2010年 10月 15日
戦略学についてのある論文:その24 |
このような判断基準には、「事後に判明した事実を元にするよりも、行動を起こす前の時点で合理的だと判断するために使われる原則」と同様に、いくつかの成功を非難したり、いくつかの失敗を受け入れることを必要とすることになる。
つまりわれわれが鴨緑江への侵攻を非難するのであれば、同時にそれは仁川への強襲上陸を否定しなければならないことになるのだ。
マッカーサー以外の軍部のリーダーたちは、「あまりにも多くの要素が無謀な賭けであることを示している」と見ていた。 もちろん誰も「他に選択肢はなかった」とは言えない。なぜなら実は他にも大損害を被るリスクの少ない選択肢はあったからだ。
たとえば陸軍参謀長のロートン・コリンズ(Lawton Collins)は、仁川上陸の際に使われた七万の兵士を、釜山ペリメーター(防衛境界線)の突破のための支援や、釜山付近で敵側面から上陸作戦を行うために使う案を支持していた。そしてこのような代替案は、朝鮮半島の支援を行うためにはさらにコストがかかる消耗戦を行わなければならない、ということを意味していた。
しかし仁川上陸作戦の成功はこれらのコストを軽減したのであり、二十世紀に行われた最も優れた奇襲の一つとなったのだ。
すでに結果を知っているわれわれの立場から見れば、この賭けはたしかに祝福に値するものといえよう。しかしこれを「単なる幸運」よりも「戦略の天才の仕業」や、「鴨緑江付近での作戦よりも無謀ではないもの」と見なすためには、当時の戦略企画者たちが持てなかった「あと知恵」による支えが必要となるのだ。
つまりわれわれが鴨緑江への侵攻を非難するのであれば、同時にそれは仁川への強襲上陸を否定しなければならないことになるのだ。
マッカーサー以外の軍部のリーダーたちは、「あまりにも多くの要素が無謀な賭けであることを示している」と見ていた。 もちろん誰も「他に選択肢はなかった」とは言えない。なぜなら実は他にも大損害を被るリスクの少ない選択肢はあったからだ。
たとえば陸軍参謀長のロートン・コリンズ(Lawton Collins)は、仁川上陸の際に使われた七万の兵士を、釜山ペリメーター(防衛境界線)の突破のための支援や、釜山付近で敵側面から上陸作戦を行うために使う案を支持していた。そしてこのような代替案は、朝鮮半島の支援を行うためにはさらにコストがかかる消耗戦を行わなければならない、ということを意味していた。
しかし仁川上陸作戦の成功はこれらのコストを軽減したのであり、二十世紀に行われた最も優れた奇襲の一つとなったのだ。
すでに結果を知っているわれわれの立場から見れば、この賭けはたしかに祝福に値するものといえよう。しかしこれを「単なる幸運」よりも「戦略の天才の仕業」や、「鴨緑江付近での作戦よりも無謀ではないもの」と見なすためには、当時の戦略企画者たちが持てなかった「あと知恵」による支えが必要となるのだ。
by masa_the_man
| 2010-10-15 14:54
| 戦略学の論文

