2009年 05月 29日
「北朝鮮核実験・ミサイル発射」記念論文:その3/7 |
「全面核戦争というのは、それがもたらす破壊規模があまりにも甚大で深刻であり、どのような政治目標でも矮小化してしまうため、何かの政治目的のためにそれを戦うというのは不可能だ」と信じる人々は、首尾一貫した論理的な政治ポジションをつくりあげることができる。彼らは核戦争が国家の歴史の終わりになり、核戦争を起こすような脅しは自滅のための脅しと同じであり、したがって信頼性に欠けるものだ、と論じるのだ。
ところが彼らは一方で核兵器を根絶できないことも認めている。彼らは敵の計算違いが絶望的な結末を生み、本当に非合理的な行動というのは常に起こりうるのであり、そして紛争は制御不能なものになる可能性があったとしても、その脅威が十分に深刻なものでない限りは、どんな途方もないような脅威でも抑止することができる、と信じているのだ。
一九七〇年代のアメリカの国防コミュニティーではこのような抑止理論は否定されていた。ところがその後の戦略目標の見直し作業では、アメリカの政策はロバート・マクナマラ(Robert S. McNamara)元国防長官の「相互確証破壊」の断定的なドクトリンからどんどん離れて行ったように見える。しかしアメリカの国防企画者たちは核戦争の問題について徹底的に研究しておらず、しかも核戦争に関する戦略の意味を考え抜いたわけでもない。
アメリカの国防コミュニティーは常に核戦争というものを「戦争」ではなく「ホロコースト」のように見なしがちなのだ。元国防長官であるジェームス・シュレシンジャー(James R. Schlesinger)は、「最小限抑止派」の楽観主義者たちと、いわゆる「戦争戦闘派」と呼ばれる悲観主義者たちの間をとった妥協案として、数発から十数発ほどの核弾頭を使う「限定核オプション」(LNOs)というものを採用したと聞く。
ところがその定義からすれば、限定核オプションというのは戦争の最初の段階でしか使えないものだ。だが限定核オプションを使い果たした後はどうなるのだろうか?もしソ連がアメリカの限定核オプションに仕返ししてきた場合、アメリカは「さらなるエスカレーション」と「和解・調停」の間でジレンマに陥ることになる。
戦争中に抑止状態が回復不可能になってしまう理由はいくつかある。たとえば敵は闘っている最中に「戦争中の抑止」というコンセプトを無視してとにかく戦争に突き進むかも知れないし、指令、制御、そしてコミュニケーションは急速に悪化してしまうために戦略判断が妨害され、双方とも勝手に自分たちの戦争計画を実行してこともあるからだ。アメリカの国防コミュニティーは、遅まきながらも目標選別の柔軟さと限定核オプションは「戦略」とはならないし、不適切な戦略核兵力を埋め合わせることができないことを理解しはじめたのだ。
限定核オプションはそもそも強い国の戦術であり、戦略的に劣った時期に入っている現在のアメリカのような国のための戦術ではない。限定核オプションはアメリカが核戦争がエスカレートした後にそれをどうコントロールして支配するかということを教えてくれる、実用に耐えうるような理論を持ってから初めて、実用可能になるものなのだ。
一九七〇年代に見られたような「柔軟な目標選別」の根本的な間違いというのは、アメリカが満足な形で終わらせることができそうもない核戦争のエスカレーションを自発的に始めるかも知れない、という事実を無視している点にある。「柔軟な目標選別」というのは、軍事力の行使がどのように政治目標の獲得に貢献するのかということについて何も展望のない計画の、たんなる付属品だったのだ。
戦争の狙い
アメリカの戦略目標選別ドクトリンは、第一撃から最後の攻撃まで一貫した政治目標をもたなければならない。ところが戦略の柔軟性というのは——戦争にどう勝つのか、もしくはなんとか戦争を許容できる範囲で終わらせることを請け合うような実行可能な理論に固執しない限りは——アメリカに(紛争の前もしくは最中に)適切な交渉的立場を与えてくれないし、結局のところは敗北へ招待状でしかない。
小規模でよく計画された攻撃が効果を挙げられるのは、アメリカが戦略的に優勢な場合だけだ。この「優勢」とは、ソ連を倒し、しかもその戦後の望ましい世界秩序を確保できるまで復興できるような見込みが持てる、どのレベルの暴力においても核戦争を戦える能力のことを言う。
by masa_the_man
| 2009-05-29 23:54
| 戦略学の論文

