ブレジンスキー vs. ケーガン |
さて、今日も再びアメリカに関するネタ。今回はいよいよ私の専門に絡んでくる、「大戦略」についての話。
基本的に書評なんですが、二冊一気にやっているところがミソでしょうか。この二冊を比較検討しているところが面白い。
いずれこの二冊は邦訳されるのが確実です。
====
アメリカは今後どうすべきなのか
by ジョナサン・フリードランド
Strategic Vision: America and the Crisis of Global Power
Zbigniew Brzezinski

The World America Made
Robert Kagan

●去年アメリカで放映されたアウディA6のコマーシャルは印象的だった。
●そこのでのメッセージは、「アメリカの道路はひどいが、アウディはスマートでかっこいい」というものだった。つまりアウディの存在そのものがアメリカの衰退の象徴であるということだ。
●たしかに最近アメリカ衰退論は盛んになっており、フォーリンポリシー誌のウェブサイトには「アメリカ衰退報告」というサイトも出現したほどだ。
●この種の本も豊富であり、今回紹介する二冊もそのようなトピックについて扱っているのだが、上手い具合にリベラル(左)と保守(右)の立場から論じたもの。両著者は地政学のジャンルではかなりの有名人たちである。
●まずロバート・ケーガンだが、彼はネオコンでイラク侵攻を支持した人物であり、レーガン政権から政府で働いた経験を持っている。「アメリカは火星から、ヨーロッパは金星から来た」というフレーズを有名にした。
●ズビグニェフ・ブレジンスキーのほうは、いわずと知れたカーター政権の安全保障アドバイザーであり、過去30年間にわたって「アメリカは対外政策でどうすべきか」ということを絶え間なく論じてきた人物である。
●当然だが、この両者の意見は違う。ケーガンは本の中でイラク侵攻についてはほとんど触れていないが、彼の介入に対する熱心な姿勢は明らかだ。
●ところがブレジンスキーのほうはイラク侵攻を「アルカイダとの戦いを脱線させた無駄な戦い」であり、しかもその正当化の理由が数ヶ月以内に崩れてしまい、アメリカの国際的な立場を弱めてしまった、と手厳しい。
●また、ブレジンスキーのほうは気候変動が最も重大な脅威であると主張しているが、ケーガンのほうはほとんど何も言っていない。
●また、ブレジンスキーが憂慮しているのは、アメリカ国内の経済格差であり、ウォール街発の金融危機についてかなり批判的だ。彼はこのシステムの改革が必要であり、それは対外的にアメリカが展開していくためにぜひすべきだと力説。
●ブレジンスキーはリーマンショックが「資本主義を傷つけた」としながらも、「それでもリベラルな経済秩序は全世界の人々が望んでいるものだ」と自信を持って主張している。
●この二冊はアメリカの右と左の立場を象徴的に示しているが、ブレジンスキーはかなり細かい事実まで詳細に論じているのに対し、ケーガンのほうはやや大きな概論を論じている。
●とくにケーガンは、「国際的な秩序というのはビルのようなものであり、そのビルは(アメリカによって)支えられなければならないのだ」という印象的な比喩を使っている。
●言ってみれば、文章の雰囲気はブレジンスキーが悲観的であるのにたいして、ケーガンは楽観的なのだ。
●ところが驚くべきことに、この両者は「何が重要なのか」という点ではむしろ同意していることが多い。
●たとえば両者は「アメリカの衰退」はメディアで誇張されていると説いている。両者ともアメリカのGDPが世界の四分の一を(過去四十年間にわたって)占めていることを指摘しているのだ。
●また、軍事費はその他の国々を合わせた額よりも多いことを指摘。ブレジンスキーによれば「アメリカに軍事的に対抗できるような勢力は皆無」なのだ。
●ケーガンについてはその理由についてさらに分析を行っており、「以前は完全無敵の状態だったという、単なる過去の栄光についての神話を懐かしんでいるだけだ」と指摘している。ところが問題は、そのような時代は一度も訪れたことがないという点だ。
●たとえば第二次大戦直後はアメリカの力が頂点に達したと言われているが、その時代でもディーン・アチソンは中国や朝鮮半島、それにインドシナ半島などの状況はコントロールできないと嘆いていたと述べている。あのマッカーサーも1952年に「アメリカの想定的な衰退」を危惧しているという。
●よって、ケーガンは「アメリカの衰退という議論はアメリカの歴史そのものと同じくらい古い」というのだ。そしてこのような恐怖にアメリカは直面してから、その後に必ず復活してきたことを指摘している。
●両者とも中国の台頭についてはアメリカ側が「過剰に反応している」と主張している。同じような議論は1980年代の日本についても言えることだ、とはブレジンスキーの弁。彼は中国がアメリカに追いつくのはまだ数十年かかると指摘。
●それに対してケーガンは、中国の地政学的なポジションの悪さを指摘している。周辺をアメリカの同盟国に囲まれており、海軍力を発揮するのは困難だからだ。
●ケーガンが本領を発揮するのは、「もしアメリカがいなかったらどんな世界秩序が現れるのか考えてみろ」と論じている部分だ。貿易に必要なシーレーンを守っているのはアメリカだが、それが中国やロシアになったらどうなる?と問いかけるのだ。
●ブレジンスキーもインターネットが中国やロシアの管理下にあったらどうなるかを想像せよ、と読者に迫っている。
●二人を比べると、ブレジンスキーのほうが長年にわたるアメリカの対外介入についてかなり批判的だ。ただし両者ともアメリカの支配的な状態のほうが世界にとって有益だという議論を行っているという点についてはぶれていない。
●結果として、両者は共に「アメリカ衰退は宿命である」という議論には批判的だ。アメリカの衰退や現状維持状態は避けられない運命というわけではない、というのだ。
●そして二人が強調するのは、もしアメリカがトップのままでいたいのであれば、それを積極的に維持するための努力を惜しんではならない、ということだ。ブレジンスキーは、そのためには現在の国内の政治システムを変えるという痛みが必要だという。
●しかしそうするべきであるというのが彼らの主張だ。なぜなら、現在の(70年間ほど安定してきた)国際秩序は、自律的なものではなく、誰かによって維持されるべきものだからだ。
●それ以外の良い秩序が他にもありえない以上、世界はアメリカを必要としている、というのだ。
=====
基本的に楽観的ですね。ただし世界秩序におけるアメリカの立場というものをすごく意識したものです。
個人的にはケーガンが地政学的な分析をしているのに驚きました。今まではそんなことほとんどしなかったのに。
ちなみにブレジンスキーは相変わらず文中で「ハロルド・マッキンダー」と書いてます。誰か指摘してあげないと。