2012年 07月 22日
グレイ著『現代の戦略』を読み解く⑤ |
今日の横須賀は朝から寒くて小雨が。最近色々と忙しくて更新滞っておりました。
さて、またまた数日前の続きを。グレイの『現代の戦略』の要約です。今回は第六章と七章を。
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―6:戦争の「窓」
戦争というカオス的な現象についての分析のアプローチを「窓」(window)というコンセプトに言い換えて切り込んでおり、そこから本書のテーマである「あらゆる戦略的経験は実質的に同質なものである」という主張を浮かび上がらせている。
まず「戦略史」は何であり、それがどれほど重要なのかということが述べられる。注意しなければならないのは、戦略史が歴史そのものとはちょっと違うものだという点。なぜなら戦略史には起こらなかったこと、つまりフィクションが含まれるから。核戦略などはその典型。
次に「窓」をそれぞれ紹介する。著者によれば「窓」は一三個あり、それらを順番に紹介すると以下のようになる。
1、コミットメント、範囲、狙い:戦争が「総力戦」かどうかによって区別。
2、規模:戦争が行われる範囲の広さが関係。内戦から世界大戦まで。
3、列度:政府がつぎ込む資源の大きさに関係してくる「列度」の高低の差を見る。
4、スタイル(正規/非正規)
5、スタイル(殲滅/機動/コントロール)
6、大戦略の手段:非軍事的手段に焦点を当てる。
7、環境:戦争が行われる場のこと。地理。
8、戦場空間、政治地理学、地政学:上をさらに地政学的に見るもの。
9、交戦者のアイデンティティー
10、交戦者のキャラクター
11、兵器:特定の戦争の文脈にあった武器にフォーカスするもの
12、時代区分:時代背景の重視のため。
13、タイミング:
このような多様なアプローチがあるということは、「戦争はカメレオンである」とするクラウゼヴィッツの分析と一致する。もちろんここではこれらの「窓」は、戦略のほんの一面を切り取っているだけにすぎないということは強調されるべきで、この多様さの存在も戦略に普遍的に存在するもの。
―7:戦略の歴史から見えてくるパターン
二〇世紀の戦争の歴史の流れの切り取り方にもさまざまなパターンがあることを解説する章。著者はそのパターンを見るやり方には全部で八つほどあるとしているが、最初の二つはあまり役に立たたず、それ以外の六つのほうが有用だとしている。
まず著者が行うのは、以下の解説において「戦術レベル」はあまり語っていないということ。それでも戦略には全体的な視点が必要なので、戦術レベルを軽視しているわけではないことを断ってから分析開始。
つぎに最初の「あまり役に立たないアプローチ」として「殲滅戦vs機動戦」、「攻勢vs防勢」という二つをそれぞれ紹介。いずれも二〇世紀の歴史から見るとその単純な分類そのものが怪しいことであることを解説。
とくに「攻勢vs防勢」のほうは、国際関係論の学者ではOffense-Denfence Theoryという名で議論をされ、これが後にリアリストの間で「攻撃的リアリスト」と「防御的リアリスト」という理論の区分にまで発展したものであるが、当初からこの理論に批判的だった著者はここでも「兵器に攻撃的/防御的という区別をつけるのは政治レベルでは無意味だ」という鋭い指摘を行っている。
次に著者はそれ以外の六つ有用な戦略史の切り取り方をそれぞれ紹介。
一つ目が「大戦争発生の不整脈」というもので、これは二〇世紀の歴史を振り返ればつねにそこには大戦争が発生する危機が存在した、というもの。二つ目が「三つの産業革命」というもので、これはジョン・テレインの歴史の考え方を元にしている。この革命とはそれぞれが蒸気機関(第一次)、石油を使った内燃機関(第二次)、そして原子力(冷戦)というテクノロジーによって象徴されるというもの。
三つ目が「総力戦の興亡」であり、これは第二次大戦までの二〇世紀を「総力戦」の時代であり、その後の後半はその可能性が段々と少なくなってきた時代として区別するもの。四つ目が「有用性、レジティマシー、軍備管理」というもの。これはとくに西洋諸国が軍事力を国策の道具として大規模に使用するのが控えられるようになったとするもの。著者は昔から軍備管理を徹底批判していた関係から、戦争の原因と軍備には直接関係がないことを、菅波秀美氏の議論を批判する形で議論。
五つ目が「通常兵器による戦闘の効果」というもので、これも時代によってそれぞれの区別ができることを主張。たとえば冷戦時代には六つの時期にわけられ、それぞれの時代に戦略の考えが変化したことを示している。
六つ目が「軍事における革命」(RMA)であり、まずRMAという概念自体にコンセンサスがないことを指摘した上で、アンドリュー・クレピネヴィッチ(現CSBA代表)とウィリアム・コーエン(元米国防省長官)の定義を紹介。そして最も有用なものとしてジョナサン・ベイリーの六つの時代区分を紹介しつつ、兵器のテクノロジーやそれが使われる環境によって区分するのも新たな見方を与えてくれるものとして歓迎している。
最後に戦争で使われるテクノロジーは常に全面改訂されるわけではなく、たとえば核兵器が出てきているのに銃は相変わらず使われているように、新しいテクノロジーも古いものに加えられていくことになるという意味で、戦略そのものも複雑になるということを指摘して章を締めている。
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今日はここまで。
さて、またまた数日前の続きを。グレイの『現代の戦略』の要約です。今回は第六章と七章を。
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―6:戦争の「窓」
戦争というカオス的な現象についての分析のアプローチを「窓」(window)というコンセプトに言い換えて切り込んでおり、そこから本書のテーマである「あらゆる戦略的経験は実質的に同質なものである」という主張を浮かび上がらせている。
まず「戦略史」は何であり、それがどれほど重要なのかということが述べられる。注意しなければならないのは、戦略史が歴史そのものとはちょっと違うものだという点。なぜなら戦略史には起こらなかったこと、つまりフィクションが含まれるから。核戦略などはその典型。
次に「窓」をそれぞれ紹介する。著者によれば「窓」は一三個あり、それらを順番に紹介すると以下のようになる。
1、コミットメント、範囲、狙い:戦争が「総力戦」かどうかによって区別。
2、規模:戦争が行われる範囲の広さが関係。内戦から世界大戦まで。
3、列度:政府がつぎ込む資源の大きさに関係してくる「列度」の高低の差を見る。
4、スタイル(正規/非正規)
5、スタイル(殲滅/機動/コントロール)
6、大戦略の手段:非軍事的手段に焦点を当てる。
7、環境:戦争が行われる場のこと。地理。
8、戦場空間、政治地理学、地政学:上をさらに地政学的に見るもの。
9、交戦者のアイデンティティー
10、交戦者のキャラクター
11、兵器:特定の戦争の文脈にあった武器にフォーカスするもの
12、時代区分:時代背景の重視のため。
13、タイミング:
このような多様なアプローチがあるということは、「戦争はカメレオンである」とするクラウゼヴィッツの分析と一致する。もちろんここではこれらの「窓」は、戦略のほんの一面を切り取っているだけにすぎないということは強調されるべきで、この多様さの存在も戦略に普遍的に存在するもの。
―7:戦略の歴史から見えてくるパターン
二〇世紀の戦争の歴史の流れの切り取り方にもさまざまなパターンがあることを解説する章。著者はそのパターンを見るやり方には全部で八つほどあるとしているが、最初の二つはあまり役に立たたず、それ以外の六つのほうが有用だとしている。
まず著者が行うのは、以下の解説において「戦術レベル」はあまり語っていないということ。それでも戦略には全体的な視点が必要なので、戦術レベルを軽視しているわけではないことを断ってから分析開始。
つぎに最初の「あまり役に立たないアプローチ」として「殲滅戦vs機動戦」、「攻勢vs防勢」という二つをそれぞれ紹介。いずれも二〇世紀の歴史から見るとその単純な分類そのものが怪しいことであることを解説。
とくに「攻勢vs防勢」のほうは、国際関係論の学者ではOffense-Denfence Theoryという名で議論をされ、これが後にリアリストの間で「攻撃的リアリスト」と「防御的リアリスト」という理論の区分にまで発展したものであるが、当初からこの理論に批判的だった著者はここでも「兵器に攻撃的/防御的という区別をつけるのは政治レベルでは無意味だ」という鋭い指摘を行っている。
次に著者はそれ以外の六つ有用な戦略史の切り取り方をそれぞれ紹介。
一つ目が「大戦争発生の不整脈」というもので、これは二〇世紀の歴史を振り返ればつねにそこには大戦争が発生する危機が存在した、というもの。二つ目が「三つの産業革命」というもので、これはジョン・テレインの歴史の考え方を元にしている。この革命とはそれぞれが蒸気機関(第一次)、石油を使った内燃機関(第二次)、そして原子力(冷戦)というテクノロジーによって象徴されるというもの。
三つ目が「総力戦の興亡」であり、これは第二次大戦までの二〇世紀を「総力戦」の時代であり、その後の後半はその可能性が段々と少なくなってきた時代として区別するもの。四つ目が「有用性、レジティマシー、軍備管理」というもの。これはとくに西洋諸国が軍事力を国策の道具として大規模に使用するのが控えられるようになったとするもの。著者は昔から軍備管理を徹底批判していた関係から、戦争の原因と軍備には直接関係がないことを、菅波秀美氏の議論を批判する形で議論。
五つ目が「通常兵器による戦闘の効果」というもので、これも時代によってそれぞれの区別ができることを主張。たとえば冷戦時代には六つの時期にわけられ、それぞれの時代に戦略の考えが変化したことを示している。
六つ目が「軍事における革命」(RMA)であり、まずRMAという概念自体にコンセンサスがないことを指摘した上で、アンドリュー・クレピネヴィッチ(現CSBA代表)とウィリアム・コーエン(元米国防省長官)の定義を紹介。そして最も有用なものとしてジョナサン・ベイリーの六つの時代区分を紹介しつつ、兵器のテクノロジーやそれが使われる環境によって区分するのも新たな見方を与えてくれるものとして歓迎している。
最後に戦争で使われるテクノロジーは常に全面改訂されるわけではなく、たとえば核兵器が出てきているのに銃は相変わらず使われているように、新しいテクノロジーも古いものに加えられていくことになるという意味で、戦略そのものも複雑になるということを指摘して章を締めている。
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今日はここまで。
by masa_the_man
| 2012-07-22 10:15
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