戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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オフショアバランシング:その傾向と対策

今日の甲州はよく晴れたのですが、夕方になってから冷え込んでまいりました。

さて、「幻想の平和」でも提唱されている「オフショア・バランシング」という大戦略について、ここで私なりの見解というか、簡単なまとめを記しておきます。

もちろん私は「オレが日本で一番オフショア・バランシングを知っている!」と豪語するつもりは全くないのですが、とりあえずミアシャイマー、ウォルト、レインというオフショアバランシングを提唱するリアリストの学者のそれぞれの主著的なものを訳した経験がある以上、それについてまとめておいてもバチは当たるまい、ということです。

それではなるべくわかりやすいように、以下のように要点としてまとめてみます。

まず大前提としてご理解いただきたいのは、オフショア・バランシングというのは「大戦略」(grand strategy)のコンセプトである、ということです。

大戦略というのは、拙著『悪の論理は・・・』の49ページの表を見ていただければお分かりのように、国家が戦争を行う時に、政策(policy)と軍事戦略(military strategy)の間をとりもつレベルのことを扱っており、具体的には国力の(戦争遂行のための)資源配分や兵站、それにその配置、そして脅威がどこから来るのかなどを考えます。

このレベルのキーワードは、「安全保障」「脅威」「ロジスティクス」「国防予算」、そして「コントロール」などでしょうか。政治レベルよりはもっと具体的、だけど軍事戦略よりは非軍事的でやや抽象的、というイメージでもよいかと。

よってオフショア・バランシングというのは、最近話題の「エアシーバトル」のような「作戦」のレベルや「軍事戦略」のレベルのように、いざ戦争になったときの軍隊を用いた戦いかたを考えるというよりも、それ以前の準備段階における軍隊の配置の仕方を考える、というイメージで考えていただければわかりすい。

よって、やや誤解されるのを覚悟でいえば、「軍事」よりも「安全保障」という意味合いの方が強いわけです。

さて、このオフショア・バランシングですが、元ネタは冷戦後(とくに93〜97年の間)にリアリスト系の学者たちの間で激しく議論された「大戦略」の議論から出てきたものです。手元に資料がないので不確かですが、たしか初出はMIT教授のバリー・ポーゼンが共著で書いた論文だと記憶しております(間違っているかもしれませんが)。

この大戦略の理想型というか、そのモデルは、なんといっても一九世紀イギリスです。とくにミアシャイマーは拙訳『大国政治の悲劇』の第七章で、イギリスとアメリカを比較しつつ、この二国は「オフショア・バランサーであった」と結論づけております。

ミアシャイマーが米英をオフショア・バランサーとした最大の理由は二つあって、

①ユーラシア大陸との間に緩衝地帯となる「」が横たわっており、

②これによってユーラシア大陸から直接的な侵攻の脅威を受けずに(しかも自分からも侵攻できなかったために)柔軟に同盟を組み替えたりしながら内陸の政治に柔軟に干渉できた

と言っております。

もちろんミアシャイマー、ウォルト、レインの三者は、それぞれがオフショア・バランシングの概念を微妙に使い分けている部分はあるのですが、基本的な共通点としては以下のようになります。

1,ユーラシア大陸の無用な紛争に巻き込まれてはいけない。

2,「孤立主義」(isolationism)とは絶対に違う→限定的な介入は時として必要

3,ユーラシア大陸内部から脅威となる大国が出現しても、基本的にその地域のバランス・オブ・パワーに頼り、自らの国防努力によって抑えこんでもらう

4,そうすることでアメリカは国力(財政、国防費)を温存できるし、それを最大化したまま維持できる。

5,よって、ポール・ケネディの言う「帝国的過剰拡大」を非常に問題視する。

6,脅威が台頭してきたイザという時も、アメリカが積極的に自分から出るのではなくて、むしろ呼ばれてから助けに行くほうがイメージ的にも望ましい、と考える。

7,「一極時代」(1991〜2005年?)の大戦略ではなく、「多極時代」(19世紀〜20世紀前半、冷戦時代?)の大戦略である。

8,自分がやるのではなく、他国にやらせる。つまり責任をとらずに、責任転嫁(バック・パッシング)する。

ということです。

ここで時間切れ。

ミアシャイマー、ウォルト、レインという三者のオフショア・バランシングの微妙な違いなどについては、また明日書きます。
Commented by ふゆづき at 2011-11-17 23:25 x
いよいよOBですね。この後の解説を楽しみにしています。
→この大戦略の理想型というか、そのモデルは、なんといっても一九世紀イギリスです。
これについては、若干以外な感じを受けました。僕はてっきり7年戦争におけるプロイセンとの関係がそのきっかけと思っていました。
でも、英国もこのような大戦略を確率する前には、英国は的外れな大陸への介入を繰り返す(大国の興亡の言い方)といったこともあったようなので、教訓に学んだということなのでしょうね。
先走るようですが、この基本コンセプトが「英国流の戦争の方法」につながるのでしょうか?解説の展開が楽しみです。
Commented by masa_the_man at 2011-11-17 23:32
ふゆづき さんへ

>僕はてっきり7年戦争におけるプロイセンとの関係がそのきっかけと思っていました。

それもあるかも知れませんが、大事なのは焦点が「戦争」(つまり軍事戦略のレベル)ではない、ということでしょうか。あくまでも「大戦略」のレベルなのです。

>教訓に学んだということなのでしょうね。

どこまで学べていたかはけっこう疑問のところがありますが、それでも国力をある程度の長い期間維持できていた、というのが大きいのかもしれません

>この基本コンセプトが「英国流の戦争の方法」につながるのでしょうか?

「戦争の方法」とはちょっと違うんですよね。戦争の前の段階の「どうやったら戦争に巻き込まれずに得をするか」ということを考える大戦略のレベルかと。時間があればがんばって書きます。コメントありがとうございました
Commented by elmoiy at 2011-11-21 11:44 x
「オフショア・バランシング論」について、いくつか突っ込みたい所があるのですが。

・英国とヨーロッパ大陸諸国は同じ文明圏に属していたが、米国とユーラした大陸の国々は異質な文明圏に属している
・ウェストファ理条約以後の欧州では主権国家というものが確立したが、世界には国家が事実上機能していない地域が数多く存在する
・19世紀の欧州は貴族社会だったが、現在は大衆民主主義の時代である。現に欧州でもポピュリズム政党がSNSを利用して勢力を拡大している
・そしてなによりも、米国自身が英国と同じ体質の国になれるのか、という問題がある

オフショア・バランシング論者たちはこれらの問題点をどのようにクリアしていくつもりなのでしょうか。
Commented by masa_the_man at 2011-11-21 21:45
elmoiy さんへ

>「オフショア・バランシング論」について、いくつか突っ込みたい所がある

もちろんです。

>米国とユーラシア大陸の国々は異質な文明圏に属している

その通り。ただし地理的なロジックでは一緒、ということです。

>世界には国家が事実上機能していない地域が数多く存在する

彼らによれば、だからこそ逆にオフショアしやすい、ということかと。

>現在は大衆民主主義の時代

一番きわどいのがここかも知れませんね。「距離」が国防面での助けにならないのでは、ということですよね。

>米国自身が英国と同じ体質の国になれるのか、という問題が

ありますねぇ。だからこそ逆に目指さなければならないということでこの大戦略を求める気運が出てきたということもあるかも知れません。

>論者たちはこれらの問題点をどのようにクリアしていくつもりなのでしょうか

クリアできるかどうかも定かではない、と考えている節がありますね。ただしレインなどは「経済的な理由からいずれそうなる」と考えているようにも見えます。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2011-11-17 23:27 | 日記 | Comments(4)