戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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「思考停止」について


今日のイギリス南部は朝から曇りがちでして、いまにも雨が降りそうな雰囲気が続いております。相変わらず外は寒いですね。

さて、また最近考えていることについて少し。

ちょっと学術的な論文を書いたことのある方だったら経験があると思うのですが、最近私がクラスメートや知り合いの学者などと話をしたり、アメリカやイギリスでの政治ディベートなどを見てつくづく感じていることが「思考停止」についてです。

一般的に「思考停止」というのは(当たり前ですが)アカデミック界ではネガティブにとらえられておりまして、こっちのディベートでも「あいつの考えはシンプルすぎる」なんていうコメントは「思考停止」という意味合いとともに、かなり批判の対象になります。

この辺のニュアンスを政治面でネガティブにとらえたものとして有名な本としては『アメリカの反知性主義』(リチャード ホーフスタッター/ Richard Hofstadter)というものがありまして、これはアメリカの政治の中の伝統として「無知であること」が脈々と受け継がれており、これに対して警鐘を鳴らすという内容でした。

最近ではこの「反知性主義」の現れの典型として挙げられるのがブッシュ前大統領であることはみなさんもご存知かと思われますが、さらに最近の「反知性主義」の代表としては先日ティー・パーティーの大会でスピーチをして大受けだった、サラ・ペイリン前アラスカ州知事(マケイン大統領選副大統領候補)が挙げられますね。




この時の彼女の「アメリカの大統領としてふさわしいのは、(オバマ大統領のような)法律の教授ではなく、最高司令官です!」というコメントはまさにこの「反知性主義」のあらわれ以外の何ものでもなく、プロンプターではなく手にメモをしていた彼女は、リベラル系のメディアではほぼ笑い者状態で、ホワイトハウス報道官のロバート・ギブスも手に買い物リストを書いてペイリンを揶揄しておりました。




このように無知であることをものともしない文化がアメリカの政治の伝統にあることは否定できない事実です。

ところが、私はこの「反知性主義」というのは、必ずしも悪いことではないのではないのかという風に最近少しずつ考え始めております。

いや、正確にいえば「思考停止」は必ずしも悪いことではない、ということでしょうか。

誤解のないようにお願いしたいのですが、私がここで言いたいのは、「反知性主義」の“proud to be dumb”という標語に表されるような「アホでいい!」という立場よりも、むしろ「思考停止」のことです。

どういうことかというと、論文などを読んでいて感じるのが、

「どんな偉い学者でも、どこかで思考を停止している」

ということであり、その逆に、

どこかで思考を停止しないと、論文のようなものは絶対に書けない

ということですね。

とりあえず「思考停止」についてちょっと考えてみると、人間というのはある程度学ぶと、どこかで「わかった!」という瞬間に突き当たります。

これは「納得した」とか「悟った」、「理解した」という言葉で言い表せるのかもしれませんが、結局のところは、あるところで「思考停止」しただけなんですよね。

たとえばミアシャイマーの『大国政治の悲劇』という本ですが(何度も引き合いに出してすいません)、この本では理論の「根本的な前提」(bedrock assumptions)として、「国際的なアナーキー」や「国家は何かしらの兵器を持っている」という、「とりあえず誰も否定できないこと」を理論の底に置いて議論をはじめております。

ところがこれ、見方を変えて考えてみると、ミアシャイマーは「アナーキー」のような誰にも否定できないような前提を設定したところで、思考停止をしていることに他ならないわけです。

たとえば英国学派(イングリッシュ・スクール)に属する学者たちは、たしかに国際政治の枠組みはアナーキーだけども、それでもなんとなく緩やかな社会関係ができてるという、ミアシャイマーとはちょっと違った「前提」を考えているんですが、これも言い方を変えれば、彼らはミアシャイマーのように「アナーキー」というところでは「思考停止」していないわけですね。

そうなるとアカデミック界では「英国学派のほうが深く考えている!」みたいな形で評価を高くする人もおります。

ところが!この英国学派のほうの学者たちも、実はミアシャイマーと同じように「思考停止」をしている点では同罪です。どういうことかというと、「国際間には社会関係がある」というところで(つまりミアシャイマーの一歩先?)で思考停止しているからです。

こういう風に考えていくと、やはりどの科学/社会理論にも、それが「理論」である以上、しかも一定の「視点」を持っている以上は、どこかで「思考停止」しなければならないのです。

じゃあ思考停止をしなかったらどうなるかというと、これは究極の哲学となります。いや、哲学にも一つの思考体系みたいなものがあるわけですから、哲学というよりも「果てしない悩み」と言ったほうがいいかも知れません。

つまり思考停止できないと、単なる「悩み」に変わってしまうわけですね。

たしかに「悩んでいる人」というのは、まったく踏ん切りがつかず、どこかで落としどころをつけて思考を止められない、という不幸な共通項を持っております。考えが堂々巡りをしていて、結論がでないわけです。

しかしその反対に、思考停止をしている人というのは、いいかえれば「結論が出ている」というか、ミアシャイマーの言うような「根本的な前提」をどこかに持っていて、あまり悩んでいるようには見えません。

これを純粋に「どちらのほうが幸せか」という別の尺度で考えてみると、「悩みがある人」と「悩みがない人」のどちらがマシかとすれば、それは断然「悩みのない人」のほうが幸せということになります。

そして「悩みのない人」というのは、いいかれば「思考停止している人」です。まあこのまんま「思考停止している人」だと変に勘違いされる方がいるかも知れないので、「いい所で思考停止できている人」と言い換えたほうがいいかも知れませんが。

この「いい所で思考停止できている」というのは、実は学門の世界でもとっても重要です。なぜかというと、学術論文なんかを読んでいても、歴史に名を残すような名論文というのは、だいたいにおいてがこの「思考停止」の場所をうまいところにおいて議論をしているものばかりだからです。

マッキンダーやスパイクマンなどの本もこの典型でして、はじめに少しは哲学的な話するのですが、ある程度のところで悩ましい哲学的探求に見切りをつけて(つまり思考停止して)、そこを出発点にして一種独特の世界(観)を展開しはじめるのです。

逆につまらないのは、見切りがつけられないというか、うまく思考停止をできずに材料だけ並べているだけの、単なる記述的な論文に多いんですね。

そういえば東大のある有名な教授が『悩む力』とかいう本を書いてベストセラーになっておりましたが、この「悩む力」をいいかえれば「思考停止できない力」ということにもなりますね。私は逆に「いい加減なところで思考停止しておいたほうが、精神的に健康ですよ」と言いたいところです(笑

バングラディッシュ人のコースメイトに以前よく言われたことなんですが、学者というのはアダムとイブの話で言うところの「リンゴ」(つまり知恵)を食べてしまった堕落した人間であるということです。ようするに、思考停止ができなくなったので、天国(悩みのない世界)にはもう戻れない、ということなんでしょうな(苦笑
Commented by at 2010-02-15 07:05 x
ペイリンは小浜は同盟国日本との関係を最悪にしている、とかパーティー言ったとか言わなかったとか。
それだけ聞くと親日の様に聞こえるけど、実際には日本叩きがはじまると、真っ先に日本を金切り声で叩くのがこの手の勢力なんだよな。
ペイリンぐらいしか気にかけない日米関係なんてすでに終わってるのかもね。
Commented by Y at 2010-02-15 08:49 x
興味深い話ですね。
ユークリッド幾何学を思い出しました。全ての基礎となる公理や公準(「常識・共通認識」と言い換える事も可能)を疑ったらそもそも話が始まらなくなるので、それは一旦、理屈抜きに受け入れた上で命題に取り組む。そして幾何学で、論理的思考と共に必要なもう一本の柱が“直感”。他の分野にもそれがある、と。
Commented by とおる at 2010-02-15 09:40 x
> たしかに「悩んでいる人」というのは、…。考えが堂々巡りをしていて、結論がでないわけです。

なんか、鳩山内閣の普天間基地移設を、どこにするか悩んでいるのを思い浮かべて、笑ってしまいました。
ひょっとして、基地移設で悩んでいるのでは無く、与党の願望を主張して、聞く耳を持って無いだけかもしれませんが。
Commented by strange flora at 2010-02-15 10:08 x
とても、とても、よくわかります。
この記事で 表現されている事って 微妙な域なのですが、
ビビットに響きました。


Commented by もこたん at 2010-02-15 10:32 x
>リベラル系のメディアではほぼ笑い者状態で、ホワイトハウス報道官のロバート・ギブスも手に買い物リストを書いてペイリンを揶揄しておりました。

ただし、オバマを揶揄すると人種差別とか関係ないとこで逆ギレするんですよね、この手の人たちって。
だから私はリベラルを根本的に信用してないわけですが。
Commented by elmoiy at 2010-02-15 12:07 x
>学者というのはアダムとイブの話で言うところの「リンゴ」(つまり知恵)を食べてしまった堕落した人間であるということです。

「学者」を「近代人」に、「天国」を「中世」に置き換えても通用しそうな(笑

エーリッヒ・フロムが『自由からの逃走』で、近代人が自由に伴う孤独と不安の重荷に耐えかねて、新たな隷属を求める心理を分析していますが、アメリカで盛んなファンダメンタリズム(聖書根本主義)も、実は1980年代に勃興した新しい思潮であり、その信者にはれっきとした科学者も多数含まれているというのに驚かされます。(これは思考停止の悪いほうの例ですね)

自然科学により、すでに判っていることとまだ判らないことが明確にされる→科学の進歩により、新たな未解決の謎が発見される→そのような営みに耐えられなくなった科学者が、森羅万象をすっきり説明できる理論を求めて、ファンダメンタリズムに走る→彼らは進化論に代わって、神による天地創造を科学的に証明しようとする“創造科学”を提唱する。
Commented by キモオタ at 2010-02-15 14:26 x
そういえば、その道一筋の職人とか達人って
ある意味 思考停止の世界ですよね
同じ事をなんども気の遠くなるほど繰り返して
もの凄い境地に達する訳ですから
Commented at 2010-02-15 18:00 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by RT at 2010-02-15 18:08 x
「最終的には既成の理論を前提とせさるを得ない」ということと「可能な限り理詰めで考えるべし」ということは両立するのでは。
Commented by 焔剣 at 2010-02-15 18:39 x
兵は拙速を尊ぶ。
過ぎたるは及ばざるが如し。
Commented by iraora at 2010-02-15 20:51 x
なんとなく仏教的な話だなと思いました。
ウィトゲンシュタインの本のなかで引用されていた「維摩経」の話が思い浮かびました。
思考停止を「涅槃」と言い換えることもできそうです。「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」にも通じるのでしょうか。
Commented at 2010-02-15 20:52 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2010-02-15 21:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by t at 2010-02-15 21:27 x
公理的数学論の話そのまんまなわけですが、その辺を念頭に置いてのエントリだったのでしょうか?体系内の正しいことを体系内で何でも説明出来るような自給自足的公理系はないという。ゲーデル以降の数学者の場合はこれは健全な論理の帰結なのだからということで、思考停止などのようなネガティブな単語は使ってないようですが。

後半部の話と直接関係のないことを言えば、”知性”がトップに必ずしも必要かと言えばそうでもないような気がするんですけどね。知性もあるに越したことはありませんが、giftとしてのリーダーシップの方がよっぽど大事な気がします。
Commented by nanashi at 2010-02-15 21:56 x
人間が関わるところでは、非常に安定した再現性のある関係というものはない。けれども、荒野やアナーキーを前提に考えるアメリカ人の考え方は極端で原理的だ。
人間の活動は、時間を掛けた調整や適応で、その間、人間同士が互いに安定した環境を提供しあう。
日本人の社会が良い例だ。日本人は言葉の上ではいい加減で嘘つきだが、行動の上では世界でも最も安定している。不言実行。日本人は他の日本人が提供する安定した行動に互いに依存して社会を形成している。
そういうものが現実に存在することをアメリカ人は理解すべきだ。
Commented by ガチンコファイトクラブ at 2010-02-15 22:51 x
ペイリン氏もイイ感じで「天然キャラ」してますが、社民党の福島さんも「天然キャラ」では負けてませんよ。二人とも「全く悩みがなさそう」という点も見事に共通してます。日々悩みが増えて表情が暗くなっていくオバマ大統領や鳩山首相とは対照的ですね。そういう意味でも、何があろうと全く動じず、「あ、そう」の一言であっさり済ませた昭和天皇はやはり偉大でした。
Commented by bywordeth at 2010-02-16 00:23 x
「思考停止」というより「保留」、「前提」としているってだけじゃないですかね。
あるいは「それなりの確からしさ」を「それなりに認める」能力と言うか。
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 04:57
派さんへ

>ペイリンは小浜は同盟国日本との関係を最悪にしている、とかパーティー言ったとか言わなかったとか。

言ったかもしれませんねえ。

>実際には日本叩きがはじまると、真っ先に日本を金切り声で叩くのがこの手の勢力なんだよな。

たしかに(苦笑

>ペイリンぐらいしか気にかけない日米関係なんてすでに終わってるのかもね。

まあ彼女も日本のことなんかほとんど知らないかも知れませんから、この辺は気にしなくてもいいかも(苦笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:00
Yさんへ

>一旦、理屈抜きに受け入れた上で命題に取り組む。

そういえば数学者の藤原さんがベストセラーの新書でそんなこと言っていましたねぇ。

>必要なもう一本の柱が“直感”。他の分野にもそれがある、と。

あるかも知れません。どこかで飛び越えないと新しい理論って出てこないんですよね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:01
とおる さんへ

>普天間基地移設を、どこにするか悩んでいる

ははは、たしかにそうですな(苦笑

>与党の願望を主張して、聞く耳を持って無いだけかもしれませんが。

それも一部あるのかも知れません。しかし彼らは圧力団体とかにけっこう弱そうな部分もあるのでようわからんです。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:09
strange flora さんへ

>ビビットに響きました。

そういっていただけるとうれしいですねぇ。ここ数日間この辺のことについて考えていたので、なんとかまとめて吐き出すことができてスッキリしました(笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:10
もこたんさんへ

>オバマを揶揄すると人種差別とか関係ないとこで逆ギレする

逆にマイノリティーがトップというのは強い場合がありますからね。

>だから私はリベラルを根本的に信用してないわけですが

疑ってかかったほうがいい場合がありますよね。こういう場合に私はどうしてもその論者の顔つきが気になってしかたがないのですが(苦笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:13
elmoiyさんへ

>「学者」を「近代人」に、「天国」を「中世」に置き換えても通用しそう

なるほど(笑

>新たな隷属を求める心理を分析

逆に失望してしまったのがニーチェなんでしょうなぁ。

>その信者にはれっきとした科学者も多数含まれている

ああ、そうですなぁ。そういえばニュートンだってオカルトにはまってましたね。

>新たな未解決の謎が発見される→そのような営みに耐えられなくなった科学者が、森羅万象をすっきり説明できる理論を求めて、ファンダメンタリズムに走る

どこかで「思考停止」したいんでしょうな。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:15
キモオタさんへ

>その道一筋の職人とか達人ってある意味 思考停止の世界ですよね

ああ、その通りです。

>同じ事をなんども気の遠くなるほど繰り返してもの凄い境地に達する訳ですから

誤解を恐れずにいえば、基本的に人間というのは「思考停止した人」が好きなんだと思います。これについては今日のエントリーに補足して書かないと。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:16
ウヨなMさんへ

>どこかしら「悩んでいる自分が好き」

わははは、たしかにこういう人っていますよね(笑

>どうやったら悩まないですむかで悩む

これいいですなぁ(笑

>「万物は空である」は究極の思考停止

そうなんですよね。「悟る」というのはそういうことかも知れません。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:19
RTさんへ

>「可能な限り理詰めで考えるべし」ということは両立するのでは。

両立するかも知れませんね。面白いのは、その「理詰めで考えなければいけない」というのも一種の「思考停止」というところでしょうか(笑)やっぱり人間どこかで線引きしないといけないのかも知れませんなぁ。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:21
waterloo

>カメラ用語で言うなら被写界深度

なるほど、そういう言葉がありましたか。

>響きが好きですが

私はあえてインパクトを与えるためにネガティブな言葉をつかってみました。あまりに上品だと素通りされてしまいますからね(苦笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:24
tさんへ

>その辺を念頭に置いてのエントリだったのでしょうか?

私はどうやら国際関係論のほうから考えていてこうなったみたいです。

>思考停止などのようなネガティブな単語は使ってないようですが

それはそうなんですが、私はインパクトを持たせるためにあえてネガティブな言葉を使いました。

>giftとしてのリーダーシップの方がよっぽど大事な気がします。

おおっ、クラウゼヴィッツ的ですな。良いと思います。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:26
nanashi さんへ

>荒野やアナーキーを前提に考えるアメリカ人の考え方は極端で原理的だ。

きましたね、nanashi節が(笑)

>不言実行。

今回のトヨタでそのイメージがちょっと崩れてきましたなぁ。

>そういうものが現実に存在することをアメリカ人は理解すべきだ。

そりゃ「すべき」かも知れませんが、彼らはできないと思いますよ。それに気付くまで彼らはいろんなところに介入して大変な思いをするのかも知れませんが。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:30
bywordethさんへ

>「思考停止」というより「保留」、「前提」としているってだけじゃないですかね。

「前提」という言葉は前に何度か使ったことがあるので、ここではあえてドギツイ言葉を選びました。

>あるいは「それなりの確からしさ」を「それなりに認める」能力と言うか。

なるほど、柔らかく言えばたしかにそうなりますね。ただしインパクトには欠けますなぁ。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:32
ガチンコさんへ

>社民党の福島さんも「天然キャラ」では負けてません

わははは、たしかに(苦笑

>二人とも「全く悩みがなさそう」という点も見事に共通

しかし福島さんは運が悪そうで(苦笑

>何があろうと全く動じず、「あ、そう」の一言であっさり済ませた昭和天皇はやはり偉大でした。

そうなりますよね。あの境地になると最強です。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:32
焔剣 さんへ

>過ぎたるは及ばざるが如し。

落としどころという意味でしょうか。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-16 05:35
iraora さんへ

>なんとなく仏教的な話だなと思いました。

そうですか。私はなんとなく自分の専門のほうからアプローチしたら「こんなんでましたけど」という感じです。

>思考停止を「涅槃」と言い換えることもできそうです。

うーん、そこまで行くとちょっと大げさかも知れませんが、度合いが非常に大きいだけで、基本は一緒かもしれませんね。

>「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」にも通じるのでしょうか。

これはどうなんでしょうねぇ。思考停止というより「知らない」ということですから。まあ「知らぬが仏」ともいいますが(笑)コメントありがとうございました
Commented at 2010-02-16 08:52 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 山田洋行 at 2010-02-16 20:28 x
膝を打ちました。ありがとうございます。これから悩むことが減りそうです(笑)

>歴史に名を残すような名論文というのは、だいたいにおいてがこの「思考停止」の場所をうまいところにおいて議論をしているものばかり

>逆につまらないのは、見切りがつけられないというか、うまく思考停止をできずに材料だけ並べているだけの、単なる記述的な論文に多いんですね。

議論を広げすぎてしまって「どこに落とすのだろう?(思考停止するのだろう)」と思っていたら、そのまま終わる論文ってありますね(苦笑)

質問です。論文を書く上ではこの「思考停止」を先に決めてから始めるべきなのでしょうか?
Commented by masa_the_man at 2010-02-17 09:36
waterloo さんへ

>私も

まあそっちのほうが普通ですがねぇ(笑

>を知っていれば良いのか?という疑問

これはたしかに重要ですよね。

>援用する程度なら、どこかで「もう十分」と思わないと歩き出せない。

いえますね。まあ「聞く」ということもできますし。

>学び続けるという事でしょうか?

それはそうでしょうね。ただし発表する時点では思考停止しないと。

>死、無、年齢が関わってくる

ありますねぇ。この辺になるともう人類永遠のテーマということになります(笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-17 09:39
山田さんへ

>これから悩むことが減りそうです

ああ、そういっていただけるとありがたいです(笑

>「どこに落とすのだろう?(思考停止するのだろう)」と思っていたら、そのまま終わる論文ってあります

まあさすがに一流誌にはないですが、ちょっとマイナーになるとワケわからんやつがけっこうありますからね(苦笑)

>論文を書く上ではこの「思考停止」を先に決めてから始めるべきなのでしょうか?

とりあえず私の経験からいえば「ある程度は」ということがいえるかも知れません。まあ書いているうちに固まってくるという場合もありますので人それぞれなんですが。私のまわりにはとりあえず読み込んでなんとなく結論が見えてから書き始める、という人がけっこう多いですね。コメントありがとうございました
Commented at 2010-02-17 16:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by もするさ at 2010-02-18 20:07 x
前々から思っていたことなのですが、「反知性主義」というのは、理論よりも実践、理性よりも慣習や直感、理念よりも現実を優先するアングロサクソン的思考のある種の行き着く先、終着点みたいな物ではないのかと思います。
そう考えていきますと、アメリカに反知性主義的な人間が多いのが頷けるような気がするのですが、如何でしょう?
Commented by masa_the_man at 2010-02-19 03:00
waterlooさんへ

>超重要です(笑)

これをやるにはある種の「才能」も必要ですからね(笑)コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-19 03:02
もするささんへ

>アングロサクソン的思考のある種の行き着く先、終着点みたいな物ではないのかと思います。

なるほど。あるかも知れませんねぇ。

>そう考えていきますと、アメリカに反知性主義的な人間が多いのが頷けるような気がするのですが、如何でしょう?

視野が狭いというのは一つあるかも知れません。しかし「合理的につきつめていったら、最終的には非合理になった」という意味ではたしかにそうですね。コメントありがとうございました
Commented by もするさ at 2010-03-11 15:41 x
英哲学はその基礎を作った大哲人デイビッド・ヒュームの昔から現実に軸足を置き理論を後回しにする傾向があります。
(ヒュームが如何に偉大かは、彼の名前を出してしまうと英哲学の議論が終わってしまう程に枠組みを綺麗に作ってしまった事にあります。)
ツェノンのパラドックスを彼がズルして解いた所から
「人間の理性には限界がある」
と言うことを潔く認める思考習慣が彼らに付いたわけですが、これを突き詰めちゃうと「知性なんていらない」という地平へと行ってしまうのです。
(「ヒュームのやったズル」というのは、「アキレスがウサギに追いつく(若しくは、「矢がウサギに当たる」)という時点からその理由を導き出す」という物。体系化された帰納法誕生の瞬間です。)
Commented by masa_the_man at 2010-03-11 21:02
もするささんへ

>「知性なんていらない」という地平へと行ってしまうのです。

ここで「反知性主義」の源流が。

>体系化された帰納法誕生の瞬間

ロジックと現実の擦り合わせの問題が出て来てますな。コメントありがとうございました
Commented by もするさ at 2010-03-11 22:13 x
ぬっちゃけた話、

観念論は演繹法の鬼子

反知性主義は帰納法の鬼子

だと私はおもいます。
(演繹法の欠点は、理論と現実が食い違った場合「現実の方がおかしい」という結論に達してしまうケースが多々あること、帰納法の欠点はまだ起きてないことに対応できないことと、現実を理論で説明できない場合、現実を動かせない故に往々にしてこじつけになりやすいことです。)
かかる闇があるにも拘わらず、アングロサクソン的帰納法が優位に立つのは「人」を見るには適した思考法であるからでしょうね。
きっと。
(ちょっと文化の話に食い込んで、地政学から離れてしまいましたね。でも、レスしてくれて有り難うございました。)
by masa_the_man | 2010-02-15 06:00 | 日記 | Comments(44)