戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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スリランカ政府の「手段」と「目的」


今日のイギリス南部は朝から曇ったり晴れたりをくりかえしておりますが、昨日に引き続いてかなり気温が低く、強くなってきた日の強さと対照的な感覚が。

さて、毎週の火曜日のランチミーティングの報告をすっかり忘れておりましたのでその報告を。

今回の発表者はイギリス人の若いコースメイトで、彼は以前にサイバーアタックと地理の関連性について発表しましたが、今回はスリランカのメディア統制について。

ご存知のように、スリランカではタミルタイガーとスリランカ政府内で長いこと内戦が続いていたのですが、一年前にこれが一応終了しまして、現在は政府側がかなり強烈な情報統制を敷いているわけですね。そういえば先日は大統領選挙もありました。

基本的に彼はこのあたりの情勢を解説したのですが、実はここでのメインテーマは「目的」と「手段」をどう合致させるかということ。

たとえばスリランカのメディア統制はかなり激しくて、近年では政府が管理しているメディアの取材は認められておらず、とくに海外から取材に来ているジャーナリストが何人も殺されているわけです。

で、これは「手段」としては倫理・道徳的に許されないひどいものなのですが、ここで重要なのは、それが政府の「目的」、つまり「国内統治を安定させる」という面では「効いている」という事実です。

このような道徳的に許されないようなメディア統制を、「スリランカの政治文化だから」としてあきらめて認めるのもいいのですが、戦略論を学ぶわれわれとして疑問になってくるのは、「手段は目的によって正当化されるのか」という深刻な問題。

もちろんスリランカのような政府にとって、倫理・道徳的に許される(オープンで民主的な)手段を使っ

て国内の治安を安定させるということも「あり」なのかも知れませんが、彼らの政治文化や国民性を考えたらそれが本当に可能なのかどうかという問題も出てきます。

スリランカ政府は自国民に対してそれができないことを知っていたからこそ、あえてこのような強烈なメディア統制という手段を使い、彼らの目的である「国内政治の安定」を達成したのかも知れませんが・・・・

また、発表者の彼は、ここで見えてくる問題は結局のところは意志(will)の問題であると指摘しております。

具体的にどういうことかというと、ここではスリランカ政府の「国内の紛争状態を終わらせたい」という強烈な「意志」があり、これが全ての倫理・道徳的な考慮よりも優先された、ということです。

私は完全なコンストラクティヴィスト(構成主義者)ではないのですが、最近の自分の「狙い」の考えや、このような「意志」の話を見るにつけ、どうしても人間の頭の中にある「ソフト面」がやけに気になってしかたがないのです。

そういえば先日読んでいた文献で、エアパワーの理論家として有名なジョン・ボイドの言葉に、

「(戦争で)戦うのはマシーンではなく、人間同士なのだ。そしてその人間たちは思考(minds)を使うものだ」

というものがありましたが、これはまさにこのような人間の「ソフト面の重要さ」を言ってますよね。

現在の日本全般にはこのような「意志」の力が弱まっているような気がしてならないのですが、これからカオス化していく世界の情勢の中で本当に生き残っていけるんでしょうか。

日本はスリランカ政府を真似る必要は全くないですが(笑)、やはり個人個人にはそれなりの「ヴァイタリティー」が必要かと。
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Commented by ゴロリ at 2010-02-12 13:39 x
スリランカの話題をイギリス人が取り上げると言うのも何ですが。

もともとのシンハラ人の住むスリランカにタミル人を持ち込みお茶を作らせたのがそもそもの始まり。
それをしたのが当時インドを植民地にしていたイギリスでインド独立によりその構造がそのまま残ってしまったのが悲劇の始まり。

その尻拭いをこのようにある種の強圧的な方法に拠ってなされるのははばかれることではありますが国情を考えるとやむなしと思えてきます。
反乱側のタミル人が武器を取るのも国外にするタミル人から資金を得るために定期的に開催していたと言う側面もあるようでいつまで他っても終わることがないです。
Commented by ゴロリ at 2010-02-12 13:40 x
このブログにお邪魔するきっかけになった韓中のコースメイトとの韓国が北朝鮮に特殊部隊を送り制圧するという件についてのにお話が載っていた事によります。
ストレートトークの中国人が韓国は独立戦争していない、独立の英雄がいないのが問題、台湾も同じと言うような発言をしていたと思いますがスリランカでも同じような問題を抱えています。
イギリスから独立を勝ち取ったわけでなく棚ボタで独立したのですが<独立戦争し勝って独立を勝ち取りたかった>というと砕けた言い方ですがそれが国家としてのアイデンティティであり民族、国家の誇りとなり国家としてのまとまりに欠くことができない要素になるのだと思います。

日本と言う国は島国で海に囲まれた範囲がわが国と言う意識を持つことができしかも天皇と言う存在が日本国民とはというものに対して分かりやすいアイデンティティとなっていますが多くの国は地続きであり国家としての統合のためには何かが必要なのだと思います。

Commented by ゴロリ at 2010-02-12 13:40 x
インドネシアの某人が話したとされる われわれには韓国と違い誇りがある350年間支配したオランダにさえ賠償金をよこせとは言わない と言うここでの誇りとは独立戦争で戦いそして独立を勝ち取ったことに他なりません。

アメリカ国歌でも銃弾の中を何とかと言う一文があったとおもいますが国家統合のもっとも分かりやすい象徴となるのが独立戦争でそれを経ていない国は何がしか問題を抱えています。
韓国人コースメイトが言うドン引きする5000年の歴史であったり反日政策というのも国家のアイデンティティを模索する以外の何物でもないと思えます。

国家というものの本質が何であるのかという問題にもなるかもしれませんがもしタミル人とシンハラ人がイギリスに対してともに手をとって独立戦争をしていたら現在の状況とは違う結果になっていたと思います。

スリランカの国情については以下のブログが詳しいです。
ttp://kkmyo.blog70.fc2.com/category5-1.html
Commented by WIZARD03 at 2010-02-12 18:28 x
倫理・道徳という言葉は、単に相手の行動を制限したいという欲求によって発せられる、という程度のものでしかないと思います。
今も昔も、「勝利が手段を正当化する」という人間の原則に変化はありません。
ヒトラーとスターリンの違いと同じです。
スリランカ政府の言論統制も安定が勝利であると考えているのならば、合理的な行動です。
言論の統制が倫理に反するという思い込みは、規制や統制を嫌うシーパワーの為のプロパガンダかもしれないのです。
ミアシャイマー先生の言うとおり、国家は生き残るために合理的と「思われる」行動をとるようですね。
日本の最大の問題点は、生き残る為に合理的だと「思い込んで」行ってる行動が、第三者から見ると全く合理的ではないということです。
この傾向は、現在だけでなく明治から続いていると私には思われます。
Commented by at 2010-02-13 00:19 x
>「手段は目的によって正当化されるのか」
一般論では正当化されますね。
外科医は治療と称して健康な皮膚にメスをつきたて、警官は犯罪者の人権を踏みにじります。

>スリランカ政府の「国内の紛争状態を終わらせたい」という強烈な「意志」があり、これが「全て」の倫理・道徳的な考慮よりも優先された

気になるのは「全て」の部分。紛争状態が継続されることは倫理道徳とは無関係という前提があるはずですが、
本当に無関係なんでしょうか。怪しい論理です。
Commented by masa_the_man at 2010-02-13 03:25
ゴロリ さんへ

>スリランカの話題をイギリス人が取り上げると言うのも何ですが。

そうなんですよね(笑)

>インド独立によりその構造がそのまま残ってしまったのが悲劇の始まり。

そこについては一言も言ってませんでした(苦笑

>独立戦争し勝って独立を勝ち取りたかった

これ重要ですよね。「伝説」や「神話」は必要なんです。

>ここでの誇りとは独立戦争で戦いそして独立を勝ち取ったことに他なりません。

まさしくその通りですな。

>もしタミル人とシンハラ人がイギリスに対してともに手をとって独立戦争をしていたら現在の状況とは違う結果になっていたと思います。

そうなんですが、いまさらそれはけっこう厳しいんですよね。イランの状況を考えてみても、この辺は実に興味深い。

>スリランカの国情については以下のブログが

なるほど、ご紹介していただきありがとうございます。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-13 03:28
WIZARD03さんへ

>倫理・道徳という言葉は、単に相手の行動を制限したいという欲求によって発せられる、という程度のものでしかない

しかし問題はこれを心の底から信じている人もいる、という事実なんですよね。しかもこれが実際に国家の行動をうながすわけですからやっかいです。

>今も昔も、「勝利が手段を正当化する」という人間の原則に変化はありません。

おおっぴらに肯定したくはないですが(苦笑)たしかに否定できません。

>日本の最大の問題点は、生き残る為に合理的だと「思い込んで」行ってる行動が、第三者から見ると全く合理的ではないということです。

しかもその逆に、「完全に利他的にやっている」と日本側が考えていることが相手には全く利己的な行動として受取られるということもある点ですね。

>現在だけでなく明治から続いていると私には思われます。

まあ確実にあるでしょうね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-13 03:30
k さんへ

>一般論では正当化されますね。

おおっ、きましたね。

>犯罪者の人権を踏みにじります。

たしかに(笑

>紛争状態が継続されることは倫理道徳とは無関係という前提があるはずですが、本当に無関係なんでしょうか。怪しい論理です。

彼らの「倫理」が「紛争を終わらせること」だったらその「倫理」も正しいことになりますな。コメントありがとうございました
Commented by もこたん at 2010-02-13 08:04 x
ソマリアを見る限り、きちんと国内をまとめられないとより多くの犠牲者が出るのは明白ですから、どちらの選択をとれば犠牲者が少なく済むか、という観点に立った場合、スリランカ政府の行っていることは倫理的で道徳的とも言えるかもしれません。
Commented by elmoiy at 2010-02-13 09:31 x
>今も昔も、「勝利が手段を正当化する」という人間の原則に変化はありません。

現に、米国をはじめとする欧米諸国は「原爆投下は正しかった」と主張しているわけですから。

フレデリック・フォーサイスの小説『戦争の犬たち』に、

「あたしたちはヒトラーに勝ったじゃない。正しいことをして、勝ったのよ」
「ソヴィエトとイギリスとアメリカが、ヒトラーより多くの大砲と戦車と飛行機と船を持っていたから、勝ったんだ。理由はそれだけだよ。ヒトラーのほうがより多く持っていたら、彼が勝っただろう。
そして歴史は、彼が正しくて、われわれがまちがっていたと書きしるしたことだろう。勝てぼ官軍さ。いつかこんな椅言を聞いたことがあるよ。
『神はより強い部隊の味方をする』

という会話が出てきます。
Commented by t at 2010-02-13 13:40 x
倫理の話になると「許される(のか?)」というフレーズが頻出するわけですが、哲学的な議論をするのでなければ「許すって、誰が?」ということになると思います。批判する側はぼかして言う方が得なことが多いし、批判される側としては「それはお前が許してないだけだ」となり、第三者なら自分の得になる方の見解を採用することになるでしょう。「人権侵害国家」に対する日本の態度なんかを見ると、少なくとも外国からなかなり抜け目ないように見えなくもないです(対イランと北朝鮮への差とか)。

外野の意見になりますが、戦略論というジャンルは倫理も手段の一つとして扱う方向に進むのが学問としての王道に見えます。戦略学は、一部の社会科学のように必ずしもイデオロギッシュな主張を入れ込まなくても成立する分野だと思うので。逆にイデオロギー込で世界を変えようというには、少々生臭すぎるような。
Commented by masa_the_man at 2010-02-14 08:16
もこたんさんへ

>犠牲者が少なく済むか、という観点に立った場合、スリランカ政府の行っていることは倫理的で道徳的

たしかに。どこに基準を置くかということで。立場の違いと何を狙っているかですな。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-14 08:21
elmoiy さんへ

>現に、米国をはじめとする欧米諸国は「原爆投下は正しかった」と主張している

してますね〜。

>ヒトラーより多くの大砲と戦車と飛行機と船を持っていたから、勝ったんだ。理由はそれだけ

典型的な「パワー論」ですな(笑

>勝てぼ官軍さ

これは日本人にとって一番理解しやすい「リアリズム」かも知れませんね。

>『神はより強い部隊の味方をする』

これも鉄板です。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-14 08:30
t さんへ

>「許すって、誰が?」ということになると思います。

まあ「神」でしょうな(笑

>「外国からなかなり抜け目ないように見えなくもないです(対イランと北朝鮮への差とか)。

見られてますね。

>倫理も手段の一つとして扱う方向に進むのが学問としての王道

私の先生は認めてますねぇ。ちょっと過激なのであまり公にはしてませんが。

>逆にイデオロギー込で世界を変えようというには、少々生臭すぎるような。

ああ、そうなるとレーニンが研究していた戦争論のノートみたいになっちゃうんですよね。コメントありがとうございました
Commented by elmoiy at 2010-02-14 20:13 x
日本語の「勝てば官軍」と、英語の"Might is Right"(力は正義なり」は微妙に意味が違っていますね。

「勝てば官軍」は「勝敗と善悪は無関係という意味が含まれているのに対し、"Might is Right"は、「正しい者には神が必ず味方する。したがって戦いに勝つものは正しい」という、キリスト教的な考え方です。

『ローランの歌』でも、チェリーがピナーベルを決闘で打ち破ったとき、一同が「神は奇跡を行われた」と叫んでいます。もっともこれにはキリスト教だけではなく、戦いによって神の意思を探り、その判断を求めるというゲルマン古来の慣習の影響もあるのですが。

日本人の考え方は相対的、欧米人の考え方は絶対的(一神教的)といえるのかも。
Commented by masa_the_man at 2010-02-15 05:49
elmoiyさんへ

>"Might is Right"(力は正義なり」は微妙に意味が違っています

ああ、たしかにそうですなぁ。

>"Might is Right"は、「正しい者には神が必ず味方する。したがって戦いに勝つものは正しい」という、キリスト教的な考え方

たしかにそうですよね。これってそもそも“right”という普遍的な概念にいきつきますね。

>戦いによって神の意思を探り、その判断を求める

これを言いかえれば「勝てば絶対」?

>日本人の考え方は相対的、欧米人の考え方は絶対的(一神教的)といえるのかも。

いえそうですなぁ。ところが日本側はこの「絶対」を茶化す技術をまだ持っていないとも言えそうな。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2010-02-12 00:50 | 日記 | Comments(16)