2009年 04月 03日
なぜ「世界観」が重要なのか |
今日の甲州はまたしてもよく晴れまして、気温もかなり上がりました。昨日に比べて桃の花がかなり咲いてきまして、七分咲きという感じになっております。
明日はいよいよ成功法則の講演会なのですが、個人的には面白いゲストがいらっしゃるということで非常に楽しみにしております。
しかも今回は女性の方が十人ほど来られるということなので、ちょっと気合いが入っております(笑)
さて、以前から何度も書いている「世界観」ということに関して少し。
私の講演会に参加していただいたことのある方々はすでに「耳からタコ」(by 長嶋)な状態かと思われますが、戦略学でも地政学でも、究極のところで一番大事なのは「世界観」というものです。
これは英語だと「ワールドビュー」(worldview)なのですが、アカデミック界ではあえてドイツ語の「ヴェルトアンシャウン」(Weltanschauung)を使うことによって、専門用語らしさをかもし出そうとすることがたまにあります。
なぜこれが重要になってくるのかといえば、これが「戦略の階層」の頂点に君臨するものだからです。
詳しくは拙訳の『戦略論の原点』の解説項を読んでいただきたいのですが、これは戦略というものをロジカルに考えて戦略を一つのスペクトラムとしてとらえた時に、「世界観」というのはこの広がりの中の一番端に位置するものだからです。
このスペクトラムは通常はタテの軸で考えるのですが、これを本ブログの書式に合わせて横の軸として書いてみると、
技術ー戦術ー作戦ー軍事戦略ー大戦略ー政策ー世界観
という風になります。
鋭い人はおわかりだと思われますが、このスペクトラムは左から右に移るにつれて「ソフト化」してきます。つまり、
ハード(具体的なもの)→→→→ ソフト(抽象的なもの)
というように移って行くのです。
この考え方というのは様々なところで応用できるかなりの優れモノなんですが、たとえばこれを現在の北朝鮮のミサイル問題に当てはめてみると、
「ミサイル/衛星を発射するぞ!」
と脅しをかけている北朝鮮に対して、日本は
「MDで迎撃するぞ!」
と言っているわけです。
基本的に最近の日本側の報道では、これを撃ち落とせる/撃ち落とせないという技術の面で論じているものが多いのですが(別にこれ自身を私は批判するつもりはありませんが)、実はこれを戦略の階層で究極まで考えてみると、
ミサイル問題 → 北朝鮮/日本は、どういう「世界観」を持っているのか?
という問題に直結するのです。
つまり本質的な問題は、一番ソフト面の問題なのであり、いいかえれば国のアイデンティティー(国のありかたや生き方)同士の違いが最終的に問われている、ということです。
なぜ私がこのようなところに敏感にならざるを得ないのかというと、これは地政学という学問を研究しているからということもありますが、もう一つには私がカナダ時代にアメリカの知識人/オピニオンリーダーの意見を追いかけていた、という事情があるかも知れません。
たとえばアメリカの政治関連の論説記事というのは(当然ですが)「誰が何を言った」というのが非常に重要なんですが、私の場合はどうもそういう意見を言った人のバックグラウンドが気になってしかたがない。
これは要するにそのような意見を言う人の「世界観」、つまり彼/彼女が世界をどのように見ているのか、そしてこの人物がどのような立場にのっとって意見を言っているのか、どんな哲学を持っているのか、そしてそもそもこの人物は何者だ、ということが気になるということです。
(批判)地政学というのは国家のレベルでの「世界観」を「地図」というイメージで形成したりする部分をほじくりかえすわけですが、実はこれは戦略の階層でみてもわかる通り、国際関係の学問の中でもかなり究極的な部分を議論する、きわめて哲学的かつ根本的な学問なのです。
この「世界観」の部分というのは、階層の中でも最もソフトな抽象的な無限の部分でもあるので、技術のようにハードで有限で具体的なものとは反対に、やり方によってはマニュピレート(操作)することができます。
この良い例が「プロパガンダ」というものです。
これはソフトな部分に影響を与えるために、繰り返し行う宣伝などによって国民や個人の「世界観」(=思想、アイデンティティーなど)を変化させるということですね。
もちろん外側から操作することや、その操作の度合いにも限界はありますが、現代の世界は技術(テクノロジー)の面ではそれほど違いが生まれなくなってきてしまったために、これからますますこの「世界観」をめぐる争いが熾烈になってくる、ということなのです。
学問面でいえば、これはある意味で90年代初期のリアリストとコンストラクティビストの論争にあらわれている、とも言えます。
たとえば本ブログでも交わされている中国の脅威についてですが、もし中国政府が本気で日本を取り込もうとする場合はどうすればよいかといえば、一番簡単なのは
「プロパガンダによって、日本の世界観を変えてやればよい」
ということになります。
極端にいえば、日本人全体に「中国の属国として生きよう!」というポジティブ(?)なイメージを根付かせるということですね(笑)
こうすれば日本は自ら喜んで中国の望むことをしてくれます。
「ソフトパワー」というのはもちろんジョセフ・ナイ次期米国駐日大使が言ったことばですが、なぜ「ソフト」なのかはこれでおわかりいただけると思います。
なぜなら、それは戦略の一番上の部分に働きかけることにより、相手を根本的にコントロールできるからです。
これはもちろんポジティブなことにも使えます。
私が明日の講演会で少し語ろうとしていることはこういうことなんです。
明日はいよいよ成功法則の講演会なのですが、個人的には面白いゲストがいらっしゃるということで非常に楽しみにしております。
しかも今回は女性の方が十人ほど来られるということなので、ちょっと気合いが入っております(笑)
さて、以前から何度も書いている「世界観」ということに関して少し。
私の講演会に参加していただいたことのある方々はすでに「耳からタコ」(by 長嶋)な状態かと思われますが、戦略学でも地政学でも、究極のところで一番大事なのは「世界観」というものです。
これは英語だと「ワールドビュー」(worldview)なのですが、アカデミック界ではあえてドイツ語の「ヴェルトアンシャウン」(Weltanschauung)を使うことによって、専門用語らしさをかもし出そうとすることがたまにあります。
なぜこれが重要になってくるのかといえば、これが「戦略の階層」の頂点に君臨するものだからです。
詳しくは拙訳の『戦略論の原点』の解説項を読んでいただきたいのですが、これは戦略というものをロジカルに考えて戦略を一つのスペクトラムとしてとらえた時に、「世界観」というのはこの広がりの中の一番端に位置するものだからです。
このスペクトラムは通常はタテの軸で考えるのですが、これを本ブログの書式に合わせて横の軸として書いてみると、
技術ー戦術ー作戦ー軍事戦略ー大戦略ー政策ー世界観
という風になります。
鋭い人はおわかりだと思われますが、このスペクトラムは左から右に移るにつれて「ソフト化」してきます。つまり、
ハード(具体的なもの)→→→→ ソフト(抽象的なもの)
というように移って行くのです。
この考え方というのは様々なところで応用できるかなりの優れモノなんですが、たとえばこれを現在の北朝鮮のミサイル問題に当てはめてみると、
「ミサイル/衛星を発射するぞ!」
と脅しをかけている北朝鮮に対して、日本は
「MDで迎撃するぞ!」
と言っているわけです。
基本的に最近の日本側の報道では、これを撃ち落とせる/撃ち落とせないという技術の面で論じているものが多いのですが(別にこれ自身を私は批判するつもりはありませんが)、実はこれを戦略の階層で究極まで考えてみると、
ミサイル問題 → 北朝鮮/日本は、どういう「世界観」を持っているのか?
という問題に直結するのです。
つまり本質的な問題は、一番ソフト面の問題なのであり、いいかえれば国のアイデンティティー(国のありかたや生き方)同士の違いが最終的に問われている、ということです。
なぜ私がこのようなところに敏感にならざるを得ないのかというと、これは地政学という学問を研究しているからということもありますが、もう一つには私がカナダ時代にアメリカの知識人/オピニオンリーダーの意見を追いかけていた、という事情があるかも知れません。
たとえばアメリカの政治関連の論説記事というのは(当然ですが)「誰が何を言った」というのが非常に重要なんですが、私の場合はどうもそういう意見を言った人のバックグラウンドが気になってしかたがない。
これは要するにそのような意見を言う人の「世界観」、つまり彼/彼女が世界をどのように見ているのか、そしてこの人物がどのような立場にのっとって意見を言っているのか、どんな哲学を持っているのか、そしてそもそもこの人物は何者だ、ということが気になるということです。
(批判)地政学というのは国家のレベルでの「世界観」を「地図」というイメージで形成したりする部分をほじくりかえすわけですが、実はこれは戦略の階層でみてもわかる通り、国際関係の学問の中でもかなり究極的な部分を議論する、きわめて哲学的かつ根本的な学問なのです。
この「世界観」の部分というのは、階層の中でも最もソフトな抽象的な無限の部分でもあるので、技術のようにハードで有限で具体的なものとは反対に、やり方によってはマニュピレート(操作)することができます。
この良い例が「プロパガンダ」というものです。
これはソフトな部分に影響を与えるために、繰り返し行う宣伝などによって国民や個人の「世界観」(=思想、アイデンティティーなど)を変化させるということですね。
もちろん外側から操作することや、その操作の度合いにも限界はありますが、現代の世界は技術(テクノロジー)の面ではそれほど違いが生まれなくなってきてしまったために、これからますますこの「世界観」をめぐる争いが熾烈になってくる、ということなのです。
学問面でいえば、これはある意味で90年代初期のリアリストとコンストラクティビストの論争にあらわれている、とも言えます。
たとえば本ブログでも交わされている中国の脅威についてですが、もし中国政府が本気で日本を取り込もうとする場合はどうすればよいかといえば、一番簡単なのは
「プロパガンダによって、日本の世界観を変えてやればよい」
ということになります。
極端にいえば、日本人全体に「中国の属国として生きよう!」というポジティブ(?)なイメージを根付かせるということですね(笑)
こうすれば日本は自ら喜んで中国の望むことをしてくれます。
「ソフトパワー」というのはもちろんジョセフ・ナイ次期米国駐日大使が言ったことばですが、なぜ「ソフト」なのかはこれでおわかりいただけると思います。
なぜなら、それは戦略の一番上の部分に働きかけることにより、相手を根本的にコントロールできるからです。
これはもちろんポジティブなことにも使えます。
私が明日の講演会で少し語ろうとしていることはこういうことなんです。
by masa_the_man
| 2009-04-03 23:44
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