2013年 04月 24日
フランス革命の結論を出すにはまだ早すぎる? |
今日の横浜北部は朝から曇っておりまして、昼過ぎから雨になりました。気温は戻ってきましたが。
さて、歴史を揺るがす(?)興味深い史実の訂正のニュースがありましたのでその要約を。
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周恩来の謎の発言は翻訳の勘違い?
byリチャード・マクレガー
●フランス革命のインパクト?「それは結論を出すにはまだ早すぎる」
●1970年代初期に、周恩来はおよそ200年前にフランスで起こった暴動についてこのように答えたとされているが、この発言は中国がいかに長期的にものごとを考えている、忍耐強い文明であるかという意味でよく引き合いに出される言葉だ。
●中国の首相をつとめた彼の答えは、有名な言葉としてよく引用されるようになり、中国の長期的思考の典型であり、がまんができない西洋の人々とは違うことを表す言葉として使われてきた。
●ところが問題なのは、周恩来が北京に初めて訪問したリチャード・ニクソン大統領と語っていたのは、1798年のバスティーユの監獄を襲った群衆が始めた反乱のことではなかったという点だ。
●では何に対する答えなのかというと、その場にいたニクソンの通訳によれば、そのたった三年前に起こった1968年の学生暴動についてのことだったのだ。
●ワシントンで行われたヘンリー・キッシンジャーの『キッシンジャー回顧録:中国』の出版に関するセミナーの席で、元外交官だったチャス・フリーマンは長年勘違いされてきた間違いを正そうとしていた。
●「ええ、私はその場のやりとりをよく覚えております。その間違いはあまりにもできすぎていたために正すことができなかったのです」とフリーマン氏。
●彼によれば、周恩来はパリコミューンとフランス革命を勘違いしていたという。「ところがこの時の学生たちが使っていた言葉は本物のフランス革命と似たような言葉を使っていたわけで、周恩来はそれで勘違いしてしまったんですな」
●オーストラリア国立大学のジェレミー・バーメ氏は、周恩来のコメントは西側で広まっていた、長期的にものを見通す「東洋の神秘」というイメージとあまりにもあっていたと述べている。ところが「中国で聞くのは、国家指導者たちがいかに短期的にしか物事をみておらず、実際的すぎてあからさますぎるということなんです」とは彼の弁。
●バーメ氏はさらに加えて、中国外交部の資料を調べた中国の研究者たちも、周恩来が言っていたのは1968年の暴動のことだと確認したという。
●その中国側の資料は、それがヘンリー・キッシンジャーと周恩来の会話であったことも確認している。
●キッシンジャー氏の事務所の報道官は、「本人は細かいやりとりは覚えていませんが、フリーマン氏の説のほうが正しいように思うと述べております」と言っていた。
●この周恩来の謎の発言は当時の北京の厳格な政治の雰囲気を反映したものであり、もしフランスの過激な毛沢東派がパリの暴動に加担していたらまずいので、その判断を留保したいという思いもあったという。
●中国の指導者たちの言葉が勘違いされて流布したことは、もちろんこれが初めてではない。
●中国の市場開放を開始した鄧小平は「豊かになることは素晴らしいことだ」と言ったとされているが、そのようなことを言ったという記録は残っていないのだ。
●よく引用される「興味深い時代に生きていけますように」という中国の格言も、実は専門家によれば中国には存在しないという。
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これはある意味でキッシンジャーの親中バイアスを物語るエピソード、ということも言えそうですな。
それと同時に、なんというか「オリエンタリズム」というべきか。
さて、歴史を揺るがす(?)興味深い史実の訂正のニュースがありましたのでその要約を。
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周恩来の謎の発言は翻訳の勘違い?
byリチャード・マクレガー
●フランス革命のインパクト?「それは結論を出すにはまだ早すぎる」
●1970年代初期に、周恩来はおよそ200年前にフランスで起こった暴動についてこのように答えたとされているが、この発言は中国がいかに長期的にものごとを考えている、忍耐強い文明であるかという意味でよく引き合いに出される言葉だ。
●中国の首相をつとめた彼の答えは、有名な言葉としてよく引用されるようになり、中国の長期的思考の典型であり、がまんができない西洋の人々とは違うことを表す言葉として使われてきた。
●ところが問題なのは、周恩来が北京に初めて訪問したリチャード・ニクソン大統領と語っていたのは、1798年のバスティーユの監獄を襲った群衆が始めた反乱のことではなかったという点だ。
●では何に対する答えなのかというと、その場にいたニクソンの通訳によれば、そのたった三年前に起こった1968年の学生暴動についてのことだったのだ。
●ワシントンで行われたヘンリー・キッシンジャーの『キッシンジャー回顧録:中国』の出版に関するセミナーの席で、元外交官だったチャス・フリーマンは長年勘違いされてきた間違いを正そうとしていた。
●「ええ、私はその場のやりとりをよく覚えております。その間違いはあまりにもできすぎていたために正すことができなかったのです」とフリーマン氏。
●彼によれば、周恩来はパリコミューンとフランス革命を勘違いしていたという。「ところがこの時の学生たちが使っていた言葉は本物のフランス革命と似たような言葉を使っていたわけで、周恩来はそれで勘違いしてしまったんですな」
●オーストラリア国立大学のジェレミー・バーメ氏は、周恩来のコメントは西側で広まっていた、長期的にものを見通す「東洋の神秘」というイメージとあまりにもあっていたと述べている。ところが「中国で聞くのは、国家指導者たちがいかに短期的にしか物事をみておらず、実際的すぎてあからさますぎるということなんです」とは彼の弁。
●バーメ氏はさらに加えて、中国外交部の資料を調べた中国の研究者たちも、周恩来が言っていたのは1968年の暴動のことだと確認したという。
●その中国側の資料は、それがヘンリー・キッシンジャーと周恩来の会話であったことも確認している。
●キッシンジャー氏の事務所の報道官は、「本人は細かいやりとりは覚えていませんが、フリーマン氏の説のほうが正しいように思うと述べております」と言っていた。
●この周恩来の謎の発言は当時の北京の厳格な政治の雰囲気を反映したものであり、もしフランスの過激な毛沢東派がパリの暴動に加担していたらまずいので、その判断を留保したいという思いもあったという。
●中国の指導者たちの言葉が勘違いされて流布したことは、もちろんこれが初めてではない。
●中国の市場開放を開始した鄧小平は「豊かになることは素晴らしいことだ」と言ったとされているが、そのようなことを言ったという記録は残っていないのだ。
●よく引用される「興味深い時代に生きていけますように」という中国の格言も、実は専門家によれば中国には存在しないという。
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これはある意味でキッシンジャーの親中バイアスを物語るエピソード、ということも言えそうですな。
それと同時に、なんというか「オリエンタリズム」というべきか。
by masa_the_man
| 2013-04-24 23:53
| 日記

