2009年 05月 26日
「北朝鮮核実験・ミサイル発射」記念論文:その1/7 |
今日の甲州は完全に初夏の陽気でして、半袖/サンダルで原付に乗ってもちょっと暑いくらいでした。
さて、北朝鮮が日本の安全保障に対して次々といろんな脅威なことをやっておりますが、それを考える参考のためにと思いまして、私が数エントリー前で紹介した、冷戦当時に登場した抑止理論の「戦争勝利派」の有名論文を訳したものをここに紹介しておきます。
論文を書く合間に30分間くらいで超ソッコーで訳したのでかなり雑かも知れませんが、まあ出版するものではないので、あくまでも参考用に。
著作権の関係もありますので、誰のどういうタイトルの論文かはあえて言いませんが、とにかく当時(80年代初期)は話題になったものなので読んでみて下さい。
文中の「ソ連」を「北朝鮮」、そして「アメリカ」を「日本」と置き換えて読んでみたら面白いかも知れません(笑)
ご意見、ご感想をお待ちしております。
===
核戦争は起こりうる。しかし終末論的な人類の歴史の終わりを予兆するようなハルマゲドンとは違って、核戦争にはさまざまな結果が出る可能性があるのだ。多くの批評家やアメリカ政府の高官たちは、核戦争を人類が死に絶えてしまう出来事だと考えている。このような見方はワシントンであまりにもポピュラーであり、アメリカの国防計画にも悪い影響を及ぼしており、これ自体が急速に「アメリカが自ら実現する目標」になりつつある。
賢明な国防計画には、「戦争にはいかなるレベルでも勝敗があり、そして勝ち負けの区別は些細なことでしかない」という認識は不可欠である。さらに言えば、核戦争というのは、アメリカの軍備体制の質やアメリカの戦略理論の内容に関係なく起こりうるのだ。もし核戦争が起これば、抑止、危機管理、そしてエスカレーションの制御などはほんのわずかな役割しか果たさないことになる。
ソ連がアメリカの送るメッセージを受け取れなかったり、もしくはそれに興味を持っていない場合には、アメリカには降伏する選択肢もなくなるのであり、したがって、持てる力を最大限に発揮して戦争を戦うしかないことになる。さらに言えば、西側諸国は麻痺してしまう可能性のある「自己抑制による障害」を最小限に抑えながら、戦略核兵器を強制的に使えるような方法を開発しなければならないのだ。
もしアメリカの核兵器がアメリカの対外政策の目的を支えるものであるべきならば、アメリカは核戦争を合理的に戦う能力を持たねばならない。これは東西関係の地理や、相変わらず改善しない西側諸国の通常兵力と戦域核兵力、そして「革命的国家」と「現状維持国家」の目的の違いの中にはじめから備わっている、必須条件なのだ。
アメリカの戦略計画では、ソ連の観点から見たソ連側の「恐怖」というものを狙わなければならないのであり、これにはソ連側の反応の見込みや、その反応に対してアメリカ側がどこまで受け入れて、アメリカの領土をどこまで守る意志があるのか、ということまで計算に入れなければならないのだ。そのような計画は、抑止の効果や戦争中の生き残りの見込みを向上させることになる。
アメリカの核目標設定政策においてソ連の特殊な政治文化が考慮にいれられたのはようやく最近になってからなのだが、それでもアメリカ国防コミュニティーはまだアメリカの兵器計画に対するソ連側の反応についての分析結果が示している政策提案の多くを拒否し続けている。
さらにアメリカ政府は、攻撃的な核兵器の使用の自由と、そのような強烈な脅しによってアメリカの領土を守るという手段があることを、そもそもはじめから認識していないのだ。
このような戦略計画に対する批判者たちは、二つの点で決定的な弱みを持っている。
まず一つ目は、彼らはアメリカが核戦争を戦うか降伏するかの究極の選択に直面しなくても済むような政策提言をしないし、そもそもそのような提言をできないという点だ。
そして二つ目は、アメリカの戦略核兵力の持つ大きな責任に見合うだけの抑止のコンセプトを提供しないという点だ。たとえばある抑止理論がいかに優れたものであっても、それが必ず直面しなければならないのは「もし抑止のメカニズムが失敗したらどうなるのか?」という疑問だ。
「ソ連が攻撃してきたあとに大量報復をする」という抑止のコンセプトしか考えられない理論家は、ペルシャ湾や西ヨーロッパなどで通常兵器による戦いで敗北に直面している大統領に向かっては何も言えないのだ。彼らの戦略環境というのは平時にだけしか存在しないものであり、彼らはかなり限定的で象徴的なオプションは提言できるが、大規模なソ連側の反撃をどう抑止するのかという理論は持っていないのだ。
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以下つづく
さて、北朝鮮が日本の安全保障に対して次々といろんな脅威なことをやっておりますが、それを考える参考のためにと思いまして、私が数エントリー前で紹介した、冷戦当時に登場した抑止理論の「戦争勝利派」の有名論文を訳したものをここに紹介しておきます。
論文を書く合間に30分間くらいで超ソッコーで訳したのでかなり雑かも知れませんが、まあ出版するものではないので、あくまでも参考用に。
著作権の関係もありますので、誰のどういうタイトルの論文かはあえて言いませんが、とにかく当時(80年代初期)は話題になったものなので読んでみて下さい。
文中の「ソ連」を「北朝鮮」、そして「アメリカ」を「日本」と置き換えて読んでみたら面白いかも知れません(笑)
ご意見、ご感想をお待ちしております。
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核戦争は起こりうる。しかし終末論的な人類の歴史の終わりを予兆するようなハルマゲドンとは違って、核戦争にはさまざまな結果が出る可能性があるのだ。多くの批評家やアメリカ政府の高官たちは、核戦争を人類が死に絶えてしまう出来事だと考えている。このような見方はワシントンであまりにもポピュラーであり、アメリカの国防計画にも悪い影響を及ぼしており、これ自体が急速に「アメリカが自ら実現する目標」になりつつある。
賢明な国防計画には、「戦争にはいかなるレベルでも勝敗があり、そして勝ち負けの区別は些細なことでしかない」という認識は不可欠である。さらに言えば、核戦争というのは、アメリカの軍備体制の質やアメリカの戦略理論の内容に関係なく起こりうるのだ。もし核戦争が起これば、抑止、危機管理、そしてエスカレーションの制御などはほんのわずかな役割しか果たさないことになる。
ソ連がアメリカの送るメッセージを受け取れなかったり、もしくはそれに興味を持っていない場合には、アメリカには降伏する選択肢もなくなるのであり、したがって、持てる力を最大限に発揮して戦争を戦うしかないことになる。さらに言えば、西側諸国は麻痺してしまう可能性のある「自己抑制による障害」を最小限に抑えながら、戦略核兵器を強制的に使えるような方法を開発しなければならないのだ。
もしアメリカの核兵器がアメリカの対外政策の目的を支えるものであるべきならば、アメリカは核戦争を合理的に戦う能力を持たねばならない。これは東西関係の地理や、相変わらず改善しない西側諸国の通常兵力と戦域核兵力、そして「革命的国家」と「現状維持国家」の目的の違いの中にはじめから備わっている、必須条件なのだ。
アメリカの戦略計画では、ソ連の観点から見たソ連側の「恐怖」というものを狙わなければならないのであり、これにはソ連側の反応の見込みや、その反応に対してアメリカ側がどこまで受け入れて、アメリカの領土をどこまで守る意志があるのか、ということまで計算に入れなければならないのだ。そのような計画は、抑止の効果や戦争中の生き残りの見込みを向上させることになる。
アメリカの核目標設定政策においてソ連の特殊な政治文化が考慮にいれられたのはようやく最近になってからなのだが、それでもアメリカ国防コミュニティーはまだアメリカの兵器計画に対するソ連側の反応についての分析結果が示している政策提案の多くを拒否し続けている。
さらにアメリカ政府は、攻撃的な核兵器の使用の自由と、そのような強烈な脅しによってアメリカの領土を守るという手段があることを、そもそもはじめから認識していないのだ。
このような戦略計画に対する批判者たちは、二つの点で決定的な弱みを持っている。
まず一つ目は、彼らはアメリカが核戦争を戦うか降伏するかの究極の選択に直面しなくても済むような政策提言をしないし、そもそもそのような提言をできないという点だ。
そして二つ目は、アメリカの戦略核兵力の持つ大きな責任に見合うだけの抑止のコンセプトを提供しないという点だ。たとえばある抑止理論がいかに優れたものであっても、それが必ず直面しなければならないのは「もし抑止のメカニズムが失敗したらどうなるのか?」という疑問だ。
「ソ連が攻撃してきたあとに大量報復をする」という抑止のコンセプトしか考えられない理論家は、ペルシャ湾や西ヨーロッパなどで通常兵器による戦いで敗北に直面している大統領に向かっては何も言えないのだ。彼らの戦略環境というのは平時にだけしか存在しないものであり、彼らはかなり限定的で象徴的なオプションは提言できるが、大規模なソ連側の反撃をどう抑止するのかという理論は持っていないのだ。
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以下つづく
by masa_the_man
| 2009-05-26 23:42
| 戦略学の論文

