戦略文化:その3 |
物質面と観念面の両方の要因をまんべんなく見た場合、戦略文化の源流のいくつかは文献などに求めることができる。また、地理や気候や資源なども何千年にもわたる戦略思想においてカギとなる要素であったし、現代の戦略文化においてもいまだに重要な源流である。なかでも「地理的な環境」というのは、ある国が特定の戦略政策を採用する理由を理解する際にとても役立つものだと多くの人々に考えられている。たとえば大国の近くに位置するというのは重要な要素であると考えられており、冷戦時代のノルウェイやフィンランドなどはその典型的な例である(Graeger and Leira 2005; Heikka 2005)。さらにはほとんどの領土紛争が話し合いを通じて解決される一方で、紛争を起こして解決しようとしたり抗争が続いたままのもある。また、多くの国々と国境を接していて、各地点で近隣諸国とそれぞれ異なる戦略的状況に直面している国もある。このような国は、多方面で「安全保障のジレンマ」(security dilemmas)に対応しなければならないこともあるのだ。このような要因はイスラエルような国の戦略的な方向性を決定しているように見えるし、核能力を獲得しようとする動機もこれによって説明することができそうだ。同じように、貴重な資源へのアクセスを確保することは戦略にとって決定的に重要である。変化し続けるグローバルな領土と資源の分布図というコンテクストにおける地理的な要素というのは、二十一世紀でも戦略家たちに必然的に影響を与え続けるのだ。
歴史と体験は、国家の誕生と発展やその国を構成する戦略文化のアイデンティティーを考えた場合には重要な要素となる。国際関係論の理論では、国家にも弱いものから強もの、植民地時代から植民地後のもの、そして前近代、近代、近代後のものまで、様々な種類のものがあることが認められている。この事実によってわかるのは、国家はその種類ごとにそれぞれ異なる戦略問題に対処しなければならないということであり、しかも異なる物質面や観念面での資源を使って独自の対応をするということだ。[1] 新しくできたばかりの国にとって国家建設に伴う困難は不安定な状況をつくりあげ、これによって戦略文化のアイデンティティーが形成されることにもなる。逆に言えば、昔からある国は長期にわたって存在しているという理由のために、大国や文明の勃興を引き起こしたり、政策を作り上げる要素を我々に考えさせることになるとも言える。
戦略文化のもうひとつの源泉は、国家の政治構造の性質や国防組織に求めることができる。ある国は広い意味での西洋式の自由民主制度による統治形態を採用しているかもしれないし、もちろんそれを採用していない国もある。またある国は成熟した民主制国家として見られているし、その反対に民主制へ移行中だったり、まだ国家の統一さえままならないような段階の国もある。後者の場合は、部族、宗教、または民族に対する忠誠など、国の領土の中でも文化的な要因が働いており、これが国家の統一の進み具合やその深さに影響を与えている。同様に、多くの人は防衛組織は戦略文化にとって決定的に重要だが、その影響力の差は大きく出るものだと考えられている。たとえば北欧地域の研究では、軍隊が志願制か徴兵制かという問題や、軍隊の紛争における経験というのは非常に重要になってくることが判明している。また、軍事ドクトリン、政軍関係、そして軍備調達などの行為は、戦略文化に影響を与えることもあるのだ(Neumann and Heikka 2005)。同様に、政軍関係に関して言えば、問題なのは軍事ドクトリンなのではなく、むしろ「軍隊を出動させるための前提条件と、その出動を決める際の合理性そのもの」であると論じられている(ibid)。
神話や象徴というのは、文化と呼ばれる全体のまとまりの中の一部であると考えられている。この二つは戦略文化のアイデンティティーの発展における安定、もしくは不安定要素として働くこともある。神話の中に含まれている考え方は、「根拠のない何か、もしくは嘘」のように、伝統的な見解とは異なる可能性もある。また、ジョン・カルバート(John Calvert, 2004)は政治的神話について、
「根本的であり、大部分は無意識的、もしくは前提的な、ある社会の政治的価値観を表現する信念のまとまりである。これを簡単に言えば、イデオロギーがドラマチックに表現されたものだ。政治的な神話の中で詳細に語られていることは真実である場合もあるし、嘘の場合もある。大抵の場合は見分けがつかないほど嘘と本当がごちゃまぜになっていることが多い・・・政治的な神話の効果を最大限に発揮させるためには、人々の理性ではなく信念や信仰心に訴えかけなければならない。」
と書いている。象徴についての研究でも似たような行為があり、象徴というのは「ほぼ共通して社会的に認められた物質」であり、これは文化的コミュニティーの戦略思想と行動の一定の評価の基準を示すものであると言われている(Charles Elder and Roger Cobb, quoted in Poore 2004: 63)。
多くの批評家は、有名な著作・文献などが適切な戦略思想や行動を知らしめる重要な役割を果たしていると考えている。戦争と平和に関する伝統的な研究では、かなり以前からどの歴史や文化の中でもこのような著作や文献が影響を与えていることが指摘されている。このような影響は歴史的な経緯を持つものであり、古代中国の戦国時代に『兵法』(the Art of War)を書いたとされる孫子からはじまり、古代インドのカウティリヤの著作、そしてトゥキディデスによるペロポネソス戦争の解説を通じた西洋の理解と、ナポレオン戦争の時代を観察した結果としてのクラウゼヴィッツの戦争の本質に関する著作などがある。それと同時に、著作同士が社会に対して影響を及ぼそうと競争することもある。たとえばギリシャの戦略文化の研究では、二つの特徴的な戦略の伝統が交互に影響を与えていることが認められている。まず一方で『イリアス』の中の英雄であるアキレスに知的伝統を求める「伝統派」があり、彼らはこの主人公のようにこの世界がアナーキーであり、最終的に安全保障を約束してくれるのはパワーであると見ている。ところがその一方では『オデュッセイア』の主人公であるオデュッセウスに求める「近代派」がおり、彼らはアナキーな世界を認めつつ、この英雄のようにギリシャにとって最適な戦略は平和と安全保障に多国間で協力を行うアプローチを採用することだと見ている(Ladis 2003)。これこそが戦略文化の中にある二元論であり、これは現代でも見ることができる、長年続いてきた神話と伝説の影響を物語っている。
その他にも、国境を越えた規範(transnational norms)、世代交代、そしてテクノロジーなどが戦略文化の重要な源流であると見られている。たとえば規範(norms)とは、「アクターや、彼らの持つ制度、そして行動の可能性などを決定する、社会や自然界についての相互主観的な考え」であると理解されている(Wendt 1995)。セオ・ファレル(Theo Farrell)とテリー・テリフ(Terry Terriff)は、規範は「軍事変化の目的と可能性」を定義することができ、軍事力の行使に関して手引書のような役割を提供できると考えている(2001: 7)。ファレルは他の文献でも、国境を越えた規範と軍事プロフェッショナリズムが国家政策とそれが作られるプロセスにどのように影響するのかを研究している。ファレルは国境を越える規範は、別の国の文化的コンテクストに対して、新しい規範を採用させようとする圧力(「政治力の動員」)や自発的な採用(「社会学習」)プロセスなどを通じて移し替えることができると考えている。
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表4.3:戦略文化の源流
物質 政治 社会/文化
地理 歴史経験 神話とシンボル
気候 政治システム 重要な書物
天然資源 エリートたちの 考え
世代交代による変化 軍事組織
テクノロジー
←—— {国境を越えた規範による圧力} ——————→
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ファレルの言う「規範の移し替え」は、時間をかければ最終的には国境を越えた規範と国内の規範の間で文化的な調和が増加するというプロセスを通じて達成されることになるのだ(Farrell 2001)。
また、世代交代とテクノロジー(特に情報通信技術)の変化は、権限の譲渡や戦略の範囲に関する問題で重要な結果を生み出す可能性を持っている。インターネットの登場というのは比較的最近の出来事だが、それでもこの情報とコミュニケーションの媒介と共に育った世代が存在するのだ。また現代は、個人とグループがグローバルな規模で活躍できるのと同時に、テクノロジーを諸刃の刃として活用する可能性を持てる世界なのだ。たしかに情報コミュニケーション技術は社会を変革したのかも知れないが、同時それは個人やグループの全く新しいコミュニケーションの仕方を提供したかと思えば、距離に関係なく相手を破壊することができるようにもしたのである。
まとめ
●スナイダーはソ連の軍事戦略を分析するために戦略文化の理論を発展させることによって、政治文化論を現代の安全保障学の分野に持ち込んだ。
●学者たちは特定の歴史経験の流れに源流を持つ「国家様式」が、冷戦期のアメリカやソ連の核戦略の作成に影響を与えたと論じた。
●戦略文化の発生源は、地理、気候と天然資源、歴史と経験、政治構造、国防に関する国家組織の性質、神話と象徴、アクターたちに適切な戦略行動を教える有名な著作や文献、そして国境を越えた規範、世代交代、そしてテクノロジーの役割である。
●戦略文化は国際的な規範によって影響されることもある。