戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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テクノロジーのソフト面を軽視する日本

今日の甲州はなんとなく曇りでして、相変わらず初夏の気温。

イギリスの友人を山梨観光に連れ出しておりまして、本日はお約束の「昇仙峡」に行って参りました。私自身も初めてだったのですが、あまりにも観光地化されて客引きが多く、やや閉口。

さて、いまメルマガのほうに書いているテクノロジーの話題について少し。

テクノロジーには「思想」や「世界観」、さらには「政治(思想)」までが含まれるということをこのブログではかなり前から主張しているわけですが、それは一体なぜなのかということを説明するために便利なのが、このブログをご覧のレギュラーの皆さんにはすでに「耳タコ」になっている「戦略の階層」というもの。

いつものようにそれを記しますと、

世界観(人生観、歴史観、地理感覚、心、ヴィジョン)

政策(生き方、政治方針、意志、ポリシー)

大戦略(人間関係、兵站・資源配分、身体、グランドストラテジー)

軍事戦略(仕事の種類、戦争の勝ち方、ミリタリーストラテジー)

作戦(仕事の仕方、会戦の勝ち方、オペレーション)

戦術(ツールやテクの使い方、戦闘の勝ち方、タクティクス)

技術(ツールやテクの獲得、敵兵の殺し方、テクニック&テクノロジー)

となりますよね。

私はこの基本的な流れが「トップダウン」で表示してあることが非常に重要であると考えておりまして、それは結局すべてのレベルが一番下の「技術/テクニック」のレベルにまで凝縮される、という決定的に重要なことを示唆しているからであります。

ところが日本人の悪いクセは、状況が逼迫してきたり、勝ったと思っていい気になっている時に「ものごとを下位の(戦術〜技術)レベルだけで考えよう/考えたい」という変な欲望に負けてしまうという傾向を強くもっている点。

私が最近の日本の中で一番危ないなぁと感じるのが、「ものづくり」という言葉でして、これは90年代から盛んにもてはやされるようになったこと。

私はこれがもてはやされるようになったのが日本がバブル崩壊後に慌て始めた時期と一緒、という事実に注目しており、これは偶然ではないと思っております。

これをいいかえれば、「技術・テクノロジーを追求していけば日本はこれからも繁栄していける」ということなんでしょうが、問題は、日本人自身が「もの」というハード面にしか意識を向けていないことや、(思想や政治が満載の)「テクノロジー」のソフト面の重要性を決定的に軽視する文化をもっていることなのです。

「ものづくり」というのはたしかに聞こえはいいですし、もちろんそれ自体は尊重すべきだと思うのですが、ただ良い「もの」を作っていたとしても、たとえばそれを販売するための流通販路や、マーケティングなどの面ができていないと、極端にいえば「単なる職人」で終わってしまい、作ったものを買いたたかれてしまって大損、ということになります。

ようするに、日本は優秀な「職人」だけでなく、工務店やゼネコン、またはデパートのように、良い物をつくるだけでなく、それを売って消費者やお客さんに届けるシステムを持たなければ、ものを買いたたかれて、つまり流通システムというテクノロジーのソフト面である手の上でコントロールされてしまって終わり、というなんですね。

最近あの野口悠紀雄さんが、『製造業が日本を滅ぼす』という本を出版しまして、このタイトルはかなり過激ですが、私がここで言おうとしていることの半分は当てはまっていると考えていただいてけっこうかと。

つまり製造業を全部捨てるという必死の覚悟を持ってテクノロジーのソフト面の重要性に目覚めないかぎり、この国の経済はこれからかなり厳しいのではということです。
Commented by 待兼右大臣 at 2012-05-01 00:17 x
>>基本的な流れが「トップダウン」で表示してあることが非常に重要である

欧米(といいますか、キリスト教(とその類縁関係にあるユダヤ教、イスラム教)世界では、多分その通りだと思います。

日本は「ボトムアップ」アプローチであるという「仮説」を持っていまして、

日本は「世界観」を 敢 え て 不問に付す 「世界観」
(「唯一神のいない」 世界観)

でやってきたと思います。そして、その「ボトムアップ」は神道(アミニズム)や仏教的世界観の現われであったという仮説です。

さらにいえば、日本の技術には

利用者の世界観を 「変えずに補強する」 ものである
(他人に、自己の世界観を強制 「しない」 )

という世界観が込められていると見ています。
その辺りのことは、オフ会で機会があればということで。
Commented by 緑川だむ at 2012-05-01 01:13 x
さっきこんなのを発見しまして。
https://twitter.com/#!/culturepot/status/196769537746681856
> culturepot ‏ @culturepot
> @sasakitoshinao 僕は日本は技術立国だ(った)と言うけど、工芸立国なの
>だと思います。技術の形而上的な背景を学ばずに、マテリアルな部分だけを受
>容してきたのではなかと思います。最近、元大手家電CTOの父は日本人は技
>術を理解していないと口癖のように言います。

 「ものづくり」という言葉が危ないなと言うのは同感。
 思うに、本来の「科学技術」というのは「理論化されドキュメントが整備された物」のことなんだから、それを現在世界中からかき集めて最大に活用してるのは中国人なんだよな。
 だからある意味、今の日本に残っているのは「理論化されてない」「ドキュメントがない」「よって外国に移転することもできない」「というか今のヒトがいなくなったらそれでおしまい」な工芸品しか存在していないのかもしれない( ・・)/
Commented at 2012-05-01 09:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 太郎 at 2012-05-01 10:54 x
「ものづくり」という言葉の危うさ。在外にいると、日本以外の先進諸国の商工会議所は、講演などのイベントは、オープンで行ないなす。日本は、日本だけで集まります。これでは、接触範囲が必然的に狭くなり、視野も狭くなります。
Commented by えんき at 2012-05-01 13:04 x
近代に於けるパラダイムそのものが、日本人には合っていなかったのかもしれません。しかし、これからの世界は、様相が段々違ってくるとも思います。

20世紀初頭、近代文明の基礎である物理学は、この世の物理的概念の変更という大パラダイムシフトを行なわなければなりませんでした。当時の物理学者たちは皆苦悩しました。アインシュタインもハイゼンベルグも同じでした。そして、この大パラダイムシフトを成し遂げるにあたって、彼らは共通してインド哲学の巨匠タゴールに教えを請うたのです。また、場の量子論が否定されかかっていた時、つまり東洋文明と西洋文明とを根本物理概念において融合させようとする壮大な試みの危機に於いて、それを朝永振一郎がファイマン達と共に場の量子論の発散問題を論理的に解決したのです。

物理学が大パラダイムシフトを起こしてから100年、未だ他の学問はパラダイムシフトを始めていません。未だ古典なのです。出来うることならば、我々日本文明こそは欧米近代文明と東洋文明とを融合させて、新たなる文明境地を創造するという人類文明叙事詩でのヒーローに成りたいものです。
Commented by 待兼右大臣 at 2012-05-01 14:05 x
そういえば、アインシュタインも「神はサイコロを振り給わず」といって、ボーア以下の量子力学をかたくなに認めようとしなかったといわれています。

スティーブン・ホーキングに代表される現代理論物理学は、 「宇宙(世界)の創造」 という 「神 の 領 域」 に足を踏み込みましたが、その「神」とは、量子力学的な「確率論的振る舞い(サイコロの目」という、身もふたもない可能性すら生じてきました。

また、ホーキングの理論は 「神の否定」 として問題になったということもありました。

そこで、ニーチェやエポジストの遥か先を行っている、仏教哲学の出番と個人的には期待しています。

果たして、現代西欧世界からの 「ミリンダ王の問い」 に現代の仏陀はどのように答えるのでしょうか。
Commented by 愚人 at 2012-05-02 00:35 x
数年前までとある電機メーカーで働いていたのですが、ものづくりの掛け声と裏腹にものづくりが軽視されていたのを思い出します。
バブル崩壊直後から私が退職するまでの間、技術は見る見る失われ、リーマンショック後に「選択と集中」と言い出しましたが、研究所は大半が閉鎖された上に純粋な研究は不可能となり、開発部門はもはや購買&営業と呼んだほうが実態に近い有様でした。
最近日本で発表される製品や技術を見るに、(同業)他社も同様だったのだろうなぁと推察しています。
中にいた人間からの主観的な見方ですが形だけ欧米のやり方をまねしようとして「大戦略」~「作戦」までを輸入/重視したものの「世界観」も「政策」も無い(元はあったが捨てるなり忘れるなりした)ため、意図せずに「技術」の低下を招き、結果として攻撃手段を失い、退路を求めて絶望的な撤退戦を継続中のように思えます。
Commented by とおる at 2013-04-23 00:33 x
集積回路(IC,LSIなど)のハードウェアを作ることに専念した結果、今や、「既にお前は死んでいる」状態になってしまった日本の半導体産業が、いい例かも。
Commented by elmoiy at 2013-04-23 17:01
>ものごとを下位の(戦術〜技術)レベルだけで考えよう

高度成長期、親からピアノを習わされた日本人は多いのですが、おそらくほとんどの人は楽譜を読んでピアノを弾く「技術」を習得しただけで終わってしまったのではないかと思います。

しかし、西洋では伝統的に「ムジカ・インストゥルメンタリス」(実際に鳴る音楽、日本人が「音楽」と考えているもの)は一番下位に置かれており、「ムジカ・ムンダーナ」(宇宙の音楽、その背後にあって世界を調律している秩序)こそが「本当の」音楽だと考えられてきました。

中世に書かれた音楽論でも、音楽家を「ムジクス=理論を熟知している人」と「カントール=理論なしにただ音楽をするだけの人」の二種類に分類しています。
by masa_the_man | 2012-04-30 23:10 | 日記 | Comments(9)