戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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理性は感情の奴隷である。その2

昨晩のエントリーのつづきです。

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●つまり理性というのは判事や教師のようにわれわれを知恵に向かわせるような働きをするのではなく、むしろ弁護士や政府の報道官のように、すでに行われた行為を正当化するような働きをするという。

●たとえば著者は、近親相姦というタブーを被験者がどのように無理矢理正当化しようとするのかを見せているのだ。

●このような人間の性質を説明するために、著者は進化論的な仮説を使っている。つまり、人間は生き残るために社会的立場を上げて影響力を獲得してきた、というものだ。

●こうなると理性というものは「印象操作」(spin)をするための道具として発展してきたということになる。

●著者はこの仮説から「もし人々の考えを変えたい場合は、理性に訴えかけても無駄だ」と結論づけている。理性ではなく、そのボスである道徳的判断をする人間の「直観」に働きかけないとダメだ、というのだ。

●もちろん著者の理性についての説明はシンプルすぎるかもしれない。なぜならこの本の全体的な狙いは、人間の「学び」を進めるために理性を使いましょう、というものだからであり、これはやや皮肉に聞こえる部分があるからだ。

●ところが著者の本当の狙いは、どうやら「啓蒙思想」そのものを崩すことにあるのだ。彼は読者に他人の道徳的直観の作用に気づいて欲しいと考えているのだ。

●著者は民族学やネットの意見などを通じて調査した結果、西洋社会の道徳観というのは特殊なものであり、普遍的なものではないと論じている。たとえば東洋では個人よりも社会であり、平等よりも秩序などの価値観がある。

●しかもこれらの価値観は決して「遅れている」というわけではなく、人類の歴史の中ではきわめて普遍的に見られるものなのだ。なぜならそれがわれわれの人間の本質にフィットするものだからだ、と著者は論じている。

●彼はこれを世界各地で食べられている食事の志向と比較している。つまり人間はまずそこにある食べられるものを食べるということであり、もしその味が良ければそれを食べ続け、まずければ拒否する、というものだ。

●それと同じで、人間が神や権威やカルマというアイディアを受け入れるのは、これらのアイディアが彼らの道徳的志向とフィットするからだというのだ。

●ここからわれわれは何を学べるのだろうか?著者によれば、われわれは理性と制度が健康的に相互作用を起こす社会をつくりあげることが重要であるということになる。

●この対策として、著者は具体的にいくつかのガイドラインを提供している。

●第一に、市民同士が他者を理解しようとするために同情的になるような関係を作り上げる必要がある、ということ。

●第二に、われわれは一歩引いてじっくりと考える時間をつくるべきである、というものだ。ある調査によれば、良い議論について2分ほど考えれば人間は考えを変える、という結果が出ている。

●第三に、われわれはイデオロギー的な分け方をやめるべきだ、ということ。ここ数十年間で政治思想別に人々がわかれて住むようになった割合は劇的に増加している。

●しかもネットは自分たちの思想を支持する証拠を簡単に見つけさせることができるようになったため、この思想的分裂がさらに悪化している。

●ではこれらのことを実現するにはどうすれば良いのか?著者は自分も参加しているcivilpolitics.orgのようなサイトでそのステップを公開している。

●第一のアイディアとしては、両党の人間が投票できる予備選挙を実施し、党に属していない人の票も入れて穏健派の候補を選べるようにするということだ。第二は予備選挙を行わずにいきなり決選投票を行うこと。これで候補者たちは広い層にアピールすることができる。第三のアイディアは選挙区の組み替えを行って、下院議員選出におけるイデオロギー的な対立を無くすというものだ。

●また、著者は昔のように、議員たちが家族と共にワシントンに移り住むようにすべきだと主張している。こうすることによって議員たちは互いに親交を深め、協力し合えるようになるからだ。

●もちろん著者のこのような提案の多くはあいまいであったり、不十分であったり、実行するのがむずかしい場合が多い。

●だがそれでもOKなのだ。なぜなら彼が始めたいのは、議論を行って自分たちを制御していくために、ただ人間の本質ー―われわれの感情や社会性、そして道徳性ーーをよりよく理解するために対話をはじめることだからだ。

●そしてこの点については彼は成功している。本書は「人類の自分を知るための知識」としては記念碑的な作品となっているからだ。

●しかし著者は一体誰のためにこのアドバイスを与えたいのであろうか?本書の言うように、もし人間の直観が軽卒であり、理性はたんなる自己正当化にしか使えないものであるというのら、彼はわれわれのどの部分が人間をコントロールできると思っているのだろうか?著者が全く触れていないジレンマはここにある。

●著者の道徳を選択するこの知覚について自覚していない点は批判されても仕方のないように思う。人間の中にそなわっている甘味を感知する機能のように、道徳的な好みを感知する機能というのは危険なものである可能性が高い。

●それでも著者が正しいのは、人間の今までの性質を(それが乗り越えるものであるものだとしても)的確にとらえているからだ。
by masa_the_man | 2012-04-09 23:51 | 日記 | Comments(0)