戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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オリッピックから見える「人間の矛盾」の素晴らしさ

今日の千葉西部は、快晴にもかかわらず強風が。いやー、寒かったです。

さて、少々古いネタなのですが、読み返してなかなか面白かった論説記事があったのでその要約を。

記事を書いたのはNYタイムズ紙の保守系コラムニストです。

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オリンピックの矛盾
byディヴィッド・ブルックス

●リンカーン大統領は「分裂した家(議会)は倒れてしまう」と言ったことがあるが、これは南北戦争につながった奴隷制について述べていたという意味では正しかったと思う。

●ところがこの格言は他の分野では当てはまらない。

●一般的に言って、優秀な人物というのは矛盾した要素をもっているものであり、これは長年続いている制度や機関などにも同じことが言える。その好例がオリンピックだ。

●オリンピックというのは、そもそも人間の戦闘的な本質を、平和的に祝福する祭典だからだ。

●その開会式などは平和的な要素を表しており、人類の兄弟愛、協力、友情、平等などの価値観が、華やかな式典で高らかに謳われることになる。しかもそこでは多くのダンスが行われる。人間はそもそも社会的な行動が好きであり、とくに大勢の人間が一緒の動きで踊ったり、それを見たりするのが大好きである。

●ところがダンスというのはフィジカルなものであるのに、同じくフィジカルなスポーツとは正反対の性格のものだ。ダンスはみんなで一緒になって融合するのが目的であるのに対し、スポーツは相手との違いを際立たせるために行われるものだからだ。

●開会式が終わると、オリンピックはいきなり競争的な価値が尊重される世界に突入する。勇気、規律、優越、紛争などであり、開会式の「愛」や「笑顔」は消えてしまう。そしてその目的は、同じ競技をする人間と競い合って同じ頂点を目指すのだ。

●開会式が「ウィン・ウィン」の関係であるとすれば、実際の競技は「ウィン・ルーズ」の関係だ。開会式が「平和」を象徴するものであれば、競技は「闘い」によく似ている。

●激しい競争を通じて、スポーツは平凡からエリートを引き離すものであり、ここで重要なのは友情の獲得ではなく、栄光を勝ち取ることなのだ。われわれは選手が負けの苦しみから逃れて勝利のスリルを味わい、彼らがその状況にどのように反応するのかを見届けることになるのだ。

●まとめると、オリンピックというのはわれわれの友愛的な欲望と名誉への欲望の両方、そしてコミュニティーと同時に優位への夢にもアピールするものなのだ。そして当然のように、この二つの欲望は緊張状態におかれることになる。

ところがわれわれが生きているこの世界の現実も、またこのような緊張状態にある。世界はジグソーパズルのようにすべてを論理的にしっかりとはめ込めることができるわけではないのであり、波が互いに衝突して決して調和させることのできないシステムなのだ。

●オリンピックの人気が相変わらず高いことからわかることは、もしわれわれが二つの衝動の間で揺れ動いている場合には、わざわざその間を選択する必要はないということだ。この二つの衝動の両方に同時に従ってもよいのだ。

●オリンピックようのなひとつの大会だって、寛容な同情心と軍事的なタフさを賞賛することができる。そしてこの三週間に渡って開催される祭典は、商業的であること甚だしいのだが、それでも奇妙なほどの感動的なのだ。

●F・スコット・フィッツジェラルドは「二つの矛盾する考えを同居させることができてからはじめて、その人物は第一級の知性を持てたと言える」と述べている。

●ところこれは「第一級」の人物の判断基準ではなく、現実の世界では「うまくやっている人」なら誰でもやっていることだ。そしてこれは長年続いているあらゆる制度や機関にも同じことが言えるのだ。

●あるビジネス書では、この典型的な例としてP&Gのラフレー社長が挙げられている。

●P&Gの一方の幹部連中は、スーパーのプライベートブランドに対抗するためにはコストをカットして価格を下げなければダメだと考えていた。ところがその反対に、イノベーションに投資して製品の明らかな優位を保たなければダメだという幹部もいたのだ。

●そこでラフレーはどうしたかというと、その両方のビジョンを採用し、この両方の方向にものごとを進めたのだ。

●ところが現実の世界にはあまりにも多くの「偏屈狂」(monomaniacs)、つまり創造的な緊張の一方の方を常にとって片一方が消滅することを考える人々がいる。

●親や教師の中には、協力的な面だけを好んで競争的な面を嫌いすぎるために、まるで冗談みたいだが、子供にスポーツをやらせながらも誰もスコアをつけようとしない例があるくらいだ。

●政治も「偏屈狂」のゲームになってきている。一方が財政緊縮を主張すると、別のほうが経済成長を支持する。一方の党が経済面での安全を守る党になったらもう一方は創造的破壊の党になるのだ。

●正しいコースは、この二つの方向に推し進め、創造的に分裂している家(議会)になって、矛盾の中でうまくやることなのだ。

●オリンピックは素晴らしいが、それは首尾一貫しているわけではないのだ。

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こりゃ「矛盾論」ですな。

しかし現実の複雑さをアメリカ人がアメリカ人に対して説いている、という点でなかなか優秀なものかと。

二つの相矛盾する力を成功に結びつけるという意味では、私が最近出したCD(収録時間は2時間半!)も、累積/順次という二つの矛盾を統合することを説いている意味で一緒です(笑
by masa_the_man | 2013-02-16 22:01 | 日記 | Comments(0)