戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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自分を尺度に入れることの大切さ

今日の東京は朝から曇りがちだったのですが、昼過ぎから気温が上がって完全に早春のような勢いでした。夜の風の冷たさにはビックリしましたが。

さて、昨日のエントリーについて、補足のような形で一言だけ。

昨日のエントリーで私が言いたかったことを私なり(?)に要約してみると、どうやらそれは「日本の国家戦略などを論じている識者たちは、日本も実は大きなパワーを持つプレイヤーである事実を忘れがちだ」ということになりそうです。

また、それと同時に感じていたのは、「分析をする人は、その分析結果によってその人の考え方をさらけ出してしまっている」ということです。この点についてはおわかりいただけるでしょうか?

これは私がアメリカの政治雑誌やメディアで行われていた識者たちの言論を必死で追いかけていた時から常日頃感じていたことなんですが、たとえばアメリカ大統領などが一つの政策をメディアで発表しても、それについての解釈については、保守派とリベラルでは天と地ほどの差が出てくることを何度も目の当たりにしてきたわけです。

しかも同じ保守派同士の中でも、細かいイシューなどについてはかなり意見が入り乱れ、彼らの行う論争がかなり激しくなることもしばしば。

私はこの「立場の違い」を、学問をやるにつれて「(セオリーの)前提の違いにある」ということに気づいたわけですが、それと同時に、

ある人の分析は、その人の性格そのものと切り離せない

と気づいてしまったわけです。

つまり特定の感情、たとえば「恨み妬み」の激しい人は、まさしくそういった感情を顕にした現象・事象の分析を行うパターンが非常に多いわけです。

もちろん学問上では、「ある分析と、その分析を行った人物は切り離して考えるべきである」という不文律がありますが、とくに政治や戦略のように判断に主観が入りやすい分野だと、(私も含めて)「完全に客観的な分析」というのがほぼ不可能になってきてしまうわけです。

しかも問題なのは、この分析を行っている人物は往々にして「自分は客観的な存在である」という誤った前提からものごとを分析してしまう傾向がかなり強い、ということでしょうか。

これについて、ソクラテスは「無知の知」という形で人間の無意識な「客観性」や全知全能的な妄想を批判していたわけですが、聖書の中にも似たような言葉があることを思い出しました。

最後のまとめとして、この言葉を引用しておきます。

あなたがたは自分の量る秤で量り返されるのである(新約聖書:ルカ福音書 六章三八節)

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Commented by エキゼエル at 2011-02-19 00:07 x
カエサル曰く「人は現実がありのままに見えてるわけではない。見たいと欲した現実しか見えていないのだ」
この言葉もまた人が完全な客観的存在としては生きられないことを表しているかと思います。
文章にその人の性格が滲み出るのは避けられないことだと同意します。
Commented by Rogue Monk at 2011-02-19 00:22 x
誰かを非難する場合に、その内容が
自分自身のことだというのは、よくある事ですね。
Commented by sdi at 2011-02-19 00:29 x
>日本も実は大きなパワーを持つプレイヤーである事実を忘れがちだ
「忘れがち」ならまだましですね。「最初から頭の中にない」とか「都合が悪いので無視」という香具師が結構います。物理的なパワーだけでなく形而上のパワー(文化・道徳・倫理観等)についてもそうですね。そういう方々は得てして「自分の言動を他者がどう見ているか」ということに思い至らないことが多いように感じます。自己の客観視する困難さをたとえた言葉に「人間の眼は外向きに付いている」というのがあります。それ故、他者を自己の鏡として省みるのは重要ですね。

>あなたがたは自分の量る秤で量り返されるのである
痛い言葉です。この言葉はリアリズム的な世界観を裏側がら見た言葉になっていますね。
「自分以外の国も自分と同じように、パワーを欲して行動するに違いない」と、他者を量るわけですから。
Commented by nanashi at 2011-02-19 09:00 x
価値観・関心がなければ、分析は無い
アメリカに怒りを感じないのは、アメリカを分析することを避けているからだ
ある国の外交のパターンは、その国の内政での自国民の扱い方の延長だ
ロシアやアメリカがどう出てくるかは、内政での自国民の扱いかたを見ればいい
率直にって、日本は米ロとは異質だ必ず衝突する 人口密度が重要な要素だ。
Commented by nanashi at 2011-02-19 09:03 x
一般的に言って、学問は論理に基礎を置いているので、時間的要素を考えることが不得手だ。予測はできてもいつ起こるかが分からない。
こういう場合に、利用できるのがバランスシートだ
バランスシートは、論理と時間のアートを描くキャンバスだといえる
Commented at 2011-02-19 12:08 x
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Commented at 2011-02-19 15:19 x
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Commented at 2011-02-19 18:54 x
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Commented at 2011-02-19 20:16 x
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Commented by えんき at 2011-02-19 20:50 x
不確定性原理に通じるものがある様に感じました。
Commented by 左花朽行 at 2011-02-20 02:19 x
政治学者の櫻田淳を見ていて、ものすごくこの意見と同じ意見にたどり着きましたね。
「原理主義を徹底的に排除した自分は非常な客観的主義者」原理主義なんじゃね?と
「無色透明な自分」というその前提、設定がまずおかしいだろうと
だいたい主張を読んでいても、無色透明な自分になってないし、自分に影響されまくりな分析じゃんってね
Commented at 2011-02-20 09:25 x
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Commented at 2011-02-20 09:25 x
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Commented at 2011-02-20 09:26 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 池沼・高橋和司 at 2011-02-20 09:44 x
>「ある人の分析は、その人の性格そのものと切り離せない」

>と気づいてしまったわけです。

>つまり特定の感情、たとえば「恨み妬み」の激しい人は、まさしくそう
>いった感情を顕にした現象・事象の分析を行うパターンが非常に多い
>わけです。

そうすると私は、結構「恨み妬み」の激しく、かつ非常に感情的な分析をしていると思うのですが、先生の目から見てどのように思われますか(その前に私はそんなに分析めいたことをしていないだろう、という意見もあると思いますが)。まず自分のHNに「池沼」を入れたことも含めて。
Commented by nanashi at 2011-02-20 20:44 x
日本語は、囲炉裏端を囲んで、語り部が途切れることなくは話を紡いでいく言語で、主体が無い。世界観の一致を求めるのが本質で、村八分も本質。だから、匿名でないといけない。

日本語は、命題を助詞のオブラードに包んで聞き手に飲み込ませる。終助詞の使い方を配慮しないと。聞き手の日本人は途端に怒り出す。考えることにエネルギーを使って、話すときにもエネルギーを使い、その点で効率の悪い言語だ。ある種の技術的な人々は、意図的にユニークな自己流の終助詞を作り出して、この部分を省力化しようとする。

日本語を論理的に加工するには、落語の落ちのような形式を取り入れる。落語の落ちは、途切れない日本語の話を区切るための形式。落ちが無い落語は、連綿と続いてしまう。
日本語を論理化する第一歩は、短文に区切る。
Commented by aid at 2011-02-21 00:29 x
性格が分析に反映する。。そうですよね。
ねちっこい、妬みのあるといった負のパワーが大きい人の分析の方が、コワイなあ。
Commented by 秋の空 at 2011-02-21 06:28 x
昨日、今日のエントリー全く同感です。
少し過激な反応・感想ですが、

>「分析をする人は、その分析結果によってその人の考え方をさらけ出してしまっている」
岡崎久彦、副島隆彦両氏を思い出しますな。

> あなたがたは自分の量る秤で量り返されるのである
ここの読者の中にも愛読者が何人かいらっしゃると思いますが、いま、太田述正氏のサイト(www.ohtan.net/)で盛んに、戦前のRobert Craigie駐日英国大使の見識と帝国陸軍の世界戦略に対する理解、その彼の進言を黙殺して暴走したチャーチルの愚かさ、そして「自称」英米派、吉田茂のできの悪さ、英国に手玉に取られていた重光葵の愚かさが論じられていているのですが、吉田と重光、二人とも「自分の量る秤」で英・米に量り返されていたのだと私はつくづく思います。・・・・そんなことを口走る私は(吉田を暗殺したがっていた?)帝国陸軍の子孫・・・・というのも「量り返されて」いるのでしょうけど(笑)

ところで今日の写真、見覚えがあるのですが、どこなんでしょう?
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 17:37
エキゼエルさんへ

>人は現実がありのままに見えてるわけではない。見たいと欲した現実しか見えていない

これいいですねぇ。さっそく使わせていただこうかと(笑

>この言葉もまた人が完全な客観的存在としては生きられないことを表している

素晴らしいかと。

>文章にその人の性格が滲み出るのは避けられない

しかしこれに無自覚な人は多いんですよね、私も含めて(苦笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 17:47
Rogue Monk さんへ

>誰かを非難する場合に、その内容が自分自身のことだというのは、よくある事ですね。

そうなんですよねぇ。これって痛い現実ですが、事実なのでしょうがない。われわれはこれをよく家族関係などで体験することが多いかと(苦笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 17:50
sdi さんへ

>「最初から頭の中にない」とか「都合が悪いので無視」という香具師が結構います

わははは(笑

>「自分の言動を他者がどう見ているか」ということに思い至らないことが多い

発言がどういう影響を及ぼすか、という点ですね。

>自己の客観視する困難さをたとえた言葉に「人間の眼は外向きに付いている」というのがあります

ああ、いい言葉ですなぁ

>他者を自己の鏡として省みるのは重要ですね。

我がふり直せ、ということですね。

>リアリズム的な世界観を裏側がら見た言葉になっています

ああ、たしかにそうですなぁ

>「自分以外の国も自分と同じように、パワーを欲して行動するに違いない」

そうです。そういう普遍主義は、自分に対しても他者に対しても「普遍的」に適用されるわけで。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 17:55
nanashi さんへ

>価値観・関心がなければ、分析は無い

ここまではわかります。

>アメリカに怒りを感じないのは、アメリカを分析することを避けているからだ

ここからが飛躍しますよね。このステートメントには「アメリカは完全に悪である」という前提があるわけですから。

>ある国の外交のパターンは、その国の内政での自国民の扱い方の延長

まあこれはちょっと微妙ですが。

>率直にって、日本は米ロとは異質だ必ず衝突する

nanashiさんが「衝突しなければならない、いや、衝突してほしい」と考えている部分もあるかと。

>人口密度が重要な要素だ。

これはいいんですが、この論拠をお願いします。

>バランスシートは、論理と時間のアートを描くキャンバス

これについてももっと説明していただきたいですねぇ。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 17:57
キモオタさんへ

>「人は客観的にみる事ができない」というのが客観的な観方

たしかに(笑

>気づくのはやめたほうがいいですよ。いろいろと大変だから

ああ、なるほど(笑

>嗜好も実はセルフイメージに支配されます

されてますなぁ

>アニメが嫌いなのではなくて、自分はそういうのが嫌いだから嫌いという人は結構多い

「食わず嫌い」ですか。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 17:59
waterlooさんへ

>分析も分析されます

されますなぁ

>正直、かなり不気味で、「今だったらクレーム来そうだな」、

なるほど(苦笑

>芸で一世を風靡した人だったと知ってびっくりしました。

それはすごい。

>リアルタイムだとギャグとしてとらえられた可能性が

コンテクストなんですよねぇ。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:01
あらかわさんへ

>特定の視点から(主観)そうした営みをしているので、その結果生じた解釈はそのひとの立脚地点等をメタ的に曝け出してしまう

しまいますね

>として初めて明確に述べたのはニーチェだったと記憶

かも知れません。

>既に述べられているように古代から論点となってきたわけですが。

結局のところ、人間の考え方というのはそんなに発展したわけじゃないんですよね。ただしその考えに「名札」をつける作業が発展してきた部分はあるのかも知れませんが。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:02
キモオタさんへ

>日本の文系の学者は 「科学者・サイエンティスト」ではなくて自分の好きな教えに固執する 殉教者

いい言葉ですなぁ(苦笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:03
えんき さんへ

>不確定性原理に通じるものがある様に感じました。

と言われても私はそちら方面には詳しくないのでなんとも言えませんが・・・コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:05
左花朽行さんへ

>「原理主義を徹底的に排除した自分は非常な客観的主義者」原理主義なんじゃね?と

ウォルトもちょっと違いますが、近いこと言ってますね。「民主主義信奉者は自分たちの原理が完全に正しいと思っているから、その適用を非民主的に行う」と(苦笑

>「無色透明な自分」というその前提、設定がまずおかしい

おかしいです。

>無色透明な自分になってないし、自分に影響されまくりな分析じゃんってね

これ、戦略を研究しているとどうしても出てきてしまう大問題なんです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:16
waterlooさんへ

>「自分のせい」として考えるべきでしょう?

二つの考え方があるかと。「状況がおかしい」か「縁がなかったと学ぶ」かですね。

>間違いだったと考えるべきでしょうか?

「べき」かはそのアクターの性格などにもよるかと。

>この状況を創りだしているのも自分の責任

そうですね。少なくとも大きく成功している人はそういう風に考えるようです。

>判断よりも環境の方が先

先にありますね。ただし究極のファーストの人は、「その環境を選んで苦労する」というのも自己責任、もしくは自分が選んできたプログラムだと考えるパターンが多いようですが。

>機会に備えるという思考

ああ、これはこれでいいんじゃないでしょうか。

>と同じ思考を持っています。

「自分で状況をコントロールできない」「誰かにコントロールされている」というなら陰謀論者と一緒かもしれません。

>受け入れた上での学問

ありますね。ただしそれを「条件の一つ」として考えてまして、決定論じゃない、というところですが。

>他の思考があるでしょうか?

横綱論的には「自分はこの状況から何を学ぶか」でしょうか。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:17
高橋さんへ

>そうすると私は、結構「恨み妬み」の激しく、かつ非常に感情的な分析をしていると思う

かもしれませんなぁ

>どのように思われますか

してるかも知れませんねぇ。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:30
nanashiさんへ

>世界観の一致を求めるのが本質で、村八分も本質。だから、匿名でないといけない。

この部分にものすごい論理の飛躍があるような気がするのは私だけでしょうか?

>日本語を論理化する第一歩は、短文に区切る。

nanashiさんがこれで何を言いたいのかよくわかりません。つまり「私は論理的に話をしたいから、短文にする」ということでしょうか?コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:31
aidさんへ

>ねちっこい、妬みのあるといった負のパワーが大きい人の分析の方が、コワイなあ。

しかし往々にしてそのような人の分析が評判を得てしまうわけですからやっかいなんですよね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-21 18:48
秋の空 さんへ

>全く同感です。

ありがとうございます

>岡崎久彦、副島隆彦両氏を思い出します

あ、とりあえずノーコメントで(苦笑

>吉田と重光、二人とも「自分の量る秤」で英・米に量り返されていたのだと私はつくづく思います

人間の情報収集能力および判断力の限界ですね。

>というのも「量り返されて」いるのでしょうけど

これは意外なカミングアウトでした(笑)

>見覚えがあるのですが、どこなんでしょう?

正確には、ロンドン内のトッテナムコートロード駅をやや南側に下り、デンマークストリートとA400が交わるところで南側を向いて撮影したものです。フォイルズという行きつけの本屋が写ってます。コメントありがとうございました
Commented at 2011-02-21 20:29 x
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Commented at 2011-02-21 20:36 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2011-02-21 20:44 x
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Commented by 待兼右大臣 at 2011-02-22 00:11 x
出遅れましたが

>>「分析をする人は、その分析結果によって
   その人の考え方をさらけ出してしまっている」

 私の見解としては、同じ分野の議論であったとしても、「Assumption」、あるいは、「公理」の選定に分析者の恣意が入り込んでしまうことだと思います。非ユークリッド幾何学も、「ユークリッドの第五公理」を否定するところ、つまり「Assumption崩し」から始まったといわれています。

 ちなみに、某学園都市では「Assumption崩し」ならぬ「原子崩し」が「レールガン」と同等の破壊力を持っているようです。

 閑話休題。補足して言えば、それに加えて「理由付け」についても「選択の余地」があるということになると思います。それでも、議論のフィールドが判明している限り、その理由付けの選択肢というものは、そうは多くならないので、相手が信頼できる限り、予想の範疇に入るものです。
Commented by 待兼右大臣 at 2011-02-22 00:11 x

 極端な言い方をすれば、相手の「Assumption」が理解できれば、相手の 恣意=性格(性向) もある程度理解できるという意味で、

>>「分析をする人は、その分析結果によって
   その人の考え方をさらけ出してしまっている」

となるのでしょう。そして、その議論が「Assumption」を巡る戦いになったとき、第三者は往々にしてこう言います

「神学論争」

と。(某総帥みたいに、「敢えて言おう、神学論争であると」とまで気合を入れなくてもいいですが。)
Commented by 愚人 at 2011-02-22 00:38 x
よく、「日本の新聞は出来もしない中立を装うとする。」と聞きます。
実際、出来ていないわけですが、何か中立でなければならない、中立であるべき(ゆえに出来なくても振りだけはしなければならない)という刷り込み見たいなものがあるようです。
特に4大紙といわれる新聞やテレビは、その言論が世論や政治にかなり大きな影響を与えていることは明らかですし、意図的に動かしていると思えるものも散見されますが、彼らはそれについては公式には何も語りません。

残念ながらマスコミ関連に知人はいないので、これらが単に彼らの考えを無意識にさらけ出してしまった結果なのか、それとも一方で自身の人畜無害を唱えながら他方で恫喝外交を展開する国のように、意図的に惚けているのか判断の付かないところですが。
こういった言論界での習慣が日本の識者の言論に影響を与えているのではないかと。
Commented by masa_the_man at 2011-02-22 22:47
waterloo さんへ

>「"誰か"にコントロールされている」は、無い

これは重要かと(笑

>それと、心、技、体

ここなんですよね

>思考法を演繹可能な構造だけにしたものが智慧

なるほど、一理ありますね。

>の様なものを書き込んでしまって申し訳ありませんでした。

いやいや、全然オッケーです。私の戯言でもお役に立てれば幸いです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-22 22:57
待兼さんへ

>同じ分野の議論であったとしても、「Assumption」、あるいは、「公理」の選定に分析者の恣意が入り込んでしまう

そうなんですよね

>「Assumption崩し」から始まった

なるほど。

>「原子崩し」が「レールガン」と同等の破壊力

こういう風に話が飛ぶところが待兼さんらしい(笑

>「理由付け」についても「選択の余地」がある

ありますねぇ

>相手の「Assumption」が理解できれば、相手の 恣意=性格(性向) もある程度理解できる

ああ、これはありますね。

>その議論が「Assumption」を巡る戦いになったとき

国際関係論の議論なんて、こればっかりのところが。

>「神学論争」

ところがこの「神学論争」が学問の議論をリードしてきた部分があるので大変です。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2011-02-22 23:11
愚人さんへ

>「日本の新聞は出来もしない中立を装うとする。」と聞きます

ああ、ありがちですなぁ

>刷り込みみたいなものがある

まあこれはしょうがないところがありますよね

>彼らはそれについては公式には何も語りません。

というか、語れないでしょうなぁ。

>こういった言論界での習慣が日本の識者の言論に影響を与えているのではないかと

まあこれに関しては他の国も似たようなところがあるかと。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2011-02-18 23:46 | 日記 | Comments(42)