2010年 11月 05日
戦略学についてのある論文:その25 |
「あと知恵」よりも「予測による判断基準」という点から考えれば、チャーチルの一九四〇年の時の固執よりも、彼自身のガリポリ作戦の遂行について批判的になることも合理的とはいえない。
たしかに一九一五年のこの作戦では政府上層部に間違いもあったのだが、それでも作戦の結果は運命づけられていたものだったわけではないのだ。この時に最も致命的となったのは、その現場にいた男たちの作戦や戦術の選択――つまり彼らが状況に適応できなかったという点――だったのだ。
別の選択肢を考えた場合でも、ダーダネルス海峡における戦略的成功にとっての障害はそれほど圧倒的なものだったわけではない、よって、おそらくここで成功できていれば、一九一八年以前に戦争の流れを決定的に変化させることになったはずである。
では一九四〇年の時のほうが、そこにかかっている重要性のほうが遥かに決定的であり、したがって完全なコミットメントを必要とするものであったために「優れた判断であった」と考えてもいいのだろうか?
答えは「イエス」である。しかしこの理由は、戦略独自の経済効率という基準ではなく、むしろ倫理的な必要性にあるのだ。
by masa_the_man
| 2010-11-05 00:00
| 戦略学の論文

