戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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ボイドの生涯とその理論

おしらせです。

明日ですが、日本クラウゼヴィッツ学会で研究発表することになりました。

テーマはOODAループでおなじみの、元戦闘機パイロットでF-15とF-16の生みの親、そして湾岸戦争の作戦の思想的土台をつくったされる、ジョン・ボイドについてです。

彼の生涯から戦略思想、そしてクラウゼヴィッツや孫子の戦略思想との関連性について、簡潔に論じてみたいと思います。

===

2013年度定例総会のお知らせ
1)日時:4月10日(水)18:30~20:30  
2)場所:日本学士会館 310号室  最寄駅:地下鉄神保町駅下車3分
   (東京メトロ半蔵門線、都営三田線・新宿線)
       千代田区神田錦町3-2-28 TEL:03‐3292‐5936

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3) 次第:
①年次総会:18:30~19:00
②特別講演:19:00~20:30
  ・テーマ:「ジョン・ボイドの戦略理論とクラウゼヴィッツ」
・講師  :奥山真司氏 (英・レディング大学戦略学博士)

4)参加費: 会員 1,500円、非会員 2,000円 

予約不要です。お気軽にご参加下さい。

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簡単にボイドの半生を列記しました。


1927年1月23日 ペンシルバニア州エリー生まれ
1930年 三歳の誕生日に父没
 貧しい家庭。小学校では理系が得意。水泳選手になりライフガードも。
1941年 真珠湾攻撃
1945年 陸軍航空隊の一員として占領期の日本滞在、水泳コーチ。納屋を燃やす。
1947年 帰国年アイオワ大学経済部入学、
1950年 朝鮮戦争勃発、在学中に空軍士官に申し込み
1951年 学士卒業、マリー夫人と結婚
1952年 ウィリアムズとネリスで訓練。F-80と86で訓練。冬に朝鮮半島へ。
1953年 22回出撃。一度チャンスあったが結局撃墜なし。
1954年 ネリスで教官に。「40秒ボイド」の異名をとる。F-100を操縦(1955〜)。
1960年 空戦研究のマニュアル作製、事故起す、ジョージア工科大学入学。EM理論を思いつく
1962年 学士卒業、エグリンへ。クリスティに会う。軍のコンピューター無断使用。
1965年 EM理論完成、FX計画開始。
1966年 技術賞もらう。ペンタゴンでFX計画に携わる。
1967年 六日間戦争、モスクワの航空ショーでMiG-23と25
1969年 F-15のデザイン完成
1970年 FXX開始。海軍も新型機開発開始(→F-18)。
1972年 タイの秘密基地の所長を一年間つとめる。
1973年 帰国。ヨムキブル戦争。
1975年 YF-16採用決定。サイゴン陥落。

続きはまた明日。
by masa_the_man | 2013-04-09 22:36 | 日記 | Comments(0)