戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

反テクノロジー派の流れ

今日のイギリス南部は朝からスッキリ晴れておりましたが、夜になっていきなり小雨が。もう朝はコートなしではツラい季節になってきました。

黙々と論文を書いている毎日なのですが、先日図書館に調べものに行ったついでにテクノロジー関連の哲学の本を少し読んで面白かったので、メモ代わりにここに少し。

社会科学系の学問だとおそらく共通しているのでしょうが、一つの概念(たとえば私の場合は「地政学」)が出てくると、それを研究していく過程で、かならずそれに反対する学派が出てきます。

たとえば地政学(というか古典地政学)の場合は、「批判地政学」や「反地政学」というのがそれに当たるわけですが、テクノロジーの哲学の場合もまさにそれでして、テクノロジーの社会的な影響について研究していると、そもそもテクノロジーに反対する思想や勢力も出てくるわけです。

テクノロジー研究の場合、この反対派はけっこう昔からおりまして、たとえば図書館で読んだ本の中には、なんとこれはあのジャン・ジャック・ルソーから始まった、みたいなことが書かれておりました。

たしかにルソーといえば「自然に帰れ」的なことを申しておりましたが、彼の生きた時代は産業革命の始まる前の18世紀後半ですから、彼が何に対して「自然に帰れ」と言っていたのかというと、一つは「文明」や「科学」というものが人間のモラルや社会に対して悪影響だ、ということみたいなのです。

これが「ロマン主義」(romanticism)ですな。

で、これがドイツに行くとカントになり、ここで数学や物理学によって解明される「理性」に対する「超越的な理性」みたいな概念が出てきて、イギリスに来ると詩人のワーズワースみたいになって、いずれも「反テクノロジー」の源流となったみたいですね。

これが進化して南アフリカのヤン・スマッツから出てきた「ホーリズム」(全体論)などにつながるわけですが、これらを大きくみると(社会)科学の「還元主義」に対する挑戦とも言えるとか。

産業革命が出てくるとさらにこのテクノロジーに対する反発や自然に対するあこがれが強まっていき、まずは機械に仕事を奪われた「ラッダイト」(Luddites)という機械破壊運動を起こす人々が出てきたわけで。

と面白くなってここまで読んでしまったのですが、時間もないので続きはまた今度。

明日はミーティングなのでまたその報告を書きます。
b0015356_8135028.jpg
(近所のアニメショップ?)
Commented by 山田洋行 at 2009-10-27 14:15 x
私も先日テクノロジー関連の哲学書を数冊ほど読みました。

反テクノロジーの記述もありましたが、面白かったのはテクノロジーは知の組織化に他ならない。「延長された表現型(フェノタイプ)」(リチャード・ドーキンス)であり、人間の皮膚みたいなものだ。という記述でした。

その筆者は、皮膚なんだから、反テクノロジーとかそういう批判は無意味だよ、みたいな論調でした。
Commented by sdi at 2009-10-27 22:40 x
最近、世間を染め上げてる「エコ」も反テクノロジー運動のひとつの表れではないでしょうか。
でも、私は「反テクノロジー」とくれば以下の一冊のSF小説が真っ先に思い浮かびます。
著Larry Niven、J. Pournelle、M. Flynn共作
“天使墜落” (原題:Fallen Angels)
日本語では創元推理文庫から上下巻ででいます。
Commented by ウヨなM at 2009-10-28 01:20 x
反テクノロジー派の方々は、テクノロジーをどのように定義してるんでしょうか?テクノロジーという言葉が抽象的なものなので、解釈次第では自分の足元を攻撃してしまいかねないですね。
Commented by masa_the_man at 2009-10-28 09:41
山田さんへ

>テクノロジー関連の哲学書を数冊ほど

おお、読んでますなぁ。

>テクノロジーは知の組織化に他ならない

そうなると「サイエンス」もこれに近くなりますな。

>「延長された表現型(フェノタイプ)」(リチャード・ドーキンス)であり、人間の皮膚みたいなものだ。という記述

うーん、これがよくわかりません。ドーキンスも書いてましたか・・・。また何かありましたら教えて下さい。コメントありがとうございました

その筆者は、皮膚なんだから、反テクノロジーとかそういう批判は無意味だよ、みたいな論調でした。
Commented by masa_the_man at 2009-10-28 09:43
sdi さんへ

>「エコ」も反テクノロジー運動のひとつの表れではないでしょうか。

まさにその通りです。実は図書館で読んだ本にもその記述が。

>“天使墜落” (原題:Fallen Angels)

これは知りませんでした。小説ものだったら意外と訳されているんですなぁ。日本に帰国したちょっと読んでみたいと思います。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2009-10-28 09:44
ウヨなMさんへ

>反テクノロジー派の方々は、テクノロジーをどのように定義してるんでしょうか?

これは立場にもよるのでなんとも言えませんなぁ。

>テクノロジーという言葉が抽象的なものなので、解釈次第では自分の足元を攻撃してしまいかねないですね。

その通りです。以前ここでも書いたように、大きくわけて三つの使い方があるわけで・・・まあ「地政学」や「戦略」も似たようなものですが(苦笑)コメントありがとうございました
Commented by 山田洋行 at 2009-10-28 21:32 x
>「延長された表現型(フェノタイプ)」
書籍が手元にないのでメモ書きから起こしました。

テクノロジーを人間の「外部」を取り巻く「環境」と捉え、人間の「内部」の問題として「知」を対置する。いわば「内」と「外」という対立図式にし、「人間のうちにある知」と「人間を取り巻く外部のテクノロジー」とするのは誤りである。テクノロジーとは人間の「内」でも「外」でもない人間という動物の分泌液のようなものであり、そこから「内」と「外」が作り出されていくような、あるいは「内」と「外」が複雑に入り交じっている境界領域(皮膚)なのである。

つまりテクノロジーは人間の知的構造そのものだから、(人間の知の)延長された表現型ということらしいです。
Commented by 山田洋行 at 2009-10-28 21:32 x
ちなみに反テクノロジーに関しては、

自然回帰を唱える人々はその人達は本能に自然に「還る」わけではない。ただ「別の種類のテクノロジー」を選んでいるだけだ。農業技術や道具を使った手作業はコンピューター操作と比べても、極めて複雑で熟練を要するテクノロジーであるとし、彼らが機械文明に拒絶反応をおこしているのは、自ら分泌した新しい皮膚(新しいテクノロジー)によって、内と外の関係に変化が起きているのに、知識の構造が追いつけていない、いわばアレルギーの様なものだ、としておりました。
Commented by iraora at 2009-10-29 00:59 x
はじめまして。以前からブログを拝見しておりました。本も読ませてもらっております。
反テクノロジーとまではいかないかもしれませんが、サッカーに戦術的ピリオダイゼーション理論というものがあり、
「サッカーとはカオスであり、フラクタクルである」と定義付けるものなのですが、それによるとサッカーは技術や戦術、フィジカルなどが合わさって成り立つものでなく、サッカーそのものとして大局的に捉える必要があるとして、機械論パラダイムではなく、生命論パラダイムとして考えるべきだとされてました。
反テクノロジーとはいえませんが様々な分野において似た話があるんだなと考えながらこの記事を読ませていただきました。
これからもブログを楽しみにしております。
失礼します。
Commented by masa_the_man at 2009-10-29 04:46
山田さんへ

>メモ書きから起こしました。

ありがたいです。

>テクノロジーを人間の「外部」を取り巻く「環境」と捉え

この人の場合は「環境」になるんですね。

>テクノロジーとは人間の「内」でも「外」でもない人間という動物の分泌液のようなもの

なるほど、そういうことですか。

>「内」と「外」が複雑に入り交じっている境界領域(皮膚)なのである。

これでようやくわかりました(笑

>ただ「別の種類のテクノロジー」を選んでいるだけだ。

いえますねぇ。

>知識の構造が追いつけていない、いわばアレルギーの様なものだ、としておりました。

「アレルギー」とはうまいたとえですなぁ。これは勉強になりました。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2009-10-29 04:48
iraora さんへ

>本も読ませてもらっております。

ああ、ありがたいです。

>サッカーとはカオスであり、フラクタクルである」と定義付けるもの

おおっ、これは面白い。こういう議論があるとは知りませんでした。

>サッカーそのものとして大局的に捉える必要がある

これはまさにホーリズムの議論と一緒ですね。

>機械論パラダイムではなく、生命論パラダイムとして考えるべきだとされてました。

こうなってくるとラッツェルも入ってきます(笑

>反テクノロジーとはいえませんが様々な分野において似た話があるんだなと考えながらこの記事を読ませていただきました。

そうなんですよね。こういう知的刺激が面白いから学問はやめられません(笑)コメントありがとうございました
Commented by iraora at 2009-10-29 20:37 x
フラクタクルではなくフラクタルの間違いでした。失礼しました。
戦術的ピリオダイゼーション理論を知った時に仏教的でもあるなと僕は思いました。
聞いたことのない名前がたくさん出たのでこれからの読書に役立てたいと思います。
ありがとうございます。
Commented by masa_the_man at 2009-10-30 09:09
iraora さんへ

>フラクタクルではなくフラクタルの間違い

そういえばブッシュ前大統領も「サブリミナブル」と言っていましたね(笑

>仏教的でもあるなと僕は思いました。

おお、きましたね。

>これからの読書に役立てたいと思います。

私の専門の方面ばかりの名前で申し訳ないです。コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2009-10-27 08:14 | 日記 | Comments(13)