2012年 06月 14日
書評:専門家の予測はサルにも劣る |
今日の横浜北部は「梅雨の晴れ間」ということで、かなり気温も高く、実にスッキリとした初夏の一日を味わえました。
さて、久しぶりに本のご紹介。しかも今回は翻訳本です。
『専門家の予測はサルにも劣る』
by ダン・ガードナー(訳:川添節子)


題名からもズバリとわかるように、この本は人間の予測、とくに「専門家」の予測がいかに当たらないものであるか説明しております。
しかし原著者はただ単にその道の専門家たちの過去の失敗例を列挙するだけでなく、なぜ彼らが間違いつづけるのかというところまで踏み込んで、その理由を、最新の心理学や行動経済学の研究結果などによって説明しております。
失敗例として「やり玉」に挙っているのは、トインビーからジャック・アタリ、ラビ・バトラ、ハーマン・カーン、ロバート・ライシュ、ジョン・メイナード・ケインズ、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ、アーサー・ラッファー、ピーター・シフ、ダニエル・ベル、レスター・サロー、ポール・エーリック、リチャード・フォーク、アルヴィン・トフラー、ポール・クルーグマンなど、知る人ぞ知る有名専門家ばかり。
ただし本書の本質は、彼らが必ず予測を間違えてしまう心理学的なメカニズムの分析を行いつつも、「カオス理論」などから未来予測の難しさを説明しつつ、その「予言者」たちの対応の間違った後の態度の取り方、そしてそれに対してわれわれがどのように対処すればいいのかまで、かなり深く、しかし軽快な筆運びで論じております。
本書の白眉は、おそらく心理学者のフィリップ・テトロックの専門家たちの数々の未来予測を長期にわたって追跡した調査結果を引用しているところであり、また興味深いのは、80年代末から90年代にかけてアメリカで吹き荒れた「日本脅威論」などをネタに、いかに専門家たちがことごとく間違ってきたのかを論じているところでしょう。
また、いくら間違ったことを言っても「断言している」という理由から信じられてしまう謎を進化心理学の面から説明していることや、聴衆を説得するにはデータではなく「自信を持っているように見えることのほうが重要」という指摘は、意外ですがなかなか説得力のあるもの。
個人的にとくに感慨深かったのは、ジョン・ルイス・ギャディスの有名なIR理論の批判論文(というかそれをまとめた本)の議論を引用しながら、冷戦の終結を予測できなかった「専門家」たちに触れつつ、
「専門家は専門家であるがゆえに、逆に豊富な知識と情報を持っているから間違いやすい」
という逆説的な結論を導き出している点でしょうか。
「グループシンク」の同調圧力や、無意識かつ非合理的に判断する脳の機能を説明している他にも、人は不確実性が増えた時に非合理的だが断言的な予測(占いを含む)を知りたがる傾向がある、ということを述べていた点や、戦略学的には以下のような、
●残念なことに、情報量を増やしても、問題解決には役に立たない。むしろ、情報を追加すると説明しやすくなり、たくさんのデータを持つことで、ますますないものが見えるようになる傾向がある。コンピュータを加えると、状況はさらに悪化する
という、まるで「軍事における革命」(RMA)の推進者たちへの強烈な反証ともいえるような議論を紹介していることです。
また、経営戦略ではよく使われる「ハリネズミvsキツネ」という思考法の対立や、究極的には「人間の判断力」というむずかしい問題にも取り組んでおり、まさにクラウゼヴィッツの「戦争の本質」論(戦争の気候、摩擦、人間の関与云々)にも似たような言説がどんどん出てきます。
そのクラウゼヴィッツの「戦争観」に関連したことでいえば、原著者は以下のように、
●自分の環境を全くコントロールできなくなると、人はストレスにさらされ、病気になり、早死にする・・・このように「コントロール」とは人間にとって基本的な心理的欲求なのであり、コントロールなくして暮らすことは文字通り「拷問」にもなりうる。
という、私が以前ここで述べた「原発とコントロールの感覚」というエントリーに密接に関係している話がでてきます。
最近のいわゆる「専門家」たち(これには本ブログの著者も含む←苦笑)の予測の怪しさに常々疑問を持っている全ての人々に自信をもってオススメできる、とても素晴らしい本です。
ただし唯一残念だと思ったのは、本文の一番最後の行に書かれている下ネタの意味を、訳者の方が全くわかっていなかったことでしょうか(笑
さて、久しぶりに本のご紹介。しかも今回は翻訳本です。
『専門家の予測はサルにも劣る』
by ダン・ガードナー(訳:川添節子)


題名からもズバリとわかるように、この本は人間の予測、とくに「専門家」の予測がいかに当たらないものであるか説明しております。
しかし原著者はただ単にその道の専門家たちの過去の失敗例を列挙するだけでなく、なぜ彼らが間違いつづけるのかというところまで踏み込んで、その理由を、最新の心理学や行動経済学の研究結果などによって説明しております。
失敗例として「やり玉」に挙っているのは、トインビーからジャック・アタリ、ラビ・バトラ、ハーマン・カーン、ロバート・ライシュ、ジョン・メイナード・ケインズ、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ、アーサー・ラッファー、ピーター・シフ、ダニエル・ベル、レスター・サロー、ポール・エーリック、リチャード・フォーク、アルヴィン・トフラー、ポール・クルーグマンなど、知る人ぞ知る有名専門家ばかり。
ただし本書の本質は、彼らが必ず予測を間違えてしまう心理学的なメカニズムの分析を行いつつも、「カオス理論」などから未来予測の難しさを説明しつつ、その「予言者」たちの対応の間違った後の態度の取り方、そしてそれに対してわれわれがどのように対処すればいいのかまで、かなり深く、しかし軽快な筆運びで論じております。
本書の白眉は、おそらく心理学者のフィリップ・テトロックの専門家たちの数々の未来予測を長期にわたって追跡した調査結果を引用しているところであり、また興味深いのは、80年代末から90年代にかけてアメリカで吹き荒れた「日本脅威論」などをネタに、いかに専門家たちがことごとく間違ってきたのかを論じているところでしょう。
また、いくら間違ったことを言っても「断言している」という理由から信じられてしまう謎を進化心理学の面から説明していることや、聴衆を説得するにはデータではなく「自信を持っているように見えることのほうが重要」という指摘は、意外ですがなかなか説得力のあるもの。
個人的にとくに感慨深かったのは、ジョン・ルイス・ギャディスの有名なIR理論の批判論文(というかそれをまとめた本)の議論を引用しながら、冷戦の終結を予測できなかった「専門家」たちに触れつつ、
「専門家は専門家であるがゆえに、逆に豊富な知識と情報を持っているから間違いやすい」
という逆説的な結論を導き出している点でしょうか。
「グループシンク」の同調圧力や、無意識かつ非合理的に判断する脳の機能を説明している他にも、人は不確実性が増えた時に非合理的だが断言的な予測(占いを含む)を知りたがる傾向がある、ということを述べていた点や、戦略学的には以下のような、
●残念なことに、情報量を増やしても、問題解決には役に立たない。むしろ、情報を追加すると説明しやすくなり、たくさんのデータを持つことで、ますますないものが見えるようになる傾向がある。コンピュータを加えると、状況はさらに悪化する
という、まるで「軍事における革命」(RMA)の推進者たちへの強烈な反証ともいえるような議論を紹介していることです。
また、経営戦略ではよく使われる「ハリネズミvsキツネ」という思考法の対立や、究極的には「人間の判断力」というむずかしい問題にも取り組んでおり、まさにクラウゼヴィッツの「戦争の本質」論(戦争の気候、摩擦、人間の関与云々)にも似たような言説がどんどん出てきます。
そのクラウゼヴィッツの「戦争観」に関連したことでいえば、原著者は以下のように、
●自分の環境を全くコントロールできなくなると、人はストレスにさらされ、病気になり、早死にする・・・このように「コントロール」とは人間にとって基本的な心理的欲求なのであり、コントロールなくして暮らすことは文字通り「拷問」にもなりうる。
という、私が以前ここで述べた「原発とコントロールの感覚」というエントリーに密接に関係している話がでてきます。
最近のいわゆる「専門家」たち(これには本ブログの著者も含む←苦笑)の予測の怪しさに常々疑問を持っている全ての人々に自信をもってオススメできる、とても素晴らしい本です。
ただし唯一残念だと思ったのは、本文の一番最後の行に書かれている下ネタの意味を、訳者の方が全くわかっていなかったことでしょうか(笑

by masa_the_man
| 2012-06-14 20:00
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