戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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ハワード・ジンの「人民」

今日のイギリス南部は昼過ぎから晴れまして、快適な天気を堪能できました。しかし寒気が入ってきたのか、昼頃にはみぞれが少し降りまして、風も強まり、気温もかなり低くなっております。

さて、アメリカでは小説家のサリンジャー(『ライ麦畑でつかまえて』)が死んだというニュースが大きくとりあげられておりますが、私が気になったのは左翼系の歴史家であるハワード・ジンが死んだというニュースのほうです。

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Howard Zinn, historian who challenged status quo, dies at 87

By Mark Feeney and Bryan Marquard, Globe Staff

Howard Zinn, the Boston University historian and political activist who was an early opponent of US involvement in Vietnam and whose books, such as "A People's History of the United States," inspired young and old to rethink the way textbooks present the American experience, died today in Santa Monica, Calif, where he was traveling. He was 87.

His daughter, Myla Kabat-Zinn of Lexington, said he suffered a heart attack.

"He's made an amazing contribution to American intellectual and moral culture," Noam Chomsky, the left-wing activist and MIT professor, said tonight. "He's changed the conscience of America in a highly constructive way. I really can't think of anyone I can compare him to in this respect."

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この人は長らく左翼系の雑誌なんかコラムを書いたりして活躍しており、私もカナダ時代によく読んだのですが、代表作はなんといっても学校に使われる教科書にまでなった、

A People’s History of the United States
by Howard Zinn

b0015356_518228.jpg


という本ですね。日本では、

『民衆のアメリカ史』

という名前で翻訳が出ております。

完璧な左翼史観からアメリカ史を振り返っているわけですが、私も十年近く前にこの本の原著を買って読みまして、やけに印象に残ったのがリンカーンの「ゲティバーグ演説」の解説をしている部分でした。

日本ではこの演説は、

「人民の、人民による、人民のための統治」

というフレーズで有名ですし、ある意味で「偉大な理想論」として語られていることが多いのですが、ジンは原文の

the government of the people, by the people, and for the people

というこのフレーズのthe peopleという部分に注目しております。

これは少しでも英語の翻訳などをしたことがある方ならおわかりだと思いますが、the という言葉は、ある特定の、唯一存在する対象を限定している言葉なわけですよね。

日本語では「人民のための」と聞くと、「ああ、これは“一般国民のための”という意味だよな」となんとなく受け取りがちですが、ジンはここに「ザ」という言葉がついている事実に注目して、

「このthe people とは、白人で奴隷を持っていた男性たちのことだ。だから“人民の”といっても、そこにはアメリカに住む国民全員、とりわけ黒人奴隷たちは絶対に含まれていないのだ!」

と鋭く批判しているのです。いわれてみれば、黒人に平等な権利が与えられたのは一九六〇年代に入ってからですから、たしかにこれは納得です。

このような定冠詞がつく/つかないで、英語の意味というのは劇的に変わることが多いわけですが、たとえば一般的に「社会」という意味のsocietyという言葉も、単なるsociety だったら「社会」という意味ですが、the society となると、陰謀論で活躍するような「ある特定の組織」という意味が出てきてしまいます(笑

このように単純なことですが、ジンの「おくやみ」欄を読んでいて、こういうことを少し思い出しました。
Commented by とおる at 2010-01-30 22:14 x
"the" または "a" が付いているのと無いのでは、中東の領土紛争になったとか、ならなかったとか。
そのイスラエルでは、ヘブライ語には、"the" に相当する定冠詞が付くか、付かないだけ。("a"に相当する不定冠詞が無い)
どうも、"a" はピンときません。
Commented at 2010-01-30 22:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by FFF at 2010-01-31 00:46 x
私はこの日本語訳の方の「人民」に不自然さを感じることなく受け入れていたのですが、他の場面で(たまにですが)英語では「the」の有る無しでニュアンスが違うような気が漠然としていました。
英語の分からない日本人でも一応中学までは勉強してますし、生活に英語が溢れていて馴染みはあるでしょう。でも日本語の分からない、馴染みのない英語圏の人々には日本語の微妙な言い回しは全く理解できないのかなぁ、と思いました。
こういうことも戦略を考える上で考慮するものなのでしょうか?

とりあえず皆様の翻訳作業にエールを送りたいと思います。
Commented by masa_the_man at 2010-01-31 01:57
とおる さんへ

>"the" または "a" が付いているのと無いのでは、中東の領土紛争になったとか、ならなかったとか。

あるかも知れませんなぁ。

>どうも、"a" はピンときません。

そうなんですよね。私もいまだにこれがちょっと。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-01-31 02:00
waterloo さんへ

>The Band

ありましたねぇ。私もよく聞いておりました。これも「単なるそこらにいるバンドじゃなくて、あの(世界最高の)バンドのことだよ!」というニュアンスがありますな。そういえば聖書もThe Book とかThe Bibleですもんね。

>地味にファンだった

もう60年代半ばから隠匿生活していたみたいですね。まああれだけ本が売れれば一生食うには困らないのかも知れませんが。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-01-31 02:03
FFF さんへ

>他の場面で(たまにですが)英語では「the」の有る無しでニュアンスが違うような気が漠然としていました。

おおいにありますよね。

>英語圏の人々には日本語の微妙な言い回しは全く理解できないのかなぁ、と思いました。

そうなんですよね。英語の場合にはこのtheのようにハッキリさせる言葉がありますが、日本語には少ないですからね。

>こういうことも戦略を考える上で考慮するものなのでしょうか?

ありますね。どこに狙いがあるのかということを見る上では非常に大切かと。

>とりあえず皆様の翻訳作業にエールを送りたいと思います。

みなさんの働きは素晴らしいですよ。レベルも高いです。コメントありがとうございました
Commented by Oink at 2010-01-31 13:41 x
聖書を元に考えている人達の価値観を、しらなすぎるのかもしれません。特に非キリスト教徒の扱いとか動物の扱いとかが顕著な気が。

(日本と文化的にも人種的にも近いはずと考えている)韓国のキリスト教的な価値観は、私から見てとても興味深く思えます。

そういや、第一次世界大戦後に唱えられた「民族自決」って
概念も欧米列強にとっては東欧に限定されていたはずなのに、
想定の範囲外であったアジアの朝鮮、中国、インド、ベトナムなどに波及して、欧米日ら列強が偉い目にあいました。
Commented at 2010-01-31 19:52 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by elmoiy at 2010-01-31 21:09 x
>特に非キリスト教徒の扱いとか動物の扱いとかが顕著な気が。

ユダヤ人に対するホロコーストがあれほど大きな問題になったのは、それがヨーロッパで、しかも白人に対して行われたからではないかと考えています。
アジア・アフリカ・中南米などの非西洋世界で、有色人種に対して行われた行為ならば、欧米人の心の中にあれほど大きなトラウマを残すことはなかったのではないでしょうか。
Commented by masa_the_man at 2010-02-03 02:18
Oinkさんへ

>聖書を元に考えている人達の価値観を、しらなすぎる

いえますね。これを知るといろんなことがわかりますが。

>特に非キリスト教徒の扱いとか動物の扱いとかが顕著な気が

わははは、たしかに(笑

>韓国のキリスト教的な価値観は、私から見てとても興味深く

彼らは一般的な傾向として日本人よりもキリスト教の解釈について強い思い込みがあるような気が。

>想定の範囲外であったアジアの朝鮮、中国、インド、ベトナムなどに波及して、欧米日ら列強が偉い目にあいました。

この「想定外」というところがミソですよね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-03 02:19
waterloo さんへ

>イギリスのバーで日本のウイスキーって見かけますか?

うーん、私自身がほとんど飲めないので意識してみたことないですなぁ。ビール(アサヒ)はたまに置いてあるのを見かけますが・・・こんど意識してみてみますね。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-03 02:21
elmoiy さんへ

>それがヨーロッパで、しかも白人に対して行われたから

確実にありますね。コソボの時にも弱いですがやや似たような傾向が。

>欧米人の心の中にあれほど大きなトラウマを残すことはなかったのではないでしょうか。

スペイン人なんかは相当なトラウマを負ってもいいくらいですよね(笑)コメントありがとうございました
Commented at 2010-02-03 08:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by elmoiy at 2010-02-03 15:09 x
>このthe people とは、白人で奴隷を持っていた男性たちのことだ。だから“人民の”といっても、そこにはアメリカに住む国民全員、とりわけ黒人奴隷たちは絶対に含まれていないのだ!

フランス革命で採択された「人権宣言」の正式名称は、〈La Déclaration des droits de l'homme et du citoyen 〉「人の権利と市民の権利の宣言」なのですが、ここでいう「市民」には、財産をあったく持たない白人男性、女性。フランス在住のユダヤ人と有色人種、植民地の黒人奴隷は含まれていなかったわけで。

古代ギリシアのアテネで、女性・奴隷・在住外国人には政治参加の権利がなかったのと同じ構造ですね。

Commented by wuhho at 2010-02-03 23:48 x
1月28日は,日本でも貴重な人物が一人病没されました。松村劭 氏です。
氏は,デュピュイ戦略研究所東アジア代表,及び国際戦略研究所会員でもありました。
確か「イギリスの研究所に行けば,中国のどこに配置されている核ミサイルが日本を狙っているか?地図に明示して壁に掛けてある」という趣旨の発言を対談番組で行っているのを聞き,強く印象に残っていました。

<アタック・トムと呼ばれた男>
ttp://park1.wakwak.com/~dupuy/contents.html

ご冥福をお祈りしつつ。。。
合掌
Commented by masa_the_man at 2010-02-04 09:26
elmoiyさんへ

>ここでいう「市民」には、財産をあったく持たない白人男性、女性。フランス在住のユダヤ人と有色人種、植民地の黒人奴隷は含まれていなかった

ははは、一緒ですな(笑)ここのキーワードはdu citoyenになるんでしょうか。

>古代ギリシアのアテネで、女性・奴隷・在住外国人には政治参加の権利がなかったのと同じ構造ですね。

まったくその通りです。この辺に敏感じゃないと彼らの本質はわかりませんよね・・・コメントありがとうございました
古代ギリシアのアテネで、女性・奴隷・在住外国人には政治参加の権利がなかったのと同じ構造ですね。
Commented by masa_the_man at 2010-02-04 09:39
wuhhoさんへ

>松村劭 氏です。

あ、知ってます。彼の本の中で私の本を引用していただいたことがありました。あれはうれしかったですねぇ。

>国際戦略研究所会員

ということはIISSということでしょうか?

>「イギリスの研究所に行けば,中国のどこに配置されている核ミサイルが日本を狙っているか?地図に明示して壁に掛けてある

これはおそらくStrategic Surveyに出てくる地図のことを言っているかと。けっこうお年だったんですね。知りませんでした。コメントありがとうございました
Commented by elmoiy at 2010-02-04 22:49 x
>「イギリスの研究所に行けば,中国のどこに配置されている核ミサイルが日本を狙っているか?地図に明示して壁に掛けてある

ttp://www.asahi.com/strategy/0330a.html
羽田内閣の官房長官などを務めた熊谷弘氏の東京都内の事務所には、高さ1メートルほどの大きな地球儀が置かれている。自民党竹下派の衆院議員時代に英国に外遊した折、1853年創業、「世界最大の品ぞろえ」をうたうロンドン市内の地図専門店で二つ買い求めた。もう一つは派閥の実力者、小沢一郎氏への土産にした。「なんと、店には私の地元の静岡県の町の地図まであった。空間を埋め尽くすことに貪欲な大英帝国の遺産を見る思いがした」と熊谷氏は話す。

相変わらず、イギリスの情報収集・分析に関する情熱は凄いと感じさせられます。
Commented by sdi at 2010-02-04 23:54 x
>1月28日は,日本でも貴重な人物が一人病没されました。松村劭 氏です。
なんと、亡くなられたのですが。惜しい方をなくしました。
wuhho殿、情報ありがとうこざいます。
氏の文春新書「軍事学」シリーズは値段、文書量、ともにお手ごろな良い本だったと思います。内容はハードな部分もありましたが、あの本を基点に色々と興味が広がります。

黙祷
Commented by masa_the_man at 2010-02-05 04:28
elmoiy さんへ

>1853年創業、「世界最大の品ぞろえ」をうたうロンドン市内の地図専門店

ああ、もしかしたら一度行ったことがあるかも知れません。

>空間を埋め尽くすことに貪欲な大英帝国の遺産を見る思いがした

わははは。

>相変わらず、イギリスの情報収集・分析に関する情熱は凄いと感じさせられます。

その通りですよね。あの情熱はどこから来ているのか・・・いつも気になります。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2010-02-05 04:29
sdi さんへ

>文春新書「軍事学」シリーズは値段、文書量、ともにお手ごろな良い本だった

やはりsdiさんはチェックされていたんですなぁ。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2010-01-30 05:18 | 日記 | Comments(21)