2010年 06月 30日
戦略についてのある論文:その15 |
フランスの敗北後でも戦い続けることを決めたイギリスの判断というのは二十世紀においてはかなり重大な決断であるため、ここではチャーチルの例をさらに細かく見ていく必要があるだろう。
一九四〇年六月以降にイギリスがドイツから侵攻・占領される(もしくは少なくとも勝ち目のない消耗戦)というリスクを背負いつつ、ヒトラーが「世界の分配」を持ちかけようとした時に講和よりも戦い続けることを選んだのは、あとから考えてみれば当然の決断のように見える。
この賭けは、ソ連かアメリカがドイツを打ち負かす確率が高ければたしかに理解できるものだったのかもしれないが、一九四〇年の時点では、結局のところそれは「起こりそうなこと」というよりも、単なる「希望」でしかなかったのだ。
五月二十六日に当時の英外相ハリファックス卿(Lord Halifax)は「もしわれわれの国家の独立の破壊を求めない講和条件を手に入れることができるのなら、それを飲まないのは愚かなことだ」という発言をしているのだが、これはその当時としてはそれほど問題発言ではなかったのだ。
一九四〇年六月以降にイギリスがドイツから侵攻・占領される(もしくは少なくとも勝ち目のない消耗戦)というリスクを背負いつつ、ヒトラーが「世界の分配」を持ちかけようとした時に講和よりも戦い続けることを選んだのは、あとから考えてみれば当然の決断のように見える。
この賭けは、ソ連かアメリカがドイツを打ち負かす確率が高ければたしかに理解できるものだったのかもしれないが、一九四〇年の時点では、結局のところそれは「起こりそうなこと」というよりも、単なる「希望」でしかなかったのだ。
五月二十六日に当時の英外相ハリファックス卿(Lord Halifax)は「もしわれわれの国家の独立の破壊を求めない講和条件を手に入れることができるのなら、それを飲まないのは愚かなことだ」という発言をしているのだが、これはその当時としてはそれほど問題発言ではなかったのだ。
by masa_the_man
| 2010-06-30 06:27
| 戦略学の論文

