2010年 07月 22日
戦略についてのある論文:その20 |
もしわれわれが「価値観そのものの判断」ではなく「戦略のロジック」で考えている場合には、選択の正当性という面から除外される価値観や利益は存在するのだろうか?
もしそうでなければ、ほぼどのような行動でも(自殺的な特攻でさえも)正当化できることになる。つまりすべての手段には何かしらの効果が期待できるということだ。
「名誉」や「イデオロギー」のようなモラル的な価値観が「生き残り」や「経済的繁栄」のような物質的な価値よりも優先されるようになれば、ほとんど勝ち目のなさそうな計画でさえも正当化されてしまうのだ。
ある選択が正しいと思われるような選択の好みの働きというのは――とくに政策家たちがさまざまな価値観を比較しつつ、その優先順位が決められないことが多いおかげで――つねに存在する。
もし戦略家たちのロジックが目的のための手段を選ぶ点で間違っていれば、その間違いは大抵の場合は不完全な情報のせいにされることが多い。ところがもし目的そのものが間違っていれば、それは戦略ではなく、政策と価値観の部分で問題があることになる。
ヘンリー・パウナル将軍(Gen. Henry Pownall)が一九四〇年に書いた日記の中で打ち明けているように、チャーチルはたしかに役立つ人間ではあったが、同時に「目標ばかりを追い求め、その目標が本当に達成できるのかどうかを自分の持つ手段を使って確認しようとしない危険な人物でもあった」のだ。

(近所の風景)
もしそうでなければ、ほぼどのような行動でも(自殺的な特攻でさえも)正当化できることになる。つまりすべての手段には何かしらの効果が期待できるということだ。
「名誉」や「イデオロギー」のようなモラル的な価値観が「生き残り」や「経済的繁栄」のような物質的な価値よりも優先されるようになれば、ほとんど勝ち目のなさそうな計画でさえも正当化されてしまうのだ。
ある選択が正しいと思われるような選択の好みの働きというのは――とくに政策家たちがさまざまな価値観を比較しつつ、その優先順位が決められないことが多いおかげで――つねに存在する。
もし戦略家たちのロジックが目的のための手段を選ぶ点で間違っていれば、その間違いは大抵の場合は不完全な情報のせいにされることが多い。ところがもし目的そのものが間違っていれば、それは戦略ではなく、政策と価値観の部分で問題があることになる。
ヘンリー・パウナル将軍(Gen. Henry Pownall)が一九四〇年に書いた日記の中で打ち明けているように、チャーチルはたしかに役立つ人間ではあったが、同時に「目標ばかりを追い求め、その目標が本当に達成できるのかどうかを自分の持つ手段を使って確認しようとしない危険な人物でもあった」のだ。

by masa_the_man
| 2010-07-22 23:49
| 戦略学の論文

