要な場合が出てくるから厄介なわけです。

このようなジレンマというのは、人間が人間でいつづけるかぎり逃れられないものなのかなぁ、という感じを禁じ得ませんでした。
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(公文はイギリスでも有名です)
Commented by 無花果 at 2013-05-08 00:43 x
日本はむしろそういう面で「お恵み」ではない援助を積極的に行ってきた国ですので「むしろリスクのない援助は相手のためにならない」という価値観を持って行動していましたが、イギリスやアメリカに「先進国の援助は哀れな後進国に対しては無償であるべきだ」と発展に繋がる援助を過去に潰されていますね。
援助を受ける側の甘えの心理を利用して被援助国自身に「ひたすら施すだけの援助」を礼賛させるパターンはお家芸のように思います。
もっとも、楽さに流されて乞食から抜け出せないのなら自主独立の資格などない、という見方もまた事実だと思いますが。
中国の場合は本当に「檻の中の安全」すら奪ってしまうやり方だからこそ、現地の人間を怠惰の檻から追い出し、火をつけられる、ということでしょうか。
Commented at 2013-05-09 16:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by masa_the_man | 2013-05-07 21:32 | 日記 | Comments(2)