戦略や地政学の視点から国際政治や社会の動きを分析中


by masa_the_man
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コックスの「理論」論:その4

今日の甲州はよく晴れたんですが、なんだかやたらと寒かったですね。知り合いの人が最近イギリスから帰ってきたらしいのですが、向こうはとっても暖かかったらしいです。

それにしても豚インフルエンザ(スワイン・フルー)で海外のメディアでも大騒ぎですね。私はけっこう本気でイギリス行きをとりやめようと考えているんですが(苦笑

コックスの話の続きをする予定ですが、まずは簡単にお知らせを。

実は現在翻訳プロジェクトを二つ(地政学の論文集と戦略学の本)、そして久々の著書二冊分(新書?)も同時進行で進めておりまして、翻訳に関しては一番早くて六月末か七月末に出ることになりそうです。

著作のほうも夏までには出ることになると思われるのですが、なにせ論文を書きながらですので時間がいくらあっても足りません。ま、やるしかないんですが。

ここで皆さんにお願いなんですが、また翻訳本のタイトルを、そのうち本ブログで募集することになるかも知れません

もちろん採用の方には献本させていただきますのでぜひご協力いただけますようお願いします。

さて、コックスの話のつづきを。

セオリーが生まれる背景には時間と地理というコンテクストがあり、しかもある現実に対処するための問題意識から発生するものであるために、どうしても特定のイデオロギーや思想のようなものの影響を受ける、というところまでお話しました。

これを踏まえてコックスは、

「セオリーの一つの大きな役割というのは、我々の心を目の前の現実に正しく対処できるようにするために、これらの問題を明確にすることにある」

(A primary task of theory is to become clearly aware of these problems, to enable the mind to come to grips with the reality it confronts.)

と書いております。

ところがここで問題になってくるのは、この「我々が直面する現実」というものが変化してしまうというところです。

これをウォルツの理論でいけば、彼の想定していた米ソによる「二極構造」という現実が、冷戦終了と共にモデルとして使えなくなってしまった、ということです。

いいかえれば、セオリーが説明していたコンテクストが変わり、セオリーのモデルが使えなくなってしまったということですな。

コックスはこれを踏まえて、一般的に言われているセオリーというものには実は二種類のタイプがあるんじゃないかと提案しております。

まず一つ目は、ある問題があって、それを説明したり処方箋を導き出すことによって解決しようとする「問題解決理論」(problem-solving theory)です。

このセオリーの目的は、あるトラブルがあって、それをなるべくスムーズに解決できるような方針や政策を導き出すことなんですが、ここで問題になってくるのは、それを解決しようとする側の力関係や制度などが全く疑問に思われない、ということ。

たとえば「国家は不当に解雇された派遣労働者を救済しろ!」という要望があったとすると、その要求をしている人は、ものすごく単純にいえば

「国は国民を保護するものだ」

というセオリー(というか前提)を持っていることになるわけです。

しかもこの要望は、このセオリーに従って考えられた場合には、

「国は解雇された派遣労働者を保護すべし」

という風に「問題解決」しようとするわけです。

ところがここでコックスが問題視するのは、この問題解決理論から導き出される答えではなくて、そもそもなぜそのような問題が解決されなければならないのか、というメカニズム的な部分なのです。

ようするにここで何の疑問もなくスルーされているのは、

「なぜ国家が派遣労働者を保護しなくてはならないのか」

という根本的な疑問の部分なわけです。

なぜならこのセオリーに働く力関係についての疑問(この場合は「国家の役割」)というものが、このセオリーの場合は全く考慮や疑問の対象にはならないからですね。

「国家が弱者を救うのは当たり前だ!」

というのは我々のようなリベラルなメディアに毒された(?)日本人としては当然の「セオリー」に聞こえるかも知れませんが、このような考えは、たとえばアメリカに行くと全く事情が違ってきます。なぜって、彼らの中には

「俺の払った税金で、関係のない人間を救うな!」

と考える人々がいるからです。

現在アメリカのメディアで連日報道されている銀行救済法案やGM破綻を救済するかどうか、そして税金反対の「茶会」などで行われている議論を少し考えてみると、実はこの「問題解決理論」に対する批判的な見方と似たような考え方がアメリカ国民の中に染み付いていることがよくわかります。

これをいいかえると、彼らはまさに「批判理論」の考え方に従って(?)「問題解決理論」の背後にある力関係や既存の制度というものに疑問を差し挟むということをやっているわけです。

ここまで書いて時間切れです。続きはまた明日。

もちろんこの詳細についてはこちらでさらに詳しく論じるつもりです。
Commented by waterloo at 2009-04-28 21:32 x
>実は現在翻訳プロジェクトを二つ(地政学の論文集と戦略学の本)、そして久々の著書二冊分(新書?)も同時進行で進めておりまして、

楽しみにしております。
Commented by ブラック at 2009-04-28 22:22 x
こんばんは(^^)!

スワインですが、何でヒステリックに騒ぐのか謎ですね~(笑)!
今日現在で、メキシコ以外で何人死亡していますか?
まぁ、メキシコ国内での死亡者は、発表の数倍はいるでしょうけど!

用心する必要は有るけど、メディアの報道見ていると、恐怖煽り過ぎの気がします、はい!

ではでは!
Commented by masa_the_man at 2009-04-28 23:05
waterloo さんへ

>楽しみにしております。

もしかしたら夏をすぎるかも知れませんが気長にお待ち下さい。コメントありがとうございました
Commented by masa_the_man at 2009-04-28 23:06
ブラックさんへ

>まぁ、メキシコ国内での死亡者は、発表の数倍はいるでしょうけど!

いるでしょうなぁ。

>用心する必要は有るけど、メディアの報道見ていると、恐怖煽り過ぎの気がします、はい!

そうなんですよね。世論はやっぱりメディアが作っている部分はありますから。コメントありがとうございました
Commented by elmoiy at 2009-04-29 21:02 x
>「国家が弱者を救うのは当たり前だ!」
>というのは我々のようなリベラルなメディアに毒された(?)日本人として>は当然の「セオリー」に聞こえるかも知れませんが

絶対王政を経験したヨーロッパ諸国と違って、アメリカは今でも市民の武装権を認めていますね。
ふだん当たり前と思っていることが実はそうではないということに気づく、
これは非常に大事なことですよね。
Commented by masa_the_man at 2009-04-30 00:33
elmoiyさんへ

>絶対王政を経験したヨーロッパ諸国と違って、アメリカは今でも市民の武装権を認めていますね。

そうなんです。日本や欧州はアメリカのこのような文化を異常に感じるところがありますが、彼らは歴史的にそもそも政府の役割というセオリーの前提を疑っているところがありますからこういう考え方も出てくるわけですよね。

>ふだん当たり前と思っていることが実はそうではないということに気づく、これは非常に大事なことですよね。

そうですよね。前提(アサンプション)から考え直すということですな。ただしこればっかりやっているとあまり精神的にはよくないこともありますのであまりおススメしませんが(苦笑)コメントありがとうございました
by masa_the_man | 2009-04-28 01:24 | 日記 | Comments(6)