戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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コントロールという思想:メモその2

今日のイギリス南部は朝から曇りでして、午後からシトシト雨が降ってきました。雪にはなりませんが、あいかわらず寒いです。

QDRが発表されたり、アメリカの次年度の予算の概算要求が発表されたり、ブレアが戦犯扱いになりそうになったり、イランが変なミサイルの実験したり、オバマがダライ・ラマに会おうとしたりと、なかなか地政学的にジューシーな話題が一杯ですが、私はとにかく論文の追い込み状態です。

今日はけっこう調子がよくて700ワードくらい書けているのですが、毎日こんなペースで書けるわけじゃないので、いかに波に乗るかが大切になってきますね。

それで最近気がついたことなんですが、やはり「書く直前に5分でいいから横になる」というのが非常に大事みたいですね。集中力に大きな違いが出ます。

さて昨日の続きを。

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●ここでもう一度、地政学の元となった「地理学」というものを振り返ってみる。

●まず地理学というのは、地球という「客観的」な対象物を主に扱うことになるので、どちらかといえば人間の「狙い」というものはないように感じる。

●ところが地理学でかならず使われることになる「地図」というものは、そもそも自然をありのまま完全に描いたものではなく、それを描いて利用する人間の、取捨選択が重要になってくるのだ。

●「地理」は英語でgeographyであるが、これは直訳すると「地球描き」(earth-writing)であり、ここでは「誰が」ありのままの地球というものを(取捨選択して)「描く」のか、という問題にかならず突き当たる。

●つまり、地理には「誰か」の主観が必ず含まれてくるのであり、この主観には、それを描く側の人間の「世界観」(worldview)が大きく反映されることになる。

●地政学ではこの「世界観」というものがとても大事だ。なぜならこれは国家戦略などを考える際の最初の「インプット」であり、最終的に具体的な政策の提案という「アプトプット」につながってくるからだ。そして最初の「インプット」が違えば「アウトプット」が違ってくるのは自明の理だ。

●マッキンダーの例で考えてみよう。一九〇四年にロンドンで発表した彼の「地理学から見た歴史の回転軸」の論文が画期的だった理由の一つは、彼が二十世紀初頭のイギリスが置かれているグローバルな状況を説明する際に、当時のヨーロッパ人が使っていた「西ヨーロッパに中心がある地図」ではなくて、「ユーラシア大陸を中心にした地図」を使ったことだ。

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●こうすることによってマッキンダーは聴衆の「視点」を移動させ、「ヨーロッパの歴史は、実はユーラシアからくるランドパワーによって形成された」という大胆な解釈をして、いままでの「ヨーロッパだけの世界観」から「ヨーロッパとユーラシア大陸のグローバルな世界観」に変えたのだ。

●これをミアシャイマーの分類から言えば、マッキンダーは世界についての新しい「記述」をしたわけであり、そうなると当然のようにそこから出てくる「処方」、つまり政策/戦略アドバイスも変わってくる。

●ところが前述したロバート・コックスや、八〇年代から出て来て現在は地政学研究の主流をなす「批判地政学」の人々は、このマッキンダーの「世界観」には彼自身の(間違った)主観が含まれているとして批判することになる。

●とくに彼らはマッキンダーが「人類はとうとう世界を客観的に眺める視点を手に入れた」という、いわば「神の目」的な視点から見ていることが絶対に許せないものであるとしてツッコミを入れる。

●しかし前述したように、この批判地政学の人々も「マッキンダーたちの古典地政学は許せない!」「奴らのウソを暴いてやる!」という「狙い」を持っている点では「同じ穴のムジナ」である。

●なぜなら彼らも古典地政学を(非常にリベラル的な)「ある視点」から批判している時点で、すでに「客観的」ではないし、彼らも独自の「世界観」を持っているからだ。

●そうなると、この透明な存在のような「批判地政学」の学派の人間でさえ「思い通りにしたい!」という「狙い」を持っていることになる。

●批判地政学の泰斗であるジェラルド・トール(ゲロイド・オトーホー)は、「地政学を簡潔にいえば、それはつまり政治のことだ!」(Geopolitics, in short, is about politics!)と言ったが、これはある意味で名言である。

●なぜなら彼はこう宣言することによって、地政学というのは古典/批判にかかわらず、結局は政治的(つまり主観的で狙いがある)であると暗に認めてしまっているからだ。
Commented by Oink at 2010-02-04 22:06 x
マッキンダーが偉いのは、中央アジアの騎馬民族(ランドパワー)がヨーロッパの歴史に影響を与えたことを、ヨーロッパ列強の全盛期に「再発見」し、次のランドパワー(ドイツとロシアの鉄道)が
ヨーロッパの脅威になると予想し、的中させたからでは?

ここ数年の流行語大賞になった「BRICs」。
これも結局は、19世紀前半、中国とインドは大英帝国やアメリカ、日本をはるかにしのぐ経済大国だったことを「再発見」したからでは?
Commented by masa_the_man at 2010-02-05 04:18
Oinkさんへ

>ヨーロッパ列強の全盛期に「再発見」し、次のランドパワー(ドイツとロシアの鉄道)がヨーロッパの脅威になると予想し、的中させたから

まさにその通りだと思います。だからその当時の聴衆には「何いってんだこのオッサン」という感じだったらしいのですが。

>ここ数年の流行語大賞になった「BRICs」。

再発見もあるでしょうが、これは「ランドパワー大国」の再発見という意味もありますよね。Oinkさんもそういう意味ではかなり「地政学的」な視点をマスターされてますなぁ。コメントありがとうございました
Commented by もするさ at 2010-02-05 06:44 x
小泉元首相の判断が実は正解であったことを擁護する発言や、日本企業が中国に進出することは雇用が脅かされるからと言うこと「以外」でも危険な事である事を警告する際に少し前はよく言われた

「中国との関係が嫌悪、若しくは希薄なときに日本は繁栄する」

と言う日本史上の「超ジンクス」というのはもしかしたらこれ、地政学で説明できますよね?
(正の事例のみだけでも)西暦900年以降、江戸時代、戦後冷戦時代と、前例が大体当たっていることは証明されていますし鉄板の理論なのですが如何でしょう?

このようなことを言う論者に石平氏や拳骨択史氏がおります。
似たようなことを主張する人は大抵、
「日本の自主性を強くする方向で日米同盟を強化」
「中国とは距離を置け」
と言うことを主張する右派が多いので何か理論化できそうな気がします。
(彼らとて恐らく地政学的な物よりも歴史的前例から来るジンクス程度にしか捉えていないのでしょうが、日本のあるべき戦略を立てるときに重要な視点の一つに思えます。)
Commented by elmoiy at 2010-02-05 12:22 x
>●ところが地理学でかならず使われることになる「地図」というものは、そもそも自然をありのまま完全に描いたものではなく、それを描いて利用する人間の、取捨選択が重要になってくるのだ。

17世紀オランダの風景画や静物画も、一見、現実をあるがままに描いたように見えますが、実はそこには画家の取捨選択があったことが最近の研究で判明しています。当時はいまだ絵画と地図との区別が存在しない時代だったので、これらの絵画は地図であり、測量でもあったのです。

19世紀の「ザ・グレート・ゲーム」では、アフガニスタンからヒマラヤ山脈、チベット高原にいたる地域の諸王国や諸部族の多くが、西洋人が彼らの領域に入り込んでくることを入り込んでくることを許そうとしなかったので、ロシア人探検家はコサック兵に護衛されて測量を行い、イギリス人は仏教徒に変装させたインド人密使を送り込んで地勢を調査し、正確な地図を作成しました。最終的に1907年の英露協商によってこれらの地域は分割されます。
Commented by masa_the_man at 2010-02-05 22:31
もするささんへ

>日本史上の「超ジンクス」というのはもしかしたらこれ、地政学で説明できますよね?

微妙ですが、まあできますね。シーパワーである日本が、ランドパワーである大陸のほうからそれほど影響を受けなかったからよかったという感じでしょうか。

>鉄板の理論なのですが如何でしょう?

鉄板かもしれませんが、これだけグローバル化してしまうとちょっと実現のほうは厳しいですよね(苦笑

>日本のあるべき戦略を立てるときに重要な視点の一つに思えます

そうかも知れませんね。日本人の場合は「理論」よりも「歴史」からアプローチしたほうがよいという人はけっこうおりますので。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-05 22:35
elmoiy さんへ

>17世紀オランダの風景画や静物画も、一見、現実をあるがままに描いたように見えますが、

実はこの間大量に見てきました。私はあまり好きではなかったですが、こんだけ絵画が出てきたことはオランダのパワーとリンクしていたということを考えて感慨深いものがありました。

>当時はいまだ絵画と地図との区別が存在しない時代

なるほど(苦笑

>ロシア人探検家はコサック兵に護衛されて測量を行い、イギリス人は仏教徒に変装させたインド人密使を送り込んで

国民性が出てますな(苦笑

>最終的に1907年の英露協商によってこれらの地域は分割されます。

現在も似たような戦いが続いてますよねぇ。マッキンダーの本にもこの辺の経緯が少し触れられていて驚くことがあります。コメントありがとうございました
Commented by Oink at 2010-02-05 22:49 x
>「ランドパワー大国」の再発見
これは、人口、資源、国土が周辺国に比べて相対的に大きい国家
という意味ですよね?

米国の覇権にとって本当にやばい地域だと考えているのは、
人口が少なく国土は広い、アジア系の移民にリベラル?なカナダとオーストラリアだと考えています。

オーストラリアは、中国、インドが経済超大国化した場合に
いい場所に控えたオフショア・バランサーの基地になりそうな。

アジアの地中海、たしか台湾、フィリピン、インドネシアに囲まれた地域+インドシナ半島を縦断する高速道路網で、東南アジア周辺は30世位は、中国が仕切るんじゃないんですかねぇ?

>Oinkさんもそういう意味ではかなり「地政学的」な視点をマスターされてますなぁ。
最近は、日本の立場、国益よりも、中国よりな、視点に立って物事を考えてしまう癖がついてしまっていますorz
Commented by masa_the_man at 2010-02-06 02:49
Oink さんへ

>これは、人口、資源、国土が周辺国に比べて相対的に大きい国家という意味ですよね?

そういうことになりますな。

>アジア系の移民にリベラル?なカナダとオーストラリアだと考えています。

そうかもしれないんですが、ここで「文化」という要素も入ってくる可能性があるんですよね。この辺ではまだ少し理論化が必要かも知れませんが・・・・

>オーストラリアは、中国、インドが経済超大国化した場合にいい場所に控えたオフショア・バランサーの基地になりそうな。

たしかにそうなりますね。そうするとこれから熱いのはインドネシアとかパプアニューギニアということにもなるかも知れません。

>中国が仕切るんじゃないんですかねぇ?

少なくともその方向に行きたいというエネルギーが出てくるでしょうね。

>中国よりな、視点に立って物事を考えてしまう癖が

ははは、そうなると色々と見えてきて面白いですよね(笑)コメントありがとうございました
Commented by elmoiy at 2010-02-07 21:19 x
>日本人の場合は「理論」よりも「歴史」からアプローチしたほうがよいという人はけっこうおりますので。

『想像の共同体』の著者であるベネディクト・アンダーソン曰く、
「個人的意見を言わせてもらえば、『理論』は現実的で実用性を重んじる人々には容易いものではない」のだそうです。日本人の思惟方法には、「現象即実在論」(諸現象の存する現象世界をそのまま絶対者とみなし、現象を離れた境地に絶対者を認めようとする立場を拒否する)の傾向が強いので、やはり歴史的アプローチのほうが説得力を持ってしまうのかと。
Commented by elmoiy at 2010-02-07 21:19 x
>当時のヨーロッパ人が使っていた「西ヨーロッパに中心がある地図」ではなくて、「ユーラシア大陸を中心にした地図」を使ったことだ。

日本だと、逆に「経度ゼロの子午線を中心にして、大西洋の形がわかる世界地図」が使われることが少ないので、ヨーロッパ・北米・アフリカ・中南米の「大西洋を挟んだ絆」というものがわかりにくくなっているように思えます。単なる歴史的な絆の深さだけではなく、ニューヨークの国連安保理で午前10時に重要な会合が開かれているとき、パリは午後4時。しかし欧米諸国が業務時間内に政治的駆け引きを行っているとき、極東は夜の12時。英国のグリニッジが世界の「時間の中心」となっていることと考え合わせて、やはり極東は世界の辺境だと感じてしまいます。
Commented by masa_the_man at 2010-02-08 00:03
elmoiyさんへ

>『理論』は現実的で実用性を重んじる人々には容易いものではない

でしょうなぁ。

>日本人の思惟方法には、「現象即実在論」(諸現象の存する現象世界をそのまま絶対者とみなし、現象を離れた境地に絶対者を認めようとする立場を拒否する)の傾向が強い

その代わりに具体的な「もの作り」は強いですよね。逆にソフトや制度なんかの開発は苦手になってしまうのかも知れませんが・・・

>「大西洋を挟んだ絆」というものがわかりにくくなっているように思えます

ありますねぇ。その通りだと思います。

>欧米諸国が業務時間内に政治的駆け引きを行っているとき、極東は夜の12時

そうなんですよね。微妙に都合の悪い時間です。

>やはり極東は世界の辺境だと感じてしまいます。

もう少し世界の富が東アジアのほうに移ってこないとダメかも知れませんね。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2010-02-04 01:17 | 日記 | Comments(11)