孫子vsクラウゼヴィッツ |
さて、久々に日本語の本の紹介を。
『米陸軍戦略大学校テキスト 孫子とクラウゼヴィッツ』
Byマイケル・I・ハンデル 、訳:杉之尾 宜生、西田 陽一

原著者の故マイケル・ハンデル(2001年没)といえば、なんといっても世界の士官学校で戦略学のテキスト並みの扱いを受けた『戦争の達人たち―孫子・クラウゼヴィッツ・ジョミニ』(Masters of War: Sun Tzu, Clausewitz, and Jomini)の著者としても有名な、アメリカの陸軍戦争大学と海軍戦争大学の両方で古典戦略理論を教えてきた名教授。


ちなみに『戦争の達人たち』の原著は、第三版で大幅改定されて、以下の本になっております。実際はこちらのほうが新しく、しかもかなり分厚くなっている(170→512ページ!)ので、現在教科書として使用されております。
Masters of War: Classical Strategic Thought

この『戦争の達人たち』の初版が出る直前に、アメリカ陸軍戦争大学(カーライル)が無料で発行している小論文(モノグラフ)として出されたものの翻訳版が、今回紹介している『孫子とクラウゼヴィッツ』です。
この本は、孫子とクラウゼヴィッツという洋の東西を代表するそれぞれの戦略思想家の理論を、それぞれの言葉を同じテーマにそって並べて比較・検討するというところにそのキモがあるわけですが、この比較から浮かび上がってくるのは、
「孫子とクラウゼヴィッツは、けっこう同じこと言ってたんだ」
という意外な結論。
たしかに時代も背景も文化も違うため、この両人はかなり違う意見を述べているように一般的には思われておりますし、実際にそういう部分もあります。
その典型が、「情報」(インテリジェンス)についての扱い。
たとえばクラウゼヴィッツのほうは、『戦争論』の第一篇の第六章において、戦争における情報というものを「信頼ならないもの」として論じているわけですが、孫子のほうは一貫して情報を決定的な要素であるとして重要視。
他にもクラウゼヴィッツは「勝利のためには流血が必要」という正面突破的な立場をとるのにたいして、孫子は「なるべく効率よく(できれば実際に武力を行使せずに)勝つべし」という意見を強調していて、アプローチの違いは明白。
ところがこのような違いも、ハンデルに言わせると「同じ問題にたいして異なるアプローチを使っているだけ」であり、実際は二人とも意見がかなり近いと。
たとえば「情報」の意見について、ハンデルはこの二人の違いは、注目している「戦略の階層」の違いにあることを指摘しております。
具体的にいえば、クラウゼヴィッツのほうは「作戦」レベル以下における情報のあやふやさを強調していて、その反対に孫子のほうは軍事戦略以上のレベルにおける情報の重要性に注目しているわけで、これが両者の意見の違いに直結しているというハンデルの指摘はかなり貴重かと。
しかし私がこの本で一番重要だと思うのは、ハンデルがこの両者の理論を比較することによって、間接的に「戦略は普遍的なものである」ということを主張している点でしょうか。
アメリカを発信源とする軍事/ビジネス戦略では、どちらかというとテクノロジーの劇的な変化・発展によって戦略が根本的に変わるという意見が多いのですが、その逆にハンデルは古典の二大巨人の比較検討を行うわけです。
これは時代に逆行しているアナクロニズムなのでは?という疑問を引き起こすわけですが、ハンデルのこの研究の前提にあるのは、
「戦略というものは、時代と場所を越えても変わらない」
という保守的な考え方。
そしてこの考えはどこから来ているかというと、それは、
「人間の本質は不変である」
という確信から来ているわけです。そうなると、2000年前に書かれた本と、200年前に書かれた本も、どちらも「人間」の行為である「戦争」という現象を対象としている点では同じなわけですから、現代にもヒントになることがあるという前提があり、ここにわれわれが今でもこれらの古典を研究する価値があることになります。
ハッキリいえば両者(とくにクラウゼヴィッツ)の難解な言葉を読むのは多少抵抗のある人もいるかもしれませんが、比較することで浮かび上がってくる両者の違いと共通項、そしてその限界というのは、軍事・戦略・安全保障以外の分野にも応用できるきわめてすぐれたものばかり。
ビジネス戦略に興味のある方も一読する価値はあるかと。

