戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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「世界観」は「後天的」に身に付く?

今日のイギリス南部は曇りでしたが、ここ数日の暑さを維持しておりまして、半袖でもかなり汗ばむ感じでした。

さて、前のエントリーで「世界観を身につける方法」というものをみなさんにコメントしていただきましたが、私の友人から一つの面白い視点として、

「世界観は後天的に身に付けるものではないか」

という指摘がありました。

たしかにこれは納得なんですが、問題はやはりこれをどう身につけるのかという点になってきます。

コメントでいただいている中には、「世界観はショックのようなものがあって身に付くものだ」というニュアンスのものもあるわけですが、問題はそのショックにも「良いショック」と「悪いショック」があるわけで、ショックの質も問われるわけですね。

この辺についてはまだまだ皆さんのコメントをいただきたいと思っておりますので、どうぞお気軽にコメントをお願いします。
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(イギリス人の世界観に影響を与えたテムズ川)
Commented at 2010-06-07 09:41 x
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Commented at 2010-06-07 09:54 x
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Commented by iraora at 2010-06-07 22:09 x
ショックというと自分にとっては哲学や宗教が大きかったです。哲学や宗教といった馴染みのなかった考え方に触れてからというもの例えばスポーツを見るにしても見え方ががらっと変わりました。でも、昔みたいには見れないとも言えます。特に宗教の場合は意味もなく嫌っていたので綺麗にカウンターで入ってきました。かといって幼い頃から宗教に染まっていたら凝り固まっていたと思うし、触れた時のショックが大きすぎたら逆へ振りきれるところまでいってしまったんじゃないかと思います。
「馴染みのなかった考え方」
Commented at 2010-06-07 23:26 x
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Commented at 2010-06-08 00:08 x
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Commented by sdi at 2010-06-08 01:05 x
世界観というものを自分の周囲の環境、が最初から「型」もしくは「枠」として持っていれば生まれながら「世界観」に囲まれて成長することになります。そういう場合、「先天的」な社会観を持つと言えるかもしれません。この場合、自分独自の世界観を持とうとするなら自分が今持っている世界観を否定しないと始まりません。
しかし、周囲がアイデンティテイとして世界観を確立していないもしくはそんな必要性を感じていない場合、本人がその人生の中で自分が確立するしかありません。その場合、最初に出会った「体系的に確立された世界観」に染められてしまう可能性は大きいのではないでしょうか?。これは自分の持つ世界観を否定したものの、それに変わる世界観を確立できずにいた人も含まれます。その人が人生を生きていく過程で世界観を確立する、という点から見ればすべからく「「世界観は後天的に身に付ける」というのは正しいと考えます。ウィストン・チャーチルが言ったといわれる「若くして共産主義に傾倒しない者は情熱が足りない。 年を取って共産主義に傾倒しているものは知能が足りない」というのは「その年になるまで『世界観』を確立できないとは」という意味かもしれません。
Commented by akky at 2010-06-08 19:10 x
いつも楽しく読ませていただいています。前回の質問を読んで少し気になったことを書き出してみました。
個人の世界観が、戦略の階層に沿ったものだとしたら、人の行動は「世界観、政策、大戦略、軍事戦略、作戦行動、戦術、技術」のどこかの階層を基点として出されたものだということになります。
これがちょっとユニークなのは個人が潜在的には全権を取っている(or取れる)にもかかわらず、本人が気付かない内に下の階層が命令基点となった指揮系統を作ってしまう可能性があることだと思います。
教育やプロパガンダや経験、体験は世界観を育むことができるものだと思いますが、個人の指揮系統(思考回路)の整理までしてくれるわけではない様な気がします。ですので、どうやって世界観を命令の基点とするかも問題になると思いますが、どうでしょうか。
自分自身のヴィジョンを育てることと、思考回路の基点をそこに置くこと、の二つをやる必要があると思います。
ちょっとワイリーに当てはめれそうな気がしてきました。
Commented at 2010-06-08 19:11 x
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Commented by 柴崎力栄 at 2010-06-08 20:30 x
奥山さん。今回、やや話がかみ合わないことが生じたのは、横綱論や戦略の階層で従来奥山さんが用いてきた「世界観」と、この度の「世界観」とは、少々別ものであって、後者は前者の部分集合になっているのが原因かと思います。個人レベルの世界観の生成をそれ自体として客観的に観察する場合と、全体社会がいくつものクラスターに分かれているものに対して、思想浸透を仕掛けて行くという意図的な働きかけのコンテンツとして用いる場合とでは、そこに浮かび上がってくる中味が違うと思う。twitterで起点になったご発言をここに引用すると、なにを問うていたのかが鮮明に判るのですが、ブログでの最初の問題提起ではその部分が自明なことと思われたためか、言葉に表現されていませんでした。
Commented at 2010-06-08 23:56 x
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Commented at 2010-06-08 23:58 x
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Commented at 2010-06-08 23:59 x
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Commented by 柴崎力栄 at 2010-06-16 19:14 x
CiNiiでタイトルに「世界観」を含む論文を検索したら、1501件ヒット。これはそのうちに一つかと思うが、書棚を整理しようとしていたら見つけたもの。航空機の時代になって、戦略的地理環境が変わったことを如何に米国民に教育したのかとの話。妙に符合するところがあったのでメモ的に記します。
高田馨里「第二次大戦期、アメリカ合衆国における「新しい世界観」の広がり---「航空時代の教育」の普及努力を中心に---」歴史学研究759、2002年2月。
Commented by masa_the_man at 2010-06-17 09:20
柴崎さんへ

>航空機の時代になって、戦略的地理環境が変わったことを如何に米国民に教育したのかとの話

なるほど!

>高田馨里「第二次大戦期、アメリカ合衆国における「新しい世界観」の広がり---「航空時代の教育」の普及努力を中心に---」歴史学研究759、2002年2月。

これは知りませんでした。貴重な情報ありがとうございました
by masa_the_man | 2010-06-07 06:55 | 日記 | Comments(14)