英海軍の縮小とエリザベス女王在位六〇周年記念行事 |
さて、イギリスで数日間にわたって行われていたエリザベス女王在位六〇周年記念で見えてきた英海軍の栄光の衰退について興味深い記事がありましたので、その要約を。
それにしてもこの「衰退の仕方」には驚くべきものがありますね。
===
エリザベス女王在位六〇周年記念:女王はもう海を支配できない
一八九七年の六月二六日、英海軍の一六五隻もの艦船はスピッドヘッド海峡に集結し、ビクトリア女王の大英帝国在位六〇周年を祝う式典に参加していた。
しかも集まった艦船には、地中海やその他の海域でシーレーンを守る任務についているものは一隻も混じっていなかったのである。
当時の新聞には「この素晴らしい光景に感動しないイギリスの納税者は、愛国者でもないし、本当の市民ではない」と書かれているくらいだ。
ここにいた唯一の遊覧船は、ウェールズ皇太子、後のジョージ七世を載せるためのものであり、彼は連日続いていた在位六〇年の行事に参加して疲れきっていた母親(当時七八歳)の代わりに観艦式で敬礼を行っていた。ヴィクトリア女王はその代わりにワイル島の別荘から、望遠鏡で観艦式の様子を眺めていた。
それから一一五年の後のイギリスでは、歴史上二回目となる在位六〇周年記念祭が開催された。この行事には、国家の歴史の「偉大な瞬間」となる節目に必ず行われる海軍の観艦式が予定されているのだが、今回ばかりは「偉大な瞬間」とはならないだろう。
イギリスを二度の大戦から救った英海軍は、今となっては巨大な自らの過去の影にひっそりとたたずむ情けない存在であり、何度も予算縮小のあおりを受けた結果として、十数隻を集めるのさえほぼ不可能な状態となっているのだ。
もっとも恥をかいているのは、このような壊滅的な縮小を受け入れてきたことを隠さなければならなかった英国防省の大臣や制服組の官僚たちである。彼らは英海軍が今週の祝賀会で大きな役割を果たしていないことを注目されないようにドキドキしているのだ。
英海軍の現役の指揮官の一人は、英国防省でこのトピックに関して箝口令が出ていると述べており、「船の数が少ないですからねぇ。昔みたいな豪勢な眺めはもう無理です」と言っている。
第一海軍卿(英海軍の制服組のトップ)を務めたことのあるウェスト卿は、観艦式を行えば単なる国家の恥をさらすことになるだけだと言っている。
「今やるとしたら、二隻ほどの潜水艦と五・六隻のフリゲート艦と駆逐艦ぐらいは出せると思いますが、まあ小規模で地味なもんですよ。時代の移り変わりを実感しますよね。なんと言っても艦船の数が劇的にへらさられて、有意義な観艦式を行うことさえできなくなっているわけですから」
たしかにいままで行われてきた観艦式と比べると、その規模はかなり対照的だ。観艦式は一四一五年から行われており、最初はヘンリー五世がフランス侵攻のために集めた船を見るためのものだった。
今世紀に入ってからは戴冠式に合わせて開催されるようになり、一九一二年のジョージ五世、第一次大戦への動員の時の一九一四年、それにジョージ六世の一九三七年の戴冠式、現在の女王の一九五三年の戴冠式と、一九七七年の在位二五周年の時、そして二〇〇五年のトラファルガー海戦の二百周年記念の時に行われている。
ところが在位五〇周年(二〇〇二年)の時には、国防費カットの影響もあって、観艦式は行われなかった。
イギリスの戦艦などに関する雑誌の編集者は「観艦式は女王にとって自分の船を見つつ、海軍の部下たちに王制への忠誠を新たにさせるよいチャンスであり、伝統的なものです。二〇〇五年のトラファルガー海戦記念祭の時は百隻以上集まったのですが、その半分は外国の船で、参加した船の中で一番大きかったのはフランスの空母シャルルドゴールでした」と言っている。
二〇〇五年以降の英海軍はハリアー部隊を失ったため、実質的に自らの航空戦力を喪失したことになる。唯一の空母「イラストリアス」はヘリを積んでいるだけで、他には「平甲板」の水陸両用艦オーシャンがヘリをつめるだけだ。
エリザベス女王とフィリップ殿下(彼は結婚前は士官だった)は一九五三年の六月一五日の観艦式をうらめしく思っているはずだ。その時彼らはフリゲート艦「サプライズ」に乗り込んで観艦式を行い、戴冠式を記念した行事に参加していたからだ。
「イーグル」「インドミタブル」「イラストリアス」「テセウス」「ペルセウス」などは、第二次大戦の建造ラッシュのおかげでそこに並んでおり、カナダの「マグ二フィセント」とオーストラリアの「シドニー」も一緒だった。
その他にも地中海は極東で作戦に従事していた艦船の多くは欠席していた。この観艦式に参加したのは三〇〇隻ほどで、海軍航空隊の飛行機も三〇〇機ほどが上空飛行している。
一九七七年の在位二五周年記念の時は艦隊の規模が劇的に縮小していたのだが、それでもまだアメリカとソ連につぐ世界第三位の規模を誇っていた。二隻の空母(うち一隻は「アークロイヤル」)、二隻の巡洋艦、強襲揚陸艦一隻、一七隻の駆逐艦、一八隻のフリゲート艦、一四隻の潜水艦、そしてその他多数の小規模艦などだ。
このときはほとんど外国の艦船に来てもらう必要はなく、参加したのはたった一八隻だけだった。
では現在ではどうだろうか?インフレを考慮にいれれば、イギリスは一九五三年の時よりもGDPでは四倍の規模になっているが、力のある艦隊を維持することはむずかしくなっているように見える。
今日の英海軍は、ヘリ空母二隻、現役の強襲揚陸艦はたった一隻、駆逐艦六隻、フリゲート艦一三隻、四二隻の小規模艦と、一三隻の補助艦艇によって構成されているだけだ。
ウエスト卿によれば、実務作業に関わっているものを差し引いて考えれば、観艦式に参加できるのは一〇隻ちょっとくらいだという。
ところが船の数とは反対に提督の数だけは多く、大将・中将・少将が二八人もいる。
フォークランド紛争の時に指揮官を務めた元軍人は、「もうわれわれは観艦式をできないと思いますよ。在位六〇周年記念で観艦式は見てみたいですがねぇ」と言っている。
それとは対照的に、ブラジル、ロシア、インド、そして中国の海軍の艦隊の規模は拡大しつつある。たとえば去年のインドのムンバイ沖で行われた観艦式では合計八一隻が参加しており、これは英海軍よりも一〇隻多く、この中には空母「ヴィラート」(元々はイギリスの「ヘルメス」)も含まれていた。
この船はいまだに艦載機のシーハリアーを飛ばしており、先駆者であるイギリスを能力面で越えたことになる。
キャメロン首相にも、現在英海軍の悲惨な状態についての責任の一端がある。なぜなら空母「アークロイヤル」とハリアー部隊を消滅させたのは彼であり、実質的に英海軍の独立遠征作戦を行う能力を喪失(二〇二〇年に新しい空母が就航するまでだが)させたからだ。
また、彼は英空軍のニムロッド(哨戒機・対潜機)の導入計画をキャンセルしている。
ところが保守党と労働党のどちらにも責任があると言えよう。なぜならアフガニスタンの失敗にムダ金をつぎ込んだおかげで、イギリスの海外貿易の95%を守る海軍への資金が無くなってしまったからだ。
また、英海軍は「買い物が下手」ということもある。やけに費用面で有利で効果のある装備をそろえるという意味では評判が悪いのだ。
例えば新しい45型駆逐艦は一隻一〇億ポンド(一二四〇億円)するのだが、それよりも安いアメリカの船に比べても陸上攻撃能力に劣るのだ。しかも発注されるのはその価格のおかげでたった六隻だという。
ジェーン・ディフェンス・ウィークリー誌の記者によれば、国防省の大臣たちは英海軍から船と艦載機をどんどんカットしており、「いくら性能が上がったといっても、船は二カ所同時にいられるわけじゃないのです。今の英政府はわれわれの軍隊を小規模にして、仕事も少なくしたいんでしょうねぇ」と嘆いている。
一八九七年の観艦式を見た作家のキプリングは、感動して「退場」という詩をしたためている。この当時の大英帝国は絶頂期にあったのだが、それでも衰退の暗示はあらわれていた。
シーレーンに依存している海洋国家であるイギリスは、外洋海軍を消滅させつつあるのだ。その報いはわれわれを待ち受けているだろう。
====
元記事は保守系のテレグラフ紙だからこういう論調になるのかもしれませんが、それにしてもイギリス政府のコストカットの大胆さには驚きます。
同じことがアメリカに起こるのかどうかはわかりませんが、衰退しはじめた国家というのは勢いが速いですから、注意しておく必要はあるかと。
▼〜あなたは本物の「戦略思考」を持っているか〜
「奧山真司『一発逆転の非常識な成功法則〜クーデター入門に学ぶCD』」
▼〜あなたは本当の「国際政治の姿」を知らなかった〜
「奧山真司『THE REALISTS リアリスト入門』CD」
▼〜"危機の時代"を生き抜く戦略がここにある〜
「奥山真司の『未来予測と戦略』CD」
▼〜奴隷人生からの脱却のために〜
「戦略の階層」を解説するCD。戦略の「基本の“き”」はここから!
▼〜これまでのクラウゼヴィッツ解説本はすべて処分しましょう〜
▼〜これまでの地政学解説本はすべて処分しましょう〜
奥山真司の地政学講座CD 全10回