戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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「違和感がある」はマズい

今日の横浜北部は朝から晴れております。朝晩は過ごしやすくなってきましたが、今日は暑くなるとか。

さて、久々に私のコメント的なことを書きます。

昨夜もTwitterのほうで書いたのですが、最近「違和感がある」というコメントが気になってしかたがない。

この言葉はもちろん以前からよく使われていたのですが、とくにネット上では去年の原発事故あたりを境にして「誰々さんのコメントに違和感がある」という形でよく使われております。

しかも日本では立派な新聞やテレビに出ているコメンテーターまでがこのような「違和感がある」とコメントしていて、私もそれについて「違和感」なくスルーしておりました。

ところが最近になって、このコメントが非常にマズいものであることに気づいたのです。

ご存知のように、私は去年までイギリスに留学していたわけですが、それまでは向こうの人間と議論などをする時は、「違和感がある」という言葉など使ったことがないですし、実際そのようなことを議論で使う人間もおりません。

ところがなぜか日本ではそれなりに知性がある人でも「違和感がある」と堂々とメディアで言っても許される傾向があるわけです。これは非常に問題。

というのも、この「違和感がある」というコメントというのは、向こうでは単なる感情を表現しただけの言葉であり、まったく論理的だとみなされないからです。

では論理的で知性の高い人物は議論の時にどうすればいいのかというと、「なぜ違和感があるのか」を説明しなければならないわけです。そしてそれを説明できなければ、単なる「無能」と見なされてしまいます。

「それはお前だけの思い込みだろ」という人もいるかも知れないので、日本人でおなじく留学をしたことのある先輩ということで、現在日本サッカー協会の副会長をしている田嶋幸三氏が私と同じようなことをある雑誌のインタビューでコメントしております。

彼はドイツにコーチ留学した経験をもち、Jリーグでコーチの養成プログラムを手がけた経験をもっているのですが、リーグの創成時に日本人監督が次々と自信を失ってやめていく様子を間近で見ていたそうです。

で、その辞めてしまった日本人監督たちにその理由を聞きにいくと、ある一つの共通項が浮かび上がってきたとか。以下が田嶋氏の実際のコメント。

===

当時、ジーコやリネカーといった外国の有名選手がたくさんいたのですが、彼らから「監督はなぜあの場面であの選手を代えたのか」「この練習は何のためにやるのか」といった質問が出たわけです。しかし多くの日本人監督は答えられなかった。

(中略)

Jリーグの前身のサッカーは企業スポーツでした。監督、コーチと選手は上司と部下の関係で、そんなことを聞いてくる選手なんて一人もいなかった。ですから突然「どうして交代させたのか?」と尋ねられても答えられませんよ。

答えられない監督に対し「この人は無能なんじゃないか」と。口には出さなくても伝わるんですよね。それで、いたたまれなくなって自分で辞表を出すというケースが多かったんですよね。

===

これはどういうことかというと、それまでの日本のサッカーには「自分の頭で論理的に判断して説明する」という文化や習慣が、指導者であるコーチたちにまで根付いていなかったということなんですな。

これに気づいた田嶋氏は、サッカーを教える前にやらなければならない教育としてディベート能力を含むエリート教育を導入して「JFAアカデミー福島」を創設。その後の若手の世界的な活躍はご存知の通り。

ところがこのような話はサッカーだけではありません。海外で働く一般的な日本人が向こうの人間と議論をする場合にも同じで、「論理的に説明できない人物は無能」というのは、いわば世界の常識なわけです。

ところが日本国内の知識人たちには、なぜか「違和感がある」というコメントでも許されるという甘い文化が。

もちろん「なぜ違和感があるのか」という説明をくどくどするというのは、「男は黙ってサッポロビール」という文化がある日本では「理屈っぽい」と敬遠されることになります。

ところが世界ではいかにクドイと思われても、首尾一貫した矛盾のない(と聞こえる)説明をすることのほうが「理屈っぽい」と敬遠されることよりも極めて大切になってくるわけです。

こういうことを言うと、「お前は違和感を否定するのか」と言われそうですが、もちろん私は「違和感」を感じることは重要だと思っております

そこにある現象があって、そこに違和感を感じる感受性というものは大事で、それを私は否定しているわけではありませんし、むしろそれを積極的に持つべきだとおもっております。

しかし問題なのはそこから先です。われわれはその「違和感」を、言葉を使って論理的に説明しないといけないからです。

これからグローバル化して一般の日本人が外国人たちと渡り合っていかなければならないことになると、「違和感がある」という単なる感情の文学的表現だけではダメで、それをうまく説明する能力も必要になってくるわけです。

ましてやメディアに出てくるような知識人が「違和感ある」とか言って平気な状況というのは、ある意味で知性を否定していることに。これは外から見れば「論理的に説明できない無能な人間だ」となってしまうわけです。

ということで、これは日本語で議論をすることに慣れつつある自分にとっても深刻な問題かと。気をつけようと思いました。
Commented by だむ at 2012-09-05 09:50 x
おそらく、少なくとも日本の社会においては「論理を構築する能力」は「相手の感情に訴える能力」に絶対勝てない、というか「論理的に訴えるのは、相手の感情に訴える手段のごく一部でしかない」という事なんでしょう。だから、論理で完璧であっても相手の感情を害したら負け。逆に、「なんとなくキライ」でも、それを10代の女の子が共感を呼ぶ形で訴えたらそちらのほうが圧倒的に支配力をもち、反論すれば「空気読めない」「頭でっかち」「アスペ」と非難される
Commented by とおる at 2012-09-05 10:26 x
> ましてやメディアに出てくるような知識人が「違和感ある」とか言って平気な状況というのは、ある意味で知性を否定していることに。これは外から見れば「論理的に説明できない無能な人間だ」となってしまうわけです。

まさに無能が大手を振って跋扈しているのが日本のメディアの病気です。
しかし、日本のメディアだけで無く、最高裁の判例も似たりよったりです。数年前、フィリピン人と日本人の子らしい人が、最高裁で、日本人の子であるという証拠・証明無し(DNA鑑定無し)で、「疑わしきは被告人(訴訟人?)の利益に」かのように、「日本人の子である」という判決を出しました。
Commented by だむ at 2012-09-05 12:52 x
典型的な「論理」と「感情」の比較例が、成田空港を巡る騒動ではないかと思います。「論理」だけ考えれば、三里塚に国際空港を作って、農民には金銭で補償するのが合理的だった。しかし、そこで農民側の「感情」を害したために、結果は今のように半世紀経っても未完成のまま。

では、大規模な用地買収を行えば必ず感情を害して失敗するのか、というと全く違って、成田空港で大騒動していた同時期に新幹線も高速道路もニュータウンも原発もすべて、大規模な用地買収を伴いながら進捗して行ったわけです。

鉄道やらニュータウンやら、大規模な用地買収を伴う場合には、成功している例ではすべて地元のコミュニティに入り込んで「感情論の世界で納得してもらう」ところから始めるというノウハウがある。最終的には、「事業には反対だが、あなたが担当者だから土地を売る」というところになってようやく成功する。
Commented by だむ at 2012-09-05 12:58 x
社会の下部構造に行けば行くほど、感情が論理に優越するようになって行く。「違和感があるからこの会社の商品は買わない」と言った消費者に論戦を挑んで論破しても、それで論破された消費者がサイフを開くわけでは無いのです。
Commented by 私も困ってます。 at 2012-09-05 13:44 x
だむさんへ
>だから、論理で完璧であっても相手の感情を害したら負け。

これって、困りますよね・・・。
さらに、もっと困るのが、こちらの感情を害さないよう抽象的で意味不明な主張をしてくる人がいることです。
で、「意味不明ですよ」って言うと、怒るという。
Commented by 私も困ってます。 at 2012-09-05 13:54 x
訂正

で、「意味不明ですよ」って言うと、怒るという。

で、「意味が分かるように言ってください」って言うと、怒るという。


どちらを言っても、結局のところ、相手は怒るんですが・・・。

さらに言わせてもらえば、相手に合わせて、こちらも抽象的にしゃべると、
向こうもこちらの言っていることが理解できないのか、やっぱり、怒るという。
Commented by 待兼右大臣 at 2012-09-05 21:53 x
>>「論理的に説明できない人物は無能」

これは、まさに「現代のミリンダ王の問い」であり、挑発的にいえば、我が国においては

「言葉で説明されないと理解できない無能」

というのが、我が国における支配的な世界観となっています。

「初めに言葉ありき」(新約聖書)
「不立文字」、「只管打座」、「大悟」(仏教(特に禅宗))
「現代に生き残った最大の【聖典なき】宗教」(神道)

ということです。別の観点から言えば

キリスト教(一神教)的世界観においては、「中心」がなければならないが、我が国では「中心は【空】」でなければならない。

ということです。で、一神教的スタンダードであれば

西欧的寛容は「文明の衝突」の前には、他者に対する【不寛容】

となって現れる。それが、現在の欧州で「極右勢力」の台頭が著しいというのが、吉田徹氏の見立てであり、それは、かなりの程度当たっているとみています。

とりあえず、このあたりで
Commented by 「違和感がある」だけではマズい at 2012-09-05 22:42 x
ご指摘の趣旨に賛成です。
だから「だけではまずい」が、妥当ではないでしょうか?

なお、「違和感がある」だけ言い放つのは、「違和感があるからお前がそれを是正しろ」「おれはお客様で神様だから、気持ちよくさせるのはお前だ」といったサービスを受けるお客的な思考だからだと感じています。
これまで中流で中心だったのに、いつのまにか虐げられてきて誰かをディスって優越感を感じたい要求の現われではないでしょうか?
Commented by 待兼右大臣 at 2012-09-06 00:28 x
この件に関連して思い出したのが、あるサイトに関する2chの書き込みで、

保守思想という「情」の領域に属するものをロゴス(言語)で扱おうとする絶対的矛盾(大意)

というものがありました。
Commented by nsoderland at 2012-09-06 02:13 x
日本人の違和感を論理的に説明すれば国際社会の摩擦が減少する。政治家は知識がないし、論理思考が出来ない。これは日本の和の美徳に反するから。学校教育はここを強調すべきだ。
Commented by ナリ at 2012-09-06 06:40 x
論理を教え込んで、論理を超えるものがあると理解して論理を使えれば最高なんですけどね。論理に対する執着って、キリスト教文化圏などの一神教程、日本にはないと思いますね。ビジネスの契約書に対する文言のこだわりなんて、日本企業の比じゃないですから。しかも論理的には極めて反論しづらい。これを論理で超えて、かつ柔らかい対応が出来ることがビジネスマンとしての理想ではないかと思います。
Commented by 言葉の限界 at 2012-09-06 12:11 x
全ての概念が言葉で置き換えられるとは限らないと思うのですが。
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 12:44
だむさんへ

>日本の社会においては「論理を構築する能力」は「相手の感情に訴える能力」に絶対勝てない

たしかに。

>10代の女の子が共感を呼ぶ形で訴えたらそちらのほうが圧倒的に支配力をもち、反論すれば「空気読めない」「頭でっかち」「アスペ」と非難

見受けられますねぇ。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 12:46
とおるさんへ

>無能が大手を振って跋扈しているのが日本のメディアの病気

というか、メディア側がコメンテーターとして求めている人材の基準が問題かと。これについてはそのうち書きたいです。

>最高裁で、日本人の子であるという証拠・証明無し(DNA鑑定無し)で、「疑わしきは被告人(訴訟人?)の利益に」かのように、「日本人の子である」という判決を出しました。

これについては私も情報がないのでなんとも。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 12:49
だむ さんへ

>典型的な「論理」と「感情」の比較例が、成田空港を巡る騒動

なるほど。

>農民側の「感情」を害したために、結果は今のように半世紀経っても未完成のまま。

これは基地問題やオスプレイ問題でも共通してますな。

>成功している例ではすべて地元のコミュニティに入り込んで「感情論の世界で納得してもらう」ところから始めるというノウハウ

ディズニーランドの用地買収も一緒ですね。まず担当者が漁協の人と一緒に酒をガンガン飲んだ、と。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 12:51
だむさんへ

> 社会の下部構造に行けば行くほど、感情が論理に優越するようになって行く

うおお、挑発的な議論ですなぁ(笑

>「違和感があるからこの会社の商品は買わない」と言った消費者に論戦を挑んで論破しても、それで論破された消費者がサイフを開くわけでは無いのです。

いえますね。まあ「イメージ」と言ってもいいのかもしれませんが。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 12:53
私も困ってますさんへ

>こちらの感情を害さないよう抽象的で意味不明な主張をしてくる人がいること

意味不明という点ですでにアウトかと(苦笑

>「意味が分かるように言ってください」って言うと、怒るという。

いやいや、意味がわかるように言うってけっこう難しいんですよ。

>こちらも抽象的にしゃべると、向こうもこちらの言っていることが理解できないのか、やっぱり、怒るという。

まあこれもアプローチの改善でなんとかなる場合もあるとは思いますが。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 12:58
待兼さんへ

>キリスト教(一神教)的世界観においては、「中心」がなければならないが、我が国では「中心は【空】」でなければならない。

たしかにそうですなぁ

>西欧的寛容は「文明の衝突」の前には、他者に対する【不寛容】となって現れる。

あらわれてますね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 13:00
違和感がある」だけではマズいさんへ

>だから「だけではまずい」が、妥当ではないでしょうか?

なるほど。たしかにその通りかと。

>なお、「違和感がある」だけ言い放つのは・・・サービスを受けるお客的な思考だからだと感じています。

いいかたを変えれば「上から目線」(笑

>誰かをディスって優越感を感じたい要求の現われではないでしょうか?

かもしれませんなぁ。そうなると論理的でないわけですからさらにやっかいだと。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 13:01
待兼さんへ

>保守思想という「情」の領域に属するものをロゴス(言語)で扱おうとする絶対的矛盾(大意)

わかりますね。ただし世の中はこのような矛盾だらけなので、だからこそ言葉で説明する姿勢が重要になってくるという面もあるのかと。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 13:03
nsoderland さんへ

>日本人の違和感を論理的に説明すれば国際社会の摩擦が減少する。

しますね。ところがそのような努力はなされていないわけで。

>政治家は知識がないし、論理思考が出来ない。これは日本の和の美徳に反するから。

ここなんですよね。

>学校教育はここを強調すべきだ。

少なくともサッカーではやっているみたいですが。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 13:05
ナリ さんへ

>論理を教え込んで、論理を超えるものがあると理解して論理を使えれば最高なんですけどね。

うまいですねぇ。その通りかと。

>ビジネスの契約書に対する文言のこだわりなんて、日本企業の比じゃないですから。しかも論理的には極めて反論しづらい。

たしかに。

>これを論理で超えて、かつ柔らかい対応が出来ることがビジネスマンとしての理想ではないかと思います。

ここを押さえつつも、それを越えて円満な関係、ということですよね。ロジックを越えるためにはロジックを熟知しなければならないという矛盾があるわけです。はじめからロジックを飛び越えているというのも問題あるわけで。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-06 13:07
言葉の限界さんへ

>全ての概念が言葉で置き換えられるとは限らないと思うのですが。

もちろん。ただし私が上のエントリーで言いたかったことはそういうことじゃありません。知識人たるものが概念で置き換える努力もしないで「違和感ある」だけで済ませようとしているのが問題だと言いたいわけです。コメントありがとうございました
Commented by 。。。 at 2012-09-06 13:51 x
>10代の女の子が共感を呼ぶ形で訴えたらそちらのほうが圧倒的に支配力をもち、反論すれば「空気読めない」「頭でっかち」「アスペ」と非難

つ 湾岸戦争の時のクウェート大使館員の娘(嘘吐き)の議会証言

そんなの世界のどこでも一緒でしょ。エリート階層はそれじゃダメってだけじゃないですか?
Commented by 。。。 at 2012-09-06 13:54 x
まあ、アングロサクソン系文化の偉いところは、民主主義と言いながらも、階層化されたエリート以外には事実上政治的な決定権なんてないことなんでしょうなぁ。
Commented by だむ at 2012-09-06 14:14 x
結局、「プログラマーの仕事」なんだろうなあ。

コンピュータは「違和感がある」と言っても理解できないから、ソフトウェア技術者は消費者の感情を機械の理解できる論理に移植することが仕事になる。

同様に知識人の仕事というのも、下部構造を支配する感情論を、それを理解する能力のない外国人に移植する作業なんだという事なのかも。
Commented by だむ at 2012-09-06 14:23 x
そう考えると、つまり「ハイコンテクストからローコンテクストへのコンパイル作業」なのかな。

「違和感」「空気」「言わないとわからないのは無能」というのは、つまり共有されている言語・文化・知識などの膨大なデータベースがあって始めて成り立つ話。

そのデータベースを共有しない異文化圏に対して、データベースを含めて翻訳する作業という事なのかなあ>知識人の業務
Commented by Mako at 2012-09-07 14:12 x
数学者の岡潔さんが生きてらしたら、なんとおっしゃるでしょうね。

たしかに違和感、空気、言わないとわからないのは無能と言い切るのは、アスペルガー的な人への思いやりも何もない。
ひとそれぞれ得意分野があるのだから尊重すればいい。

だからといって、日本の独特の「情」というものをどうやって理論で説明する?
可愛いものが可愛い、好きな人が好き。どうやって説明する?
愛ってなに?家族ってなに?いちいち言ったとしても言葉にできないそれぞれの定義があるはず。
それを戸籍がどうだ、脳からドーパミンが出て、って数字的根拠を並べて言えばいいのかな?
どっちもどっち。
世界の問題でもなんでもなく、ただ単にどっちが正しいかって決めること自体がおかしくないか?
Commented by とおる at 2012-09-07 14:58 x
Mako さま
> 数学者の岡潔さんが生きてらしたら、なんとおっしゃるでしょうね。

学生の頃、岡潔氏を尊敬していた友人がいて、少し本(「日本の心」)を読みましたが、知らない人には、何の事か分かり難いと思います。(情緒を尊重しつつも、論理を駆使して数学を発展させた人)
芸術(情緒)と論理を併せ持つ数学なら、それでいいのですが、新聞・テレビが「違和感がある」と切り捨てて、説得(教育)しないことが問題だということだと思います。
Commented by masa_the_man at 2012-09-07 16:49
。。。さんへ

>湾岸戦争の時のクウェート大使館員の娘(嘘吐き)の議会証言

ありましたねぇ

>そんなの世界のどこでも一緒でしょ。エリート階層はそれじゃダメってだけじゃないですか?

もちろんそうですが、彼女の主張は感情論だけでなく、首尾一貫しているように聞こえましたねぇ

>まあ、アングロサクソン系文化の偉いところは、民主主義と言いながらも、階層化されたエリート以外には事実上政治的な決定権なんてないこと

たしかに。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-07 16:51
だむ さんへ

>ソフトウェア技術者は消費者の感情を機械の理解できる論理に移植することが仕事になる。

なるほど

>同様に知識人の仕事というのも、下部構造を支配する感情論を、それを理解する能力のない外国人に移植する作業なんだという事なのかも

うまいアナロジーですね。

>「ハイコンテクストからローコンテクストへのコンパイル作業」なのかな。

まあ「通訳」的とでもいいますか。

>データベースを共有しない異文化圏に対して、データベースを含めて翻訳する作業という事なのかなあ>知識人の業務

まさにその通りかと。それを甘えて怠っているのが多すぎる、と。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-07 16:56
Makoさんへ

>数学者の岡潔さんが生きてらしたら、なんとおっしゃるでしょうね

死んだ人のことなので正直わからないです。

>だからといって、日本の独特の「情」というものをどうやって理論で説明する?

「情」を「情」のままにしておくから問題なのでは。

>それを戸籍がどうだ、脳からドーパミンが出て、って数字的根拠を並べて言えばいいのかな?

「違和感がある」ならその理由を説明せよ、というのは「愛を定義せよ」とは違うかと。

>世界の問題でもなんでもなく、ただ単にどっちが正しいかって決めること自体がおかしくないか?

こういう相対主義的な思考も大事なんですが、現に「どっちもどっち」という態度だから日本人はバカにされるのでは。これだと「お前ら俺の高い文化なんかわかるわけねえだろ。説明なんかしてやっか」と言っているのと同じでは。だから誤解されると言いたいわけです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-07 16:58
とおる さんへ

>新聞・テレビが「違和感がある」と切り捨てて、説得(教育)しないことが問題だということだと思います。

それです。「説明が尽くされていない」という新聞のほうが一番説明し尽くしていないという矛盾。コメントありがとうございました
Commented by ランバダ at 2012-09-07 17:28 x
違和感があると言って自らのよって立つ文脈を明らかにしない、というのは
西洋人からフェアでないとイラッとさせるでしょうね。

社会に出るまでは国語の試験であれだけ文脈を問うんですけど、一体
それはどこに行ってしまうのか。
こんな態度の多い新聞の文章が試験に出るとかかなり込み入ったギャグだと思います。
Commented by とおりすがりでYAS at 2012-09-07 17:50 x
学校教育の弊害でしょうか。
サンデル教授が日本に出張してまで、ディベート形式の授業をするんですからね。
それとも、抜きん出るよりも平等がいいということでしょうか。

小学校から大学までの長い期間に、意見を戦わせるよりも、意見を合わせることだけに努力してきた結果、空気に同調し、世論に同調し、周囲の反応に過敏になるんじゃないでしょうか。

「違和感がある」といえば、あとは視聴者、読者という世論が勝手に判断してくれるわけですから、攻撃対象にはなりませんもんね。
もしも、下手に説明して、大衆から嫌われたら商売上不利ですもんね。

でもそれでは、大多数の異文化の人達の理解を得るのは困難ですよね。

「違和感がある」なんて、お侍さんの時代でも知識人は多用してたんでしょうかね。






Commented by だむ at 2012-09-07 18:39 x
togetterあたりでは、またこの種の「感情論>論理」の例が発生したらしく。

「アニメを見てるような人間は犯罪を犯すに違いない。理由は感覚的なもの。証拠はないが自分はそう思うからみんなそう思うに違いない」と証拠なしに主張して、いかなる論理的な反論も受け付けないと言うのが、まあこの国における「常識」なんですな。
Commented at 2012-09-07 19:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by えんき at 2012-09-07 19:56 x
似たような事ですが、私はPolylogismが蔓延していることに危惧しています。御用学者の言う事は聞く必要がない、貧乏人は黙れ等と、有名な知識人から市井の人間まで、あらゆる人がPolylogismに訴えています。発言内容が正しいかどうかでなく、その発言者の立場が問題にされるのであれば、議論は無意味です。
Commented by 待兼右大臣 at 2012-09-07 22:41 x
>>「情」を「情」のままにしておくから問題なのでは。

「情」は「情」であり、それを言語化して説明できると思うのは、
それこそ、理性の暴走であり、ひいては、十字軍などの
異教徒抹殺に至る「宗教戦争」につながるものと考えています。

言葉で説明できることを説明しない人と
言葉では説明しきれないからこそ沈黙する人

の両者を見分けられないのであれば、その人こそが【無能】
ということもできます。

ということで、我が国の【世界観を不問】にする歴史的知恵こそが、
世界の希望であるということを言葉で説明するにはどうすればよいか

現在の世界であれば

西洋→東洋(日本)=西洋の言葉を理解できない東洋が無能
東洋(日本)→西洋=西洋が理解できない言葉で説明する東洋が無能

とどちらに転んでも、東洋(日本)が無能という展開になり、
その意味でも、言葉をつぐむ【もの言えば唇寒し】となりそうです。

そのような中で、言語で説明する意味がどれだけあるのか・・・・・
という疑問も持っています。
Commented by 待兼右大臣 at 2012-09-07 22:53 x
つまり、OSが異なるシステムで、ファイルをやり取りすると「文字化け」するのと同じ。だからと言って、テキストファイルでやり取りすれば、じ「文字化け」しないが、伝達できる情報には制限が出る。

だからといって、windows派はmac派に「macを辞めろ」とまでは言わない。

どうも、【違和感】がある

とオチをつけておきましょう。
Commented by 待兼右大臣 at 2012-09-07 22:57 x
ついでに、とある「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」なら、

うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて。

とでも、言うのでしょうが、【日本人】からすれば、その【言語化できない】齟齬が埋められない人間こそ【無能】の烙印を押されるということになるのでしょう。
Commented by マル at 2012-09-07 22:59 x
新聞やテレビは説明することが仕事ですから、「違和感がある」の感想で済ませるのは怠慢だと思います。受験勉強でも何かを説明する時に「だと思う」を使わせないのと同じですね。おそらく何らかの意図、世論誘導のため、を持った報道テクニック、または習慣だと考えます。
Commented by 待兼右大臣 at 2012-09-08 01:19 x
だらだらと書き連ねていますが、そもそも

「海外では問題だ」

といいつつ、自身の例を除いて、日本国内の例を引いているというのが
問題ではないでしょうか。

我が国は我が国のOS(歴史と伝統)動くのは当たり前で、国内では問題とされない国内の行為を

外国では問題だ

と言われても、

国内向けの国内の行為だから、それがどうした

と言われて、終りなのでは。
例を引くなら、自身の例に加えて

「違和感がある」といって、日本国外で【無能】扱いされた

例を引いてこなければ、適切ではないと思います。
Commented by とおりすがりでYAS at 2012-09-08 09:36 x
「違和感を覚える」を無理やり英語にすると、feel odd や feel strangeということになるでしょうか。
oddやstarangeは、「普通じゃない」とか「奇妙な」といった感じですよね。

日常会話なら、「あ、そう」ですむんでしょうが、議論してるような場面だと、「なぜ、starangeだと思うんだい、君は」と聞き返されそうですね。
そこで返事に困ってるようだと、「無能」かどうかは別にしても、とらえどこのない人、奇異な人、理解しにくい人と思われるかもしれませんよね。そんな行き違いが、外交の場で展開されてるとしたら、日本の損ですよね。

また、知識人と言われる人が、仮に国内向けだとしても「違和感」なんて連発してたら、情報収集してる海外の人からすると、「なぜ違和感があるんだ?」ってなって、「やっぱ、日本はわからん」ってなったあげくに、わからないから、強圧的態度をとって従わせるほかない。って短絡的思考を相手に与えるんでしょうかね。



Commented by 5420 at 2012-09-08 10:34 x
「異議あり」も、その異議を説明しない人が多いです。
Commented by ランバダ at 2012-09-08 11:15 x
「チョムスキーさん、だがちょっと待ってほしい。」

を合言葉にどうですかね。新聞とか。
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:17
ランバダ さんへ

>違和感があると言って自らのよって立つ文脈を明らかにしない、というのは西洋人からフェアでないとイラッとさせるでしょうね。

韓国人にも中国人にも同じかも。

>社会に出るまでは国語の試験であれだけ文脈を問うんですけど、一体それはどこに行ってしまうのか。

活用されていませんね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:20
とおりすがりでYASさんへ

>学校教育の弊害でしょうか。サンデル教授が日本に出張してまで、ディベート形式の授業をするんですからね。

あの授業が人気なのは「考えさせてくれるか」じゃないかと。

>「違和感がある」といえば、あとは視聴者、読者という世論が勝手に判断してくれるわけですから、攻撃対象にはなりませんもんね。

要するにコメンテーターたちは逃げているんですよね。

>でもそれでは、大多数の異文化の人達の理解を得るのは困難ですよね。

外交や商売を行うエリートたちがこうじゃないことを祈るばかりですが。

>「違和感がある」なんて、お侍さんの時代でも知識人は多用してたんでしょうかね。

歴史に詳しい人に教えていただきたいところです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:21
だむ さんへ

>togetterあたりでは、またこの種の「感情論>論理」の例が発生

知りませんでした。

>「アニメを見てるような人間は犯罪を犯すに違いない。理由は感覚的なもの。証拠はないが自分はそう思うからみんなそう思うに違いない」と証拠なしに主張して、いかなる論理的な反論も受け付けない

なるほど。また感情論になってしまうと。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:23
えんき さんへ

>御用学者の言う事は聞く必要がない、貧乏人は黙れ等と、有名な知識人から市井の人間まで、あらゆる人がPolylogismに訴えています。

たしかに立場=思想に直結しているような

>発言内容が正しいかどうかでなく、その発言者の立場が問題にされるのであれば、議論は無意味です。

議論を封じる雰囲気ですか。「空気」ですな。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:28
待兼さんへ

>「情」は「情」であり、それを言語化して説明できると思うのは、
それこそ、理性の暴走であり、ひいては、十字軍

わかるんですが、私が言いたいのは知識人や外交官、それに海外と取引する人間たちは、これから外国人に向かってそういうことを説明する努力をすべきだ、ということなのです。

>言葉では説明しきれないからこそ沈黙する人

しかし説明しようと努力すべきですよね。私が問題視しているのはそれを放棄しているようなコメンテーターが多いという点です。

>我が国の【世界観を不問】にする歴史的知恵こそが、世界の希望であるということを言葉で説明するにはどうすればよいか

ああ、これはいいことかと。

>言葉をつぐむ【もの言えば唇寒し】となりそうです。

言葉をつぐむことも重要ですが、知識人はこれに安住しちゃいかん、ということなんです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:37
待兼さんへ

>つまり、OSが異なるシステムで、ファイルをやり取りすると「文字化け」するのと同じ。だからと言って、テキストファイルでやり取りすれば、じ「文字化け」しないが、伝達できる情報には制限が出る。

ここまではわかります。

>だからといって、windows派はmac派に「macを辞めろ」とまでは言わない。

うーん、このOSに例えるやりかたは微妙ですね・・・なんか論点が「日本語vs外国語」みたいになってきて困ってます。日本語の深さはわかるんですが、その深さにかまけて本当の情報伝達の努力を怠っているのはマズい、というのが私が言いたいことなのです。

>うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて。

私がいいたいのは「そもそも伝達しようとしていない」というところに問題があるんじゃないかということです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:39
マルさんへ

>受験勉強でも何かを説明する時に「だと思う」を使わせないのと同じですね。

それです。

>おそらく何らかの意図、世論誘導のため、を持った報道テクニック、または習慣だと考えます。

それもあるかもしれませんが、私はただの知的怠慢だと思っております。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:48
待兼さんへ

>「海外では問題だ」といいつつ、自身の例を除いて、日本国内の例を引いている

いや、ここは違います。田嶋さんの例はたしかに「国内」で発生した例ですが、同じことは海外経験のある私を含む日本人にも等しく当てはまるかと。

>我が国は我が国のOS(歴史と伝統)動くのは当たり前で、国内では問題とされない国内の行為

私は問題ある行為だと思っているんですよねぇ。「説明が足りない」とか社説で書いている大手新聞社の論説委員が「違和感ある」ですから。

>国内向けの国内の行為だから、それがどうした

以前だったらそうでしょう。ただしこれだけグローバル化してくるとそうも言っていられないのでは、というのが私の前提です。

>自身の例に加えて「違和感がある」といって、日本国外で【無能】扱いされた例を引いてこなければ、適切ではないと思います。

鋭いご指摘かと。ただし私は田嶋さんが指摘している例で十分かと思いました。この点に関しては「国内/国外」という境界線が薄まりつつあるのかなと考えております。国内で国外から来た選手たちに「無能だ」と思われてしまっていることが問題かと。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:51
無花果さんへ

>のようにしか受け止められてしまう可能性が高いと考えます。

ううむ、たしかに。

>害になるのではないでしょうか。

ですねぇ。しかし私の論点はあくまでも「知識人たちは知的怠慢をやめましょう」ということです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:55
とおりすがりでYASさんへ

>「違和感を覚える」を無理やり英語にすると、feel odd や feel strangeということになるでしょうか。

uncomfortableとかも言いますかね。

>議論してるような場面だと、「なぜ、starangeだと思うんだい、君は」と聞き返されそうですね。

何度聞き返されたことか(苦笑

>そこで返事に困ってるようだと、「無能」かどうかは別にしても、とらえどこのない人、奇異な人、理解しにくい人と思われるかもしれませんよね。

そうなんです。

>そんな行き違いが、外交の場で展開されてるとしたら、日本の損ですよね。

そこなんです。次のエントリーはそのことについて書こうかと思っておりました。

>情報収集してる海外の人からすると、「なぜ違和感があるんだ?」ってなって、「やっぱ、日本はわからん」ってなったあげくに、わからないから、強圧的態度をとって従わせるほかない。って短絡的思考を相手に与えるんでしょうかね。

一理あるかと。深い言語文化を持っているのはわかるんですが、それを頭の悪い外国人にわかるように論理的に説明できるようにならないとマズい、ということです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:56
5420 さんへ

>「異議あり」も、その異議を説明しない人が多いです。

「いかがなものか」も同じですね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-08 11:56
ランバダ さんへ

>「チョムスキーさん、だがちょっと待ってほしい」を合言葉にどうですかね。

どうなんでしょうか(笑)コメントありがとうございました
Commented at 2012-09-08 16:00 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 通りすがり at 2012-09-09 05:13 x
捉え方によっては危険な発信とも取れたのでコメントしておきたいと思います。

まず「われわれ」がどういう立場の人であるかが規定されていない点で、不特定多数に発信されている性質上あらゆる読者が、自身を「われわれ」の一部だと認識する可能性があります。

そしてそのうち、まさに論理的な説明や判断をもっと心がけたほうがよいとされるであろう人物の中には『"何事も"論理的に説明していかなきゃならないのだな』と早とちりする人が出てくる恐れがあります。

例えば私生活中の一場面などでは論理的な説明が不要なこともあります。
また、プロとして仕事をこなす場面においても、職種や場合によっては「その人の"なんとなく"の感覚」の発現こそが必要であり、必ずしもその本人が言語化等をしなくてもよい、あるいはその試行が弊害にさえなる場面なども有り得ます。

これらについて説明がされていないことが、早とちりによる誤解を生む可能性があります。
Commented by 通りすがり at 2012-09-09 05:14 x
// つづき

コメントへの返信に

「知識人たるものが概念で置き換える努力もしないで「違和感ある」だけで済ませようとしているのが問題だと言いたい」

ともあるように「指し示すところはある程度広範ではあるが全てではない」という点は充分に認識しているのでしょう。

ですが、この情報発信が注意喚起・啓蒙的な要素を含むのだとすれば、そういった対象になる人たちへの配慮を考えると、肝要であるべき補足が抜けているように見えました。


以上、私の読み違いでしたらご容赦ください。
Commented by にょ at 2012-09-10 20:36 x
ニコニコニュースに掲載されいたので、記事読みましたけど、
どれだけ上から目線なんですかwww
そういう言葉を使おうと使うまいと人の勝手。
し・か・も、外国では~とおっしゃいますが、日本人がみな外国で暮らすなり仕事するわけじゃないしw
あなたが気づいただけならまだしも、「非常に問題」とか、こういう決め付け論大嫌いw
はいはい感情論ですw
Commented by masa_the_man at 2012-09-11 09:18
無花果 さんへ

>本来の目的を達成し得ない可能性が高い」ということです

たしかに・・・

>論点がぼやけてしまっています

いますね。

>慣用句以上のものではないのではないかと。

そうなんですが、それを意識していないこと自体が問題かなぁと。

>という結論を全面に押し出した方が

その通りですな。コメントありがとうございます
Commented by masa_the_man at 2012-09-11 09:21
通りすがりさんへ

>捉え方によっては危険な発信とも取れた

たしかに

>あらゆる読者が、自身を「われわれ」の一部だと認識する可能性があります。

なるほど、

>早とちりする人が出てくる

実際その通りかと。

>言語化等をしなくてもよい、あるいはその試行が弊害にさえなる場面

もっと「知識人」というところを前面に押し出したほうがよかったのかもしれませんね

>対象になる人たちへの配慮を考えると、肝要であるべき補足が抜けているように見えました。

もっと気をつけて書かないとまずいですよね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2012-09-11 09:23
にょさんへ

>どれだけ上から目線なんですかwww

「上から目線」ですか。

>あなたが気づいただけならまだしも、「非常に問題」とか、こういう決め付け論大嫌いw

なるほど。

>はいはい感情論ですw

次回からはもうちょっと知性的なコメントをしていただけると大変ありがたいかと。コメントありがとうございました
Commented by ひろぽん at 2014-10-10 14:42 x
お初にコメントさせていただきます。
私も常々「違和感」にそれこそ違和感を抱いておりました。
自分の場合は、違和感という言葉そのものが適切な言い方であるのかという点にフォーカスしています。語感から非常に冷たく突き放した響きを感じずに入られないのです。つまりネガティブな響きしか感じられないということです。
なので、自分では使いたくない言葉であり、他人が言うのを聞いていて、貴殿が言われるその理由云々以前に、何かしら嫌な気分になってしまうわけです。
なにやら荒れてますけど、大丈夫ですか?
Commented by masa_the_man at 2014-10-11 15:44
ひろぽん さんへ

>なにやら荒れてますけど、大丈夫ですか?

大丈夫です。というか、このエントリーはだいぶ昔のものなので・・・・コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2012-09-05 09:32 | 日記 | Comments(67)