戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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戦略についてのある論文:その16

一九四〇年の時点におけるイギリスの勝利の論理的根拠としては、ドイツ経済の過小評価や、戦略爆撃についての根拠のない信頼、そしてアメリカが介入への過剰な期待にあった。また、イギリスのほとんどのリーダーたちは、その二・三週間前までヒトラーがまさか本当にソ連を攻撃をするとは思っていなかったのだ。

もしイギリス政府がドイツに上陸能力の不足のために侵攻できず、「バトル・オブ・ブリテン」や「大西洋戦」に負けると知っていたならば、チャーチルの決断はあまり危険なものとは見なされなかったであろう。もちろんこの時には多くの「もしも」があったのであり、これらはドイツを打ち負かすチャンス——和平交渉とは反対に、戦闘の継続と被害を越えても手に入れる価値のあるものにする唯一のこと——を与えてくれていたわけではないのだ。

チャーチルの下手な説明によれば、アメリカとロシアによる救済の望みを除けば、彼の勝利の戦略というのはヨーロッパの周縁部にちょっかいを出すことであり、これによってドイツが占領している国々で反乱を誘発し、ベルリン内で政権転覆が起こることを祈ることだったのだ。

デヴィッド・レイノルズ(David Reynolds)は「一九四〇年にチャーチルと彼の仲間たちは正しい決断をしている。しかし彼らは間違った理由によってその決断をしたのだ」と結論づけているが、これを別の言葉でいえば「神様、彼らに下手な戦略をお与えてくださりありがとう」ということになる。
by masa_the_man | 2010-07-11 03:30 | 戦略学の論文 | Comments(0)