曾村訳に決定的な誤訳発見
2010年 01月 18日
問題となる訳語は原著にある“Going Concern というもので、これはいわゆる昔から会計などに使われる専門用語で、「利益を出し続けている組織」という概念になります。意訳すれば「活動的な組織」という感じでしょうか。
ところが故曾村氏は、どうやらこの大文字になっている言葉に気がつかず、そのままなんとなく「現在憂慮すべき問題」のように訳してしまっているのです。
これは問題です。なぜならマッキンダーは、この本のなかでヨーロッパ中の国々が“Going Concern”になりつつあるから、イギリスもこれにならって国家を効率的にしなければならない、と説いたからです。
そしてそれには「マンパワー」が必要である、ということになり、これが彼がSF作家のウェルズや哲学者のラッセル、それにアメリーやウェッブ夫妻なんかと the Coefficients Club をつくっていた背景にあるんですよね。
ところが曾村訳ではこういう背景を見落としていたようで、Going Concern とマッキンダーがわざわざ大文字にしている意味がわからずに、
Is there not also another reality with which you must reckon, the reality of the Going Concern?
とあるところ(原文, p.118)を、
「それから今ひとつ考慮に入れなければならないのは、現に成立しているさまざまな国家の内情である」(訳本, p.198)
としてしまっているのです。これのより正確な訳は、
「それから今ひとつ考慮に入れなければならないのは“活動的な組織”の現実である」
という感じでしょうか。
ここを上手く訳せないと、このセンテンスだけでなく本全体の意味まで変わってきてしまうわけです。
かといって私がいままで出している本の訳も絶対に正確だというわけではないのですが(苦笑)、今回の誤訳の発見は、あらためて翻訳のコワさというものを教えてくれているような気がします。


going concern
―【名】【C】 ゴーイングコンサーン,継続企業 《現存し,継続的に事業を行なっている企業体》.
となっていますから、固有名詞に近い扱いのようですね。
ニュアンスとしては、「活動的」というよりは、「当該組織の活動が継続されること」に力点があるようです。
まあ、企業も国家も、理論的には「永続する存在」として扱いますので、死ぬことが前提の個人とは、法的にも会計的にも扱いが違うということではないでしょうか?

マッキンダーは、近代工業社会では巨大な組織がそれ自身の論理によって独り歩きをし始め、逆に主役であるはずの人間がその歯車となる傾向があることを憂いています。
>固有名詞に近い扱いのようですね。
そうなんですよね
>ニュアンスとしては、「活動的」というよりは、「当該組織の活動が継続されること」に力点があるようです。
ちなみにマッキンダーの原著ではorganization や social organismという言葉と同じ意味であると書いておりました。
>死ぬことが前提の個人とは、法的にも会計的にも扱いが違うということではないでしょうか?
なるほど(笑)参考になるコメントありがとうございました
>高坂正堯氏によると、going concernという言葉ははman powerと同様に、国際政治の権力闘争の中で生きる国の力を表現するため、マッキンダーが生み出したもの
そうですね。money powerと対比する言葉としてman power と Going Concern が出てきますね。
>逆に主役であるはずの人間がその歯車となる傾向があることを憂いています。
その割にはイギリスも「効率化」しなければならないといっているわけですから意見の矛盾があるわけで。まあ結果的にそれをうまくやったのがアメリカ、ということになってしまいましたな。コメントありがとうござました


>会計(監査)の世界では、「継続企業の前提」が一般的だと思います。
これがgoing concernと。
>この前提に疑義を抱かせる事象がある場合は
これはつまり「つぶれそうな疑いあり」ということですな(苦笑)コメントありがとうございました
東京地学協会の機関誌『地学雑誌』第14輯第166巻・167巻(1902年)に、「近代地理学の父」と現在では呼ばれる山崎直方が、「政治地理に就て」と題する記事を掲載しているのを見つけた。社団法人東京地学協会ホームページのトップから「地学雑誌」という項目に入り、「NEXT」→「CD-ROM復刻版頒布のご案内」→No.2第13巻~第21巻の「目次」をクリック。1902年というともしかして、ハルフォード・マッキンダーの講演が同時代に日本に紹介されていたのかと期待してしまう。(確認はこれから)。
>1902年というともしかして、ハルフォード・マッキンダーの講演が同時代に日本に紹介されていたのかと期待
マッキンダーのあの歴史的講演は1904年ですが、彼の別の論文はその十年くらい前から出てますから、もしかしたら「オックスフォード大学の若い学者が新地政学を立ち上げた!」みたいなことが載っているかも知れません。コメントありがとうございました

「斯く自然地理に於ては自然的現象を研究して居る、所が万国の政治的現象を総括して抽象的に地理学上より説明をして居る学科はあるかと云ふとまださう云ふものは無い、漸く数年前に此事に付て新しい学派が出来たのであります、成ほど地理書を開けて見ますれば各国の政体に付て各々説いて居る所もある、それは其人種の社会的挙動又政治的現象を個々別々に説いてある、併ながら是等人類なるものは地理上ドウ云ふ政治的団体を作ツて居るか、ドウ云ふ人類がドウ云ふ思想に富んで居るか、其間にドウ云ふ関係があるかと云ふことに付て地文学の中から真理を見出してそれを総括した所の抽象的学科は無かツたのでございます、それが漸く近年出て来たのであります」。
ウィキペディアには、山崎は「1898年から1901 年までドイツ・オーストリアへ地理学研究のため留学。地理学者のJ・J・ラインやペンクに指導を受ける」とある。マッキンダーとはすれ違っているようです。