戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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ビル・エモットの「日英比較論」

今日の横浜北部は昼くらいから快晴でした。もう梅雨明けですね。ってそれは無理ですが(苦笑

さて、ある専門誌に日英の「戦略的影響力」を比較した面白い論文が載っていたのでその要約をここに。

著者はあのビル・エモットで、イギリスの「エコノミスト」で長年編集長を務めていた他、日本でも取材経験が豊富な人材です。

まるでジョセフ・ナイの「ソフト・パワー」論ですが、一つの要素だけ取り出して科学的に検証しようというアメリカの「政治科学形式」のやりかたではなく、すべての要因をブレンドして見ていこうとする姿勢(スタディーズ方式)に、なによりイギリスっぽさを感じてしまったのは私だけでしょうか。


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「戦略的影響力」とは何か?:日英の比較
By ビル・エモット
 
●アメリカの政府関係者によく使われる言葉に「戦略的影響力」(strategic influence)というものがあるが、これはけっこう狭い意味で使われている。ただし本当はもう少し定義を広げるべきであろう。

●私の定義では、「ある国が国家戦略のために他国を動かすことのできる、全般的な能力」ということになる。

●面白いことに、これについてわれわれは数値から計測することができないのだが、それでもその影響力の違いを感じることはできる。

●もちろん国家の影響力を計るのに一番良いのは経済力かもしれないが、実はそれが「戦略的な影響力」に直結しないのは明らかだ。

●経済力というのはたしかに金額で計測することができるのだが、経済というのは実は人間の行動についての学問であるという関係から、そこには心理学的な要素の影響が大きいのだ。

●そういう意味で、国家の影響力を計るには経済力だけでなく、心理学のような影響力も混ぜていかなければならない

●これを理解するのに一番良いのは、戦略的に似たような二国を選び出して比較することであろう。私はそのために日本とイギリスの例を使ってみたいと思う。

●まず地理的に見ると、この二国は非常に似通った戦略的重要性を持っている。

●両国とも世界最大の陸地のすぐ外側に位置する島国だ。両国とも、歴史的に大陸側の事情からほどよい距離を保ちつつ、ある程度の独立性を保ってきたからだ。

●また、現代では両国ともアメリカの重要な同盟国であり、一九八〇年に中曽根首相が「不沈空母」と言ったことはその典型だ。

●とくに最近は中国の台頭もあって、アメリカが太平洋に「軸足」を移したことから、日本の影響力は高まったように思える

●経済力のほうに注目してみると、たしかにこれは正しいように思える。

●まず日本には一億二千万というイギリスのほぼ二倍の人口があり、列島の大きさも二倍ある。GDPで比較しても、日本は世界三位で、イギリスは六位だ。

●また、日本の経済成長率は「失われた二〇年」と言われるわりには1990年から2007年にかけて年平均1・7%はある。もちろん同じ時期のイギリスは3%だが、それでも一人頭のGDPだとそれほど差はないことになる。

●経済力というのは貿易黒字で計測されることが多い。これは最近の中国の例でも明らかだ。

●その観点から見ると、日本はここ三十年の間、常に黒字である。それに対して同じ時期のイギリスは常に赤字である。

●外貨準備金も、日本は中国についで二番目の一・三兆ドルだが、イギリスのほうはたった一二三〇億ドルだ

●最後に国防費で見てみよう。IISSの「ミリタリー・バランス」の最新版を見てみると、イギリスの二〇一一年度の支出は六三七億ドルで、日本は五八四億ドルだ。イギリスは対GDPの率で見ると日本の二倍は使っているのだが、結果的にはほぼ同じ額になる

●ところがイギリスのほうが日本よりも「戦略的に影響力を持っている」のは明らかだ。これはなぜだろうか?

●まず注目したいのが「同盟」という点だ。日英両国ともアメリカの同盟国であるのは同じだが、イギリスはNATO(北大西洋条約機構)にも参加しているし、EUのメンバーでもある。

●もちろんイギリスはEUと常に政策面で同意しているわけではないが、それでも貿易や環境政策などではかなりの影響力を持っている

●それに対してアジアには同じような地域的な仕組みはなく、日本の影響力は少ないし、日本は統合的な政策を作るというよりも、地域の大国間の紛争の、単なる仲介役になっているだけだ

●二番目に注目すべき要因は、その地域におけるプレゼンスだ。イギリスのいるヨーロッパのほうが、すべてにおいて地域のつながりとその編み目が強いのだが、日本のいる東アジアにはそれが少ないし、イギリスのように大国の側の過密な貿易ルートの上に存在しているわけではない。

●また、イギリスには「コモンウェルス」があるが、日本にはそれがない

●三番目に注目すべきなのは、政治面での態度と意志である。イギリスは海外への武力介入にも積極的で、海外において影響力を発揮しようという意欲があるのだが、日本は第二次大戦の敗戦やそれ以前の拡大のおかげで、そもそも軍事介入できない雰囲気をもっている。

●もちろん日本はアメリカの行動を支持するなどの意味で影響力を使おうとすることがあるのだが、それでも一般的には「影響力を行使しないだろう」と思われている

●ところがイギリスのほうは、アメリカと一緒に介入するなどして、実力よりも過剰なパワーを行使しようとする態度を持っている。つまり彼らは「影響力を行使するだろう」と思われているのだ。

●ジョセフ・ナイのいう「ソフトパワー」や「説得力」というのは定義しづらいものだが、彼によればそれは「自分たちのして欲しいと思うことを他国にやってもらう力」ということになるだろう。

●そういう意味で考えれば、イギリスのほうが日本よりも圧倒的に「ソフトパワー」を持っていることになる。その典型が、BBCやエコノミスト、FTのようなメディアである。

●もちろんこれは「英語」というフォーマットが有利ということもあるかもしれないが、たとえばBBCは英語以外の言語でもサービスを行っている。そういう意味では、言語そのものではなく、メディアそのものの質の高さが影響しているのだ。

●他にも、英国法は国際的取引の上での慣習に、そしてロンドンのシティーは金融関係で力を持っている。

●もちろん日本も民主制度や人権という価値観を共有しているという点ではイギリスと同じだが、日本の場合はそれを積極的に推進していく役割よりも、よいロールモデルになることのほうを得意としているのだ。

●ソフトパワーでは宗教の力も大事であるが、日英両国ともこの面ではそれほど力を持っていない。ただし英国教会はある程度の影響力があり、とくにアフリカの一部に熱心な信者がいる。日本で海外布教に積極的なのは仏教系の創価学会くらいだ。

●最後に忘れてはならないのは、イギリスが国連安全保障理事会の常任メンバーであり、核抑止力を持っているという点だ。

●もちろんこのような議論は、私が祖国であるイギリスを賛美したいからではない。私がこれによってハッキリさせたいのは、「戦略的影響力」には数値で計測できないような要因が大きいということなのだ。

●その要因とは、心理学的なものであり、将来のトレンドの見込み、それに政治的な態度と能力なのである。

●しかもこれらは地理や軍備、それに経済力や国際法での立場のように、どちらかといえば計測しやすいものに上乗せして考えていくべきなのだ。

●経済学者は心理学的な要素をもっと重視しなければならないと同時に、歴史や国際関係論の研究者たちは(国内・国外の)心理的要因を考慮することがあっても、自分たちの分野で経済を過小評価しがちなのだ。

●よって「戦略的な影響力」を見極める場合には、われわれはこれらのあらゆる要因のすべてを混合して分析していかなければならないのであり、とくにそこから経済的・政治的なリスクが出てきそうな場合には、これらを慎重に行わなければならないのだ。

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地政学的な分析もさることながら、これって結局のところは歴史的な事情からくる「国民性」や「文化」ということも言えますね。

こういう比較論というのは日本の論壇ではあまり見かけませんが、もっとやる人が出てきてもいいんじゃないかと。
Commented by 待兼右大臣 at 2012-06-11 00:10 x
>>もっとやる人が出てきてもいいんじゃないかと。

アカデミズムでは、まだ無理でしょう。
特に欧米との間での

>>歴史的な事情

二間して、これを突き詰めると、「大東亜戦争肯定論」や「大東亜共栄圏」の評価にも踏み込まざるを得ず、それは、まだわが国の学会においては「ナチス肯定論」と同じ程度のインパクトを与えるでしょう。

できるのは、せいぜい、「歴史的叙述」を淡々と追うという歴史教科書的な「無味乾燥」な学術論文を書く程度でしょう。
Commented by masa_the_man at 2012-06-24 08:22
待兼さんへ

>これを突き詰めると、「大東亜戦争肯定論」や「大東亜共栄圏」の評価にも踏み込まざるを得ず、それは、まだわが国の学会においては「ナチス肯定論」と同じ程度のインパクトを与える

そういうことなんですか。

>できるのは、せいぜい、「歴史的叙述」を淡々と追うという歴史教科書的な「無味乾燥」な学術論文を書く程度

厳しいですなぁ。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2012-06-10 18:40 | 日記 | Comments(2)