昨日の横浜北部は曇りから雨のすっきりしない一日でした。
さて、一部では話題になっている、ブルッキングス研究所の中国専門家
ラッシュ・ドシによる意見記事の試訳を。
著者は現在のバイデンの選挙にもアドバイスを行っているという人物です。
やや長いですが、まずは記事をお読みください。
====
8月、米国家情報局長室は、中国が「トランプ大統領ーー北京が予測不可能と見ているーーの再選を望んではいない」と公式に発表している。しかし、この評価は話の半分しか伝えておらず、中国の公開情報によれば、その実態はもっと複雑であり、さらに注意して見ていく必要がある。
たしかに中国の指導者たちは、最近のドナルド・トランプ大統領の攻撃的な態度から解放されたいと望んでいるかもしれないが、同時に彼がアメリカの国力を弱め、その衰退を加速させたとも考えている。
そして重要なのは、この「衰退を加速させた」という判断なのであり、結果として北京はアジアのみならず、世界中でもワシントンに挑戦しようという気になっている。
冷戦が終わって以来、中国のトップの指導者たちは、中国の大戦略を「多極性」や「国際的な権力の均衡」といった概念に公に宣言してきた。これらは基本的に、中国とアメリカの権力の相対的なバランスを表す、丁寧な婉曲表現である。アメリカの国力についての認識が変わるたびに、中国の戦略は全体的に変化してきたのだ。
過去30年の間に、このような変化は2回起こっており、結果として2つの戦略を生み出してきた。
最初の変化は天安門事件の後であり、ソ連の崩壊によって中国は、アメリカーー冷戦時代には半分同盟状態であったがーーを、強力でイデオロギー的にも脅威に満ちた「敵国」とみなすようになった。これを受けて、鄧小平や江沢民などの中国の指導者たちは、中国に「能力を隠して時間を待つ」ことを奨励した。
この中国の最初の大戦略(韜光養晦)の狙いは、アメリカの地域的な影響力を静かに鈍らせる(blunting)ことにあった。
北京はアメリカの軍事力を阻止するために、非対称的な能力を利用し、アメリカの経済面による強制を抑制するために貿易協定を締結し、アメリカのルール設定や同盟構築を阻止するために、地域の制度に参加している。
2回目の戦略転換のチャンスは、その20年後となる2008年の世界金融危機(リーマンショック)の時に、北京がアメリカの弱体化を確信したときに訪れた。中国の指導者である胡錦濤は「積極的に何かを成し遂げる」ことを強調するように、鄧小平時代の戦略を修正した。
この中国の第2の戦略では、地域秩序の「構築」(building)が狙われた。 北京は地域に介入するための戦力投射能力を公然と追求し、一帯一路構想と経済的な国家運営を利用して他国に影響力を与え、地域のルールを設定するための国際機関を構築しはじめた。
現在、私たちは第3の戦略転換期を迎えている。このプロセスは4年前、英国が欧州連合(EU)からの離脱に投票し、ドナルド・トランプがアメリカの大統領に選ばれたときから始まった。
北京は、世界で最も強力な民主制国家が、自分たちが築いた国際秩序から離脱していくことにショックを受けた。中国の中央党派学校の陳慈民(Chen Jimin)が観察したように、中国の若返りを促進するという意味で「トランプ政権とブレグジットは、素晴らしいパフォーマンスを披露」してくれたのだ。
その後まもなく、中国共産党の米国の権力についてのおなじみの婉曲表現は、すべてがトランプ政権がアメリカの相対的な衰退に寄与しているだけでなく、その衰退を加速させているという信念を指し示すようになった。最高幹部たちの間では、「多極化」は今や不可逆的なものとみなされることが多くなった。そして「国際的な力の均衡 」は「ますます均衡を保っている」と言われるようになったのだ。
しかし、最も重要なことは、2017年初頭のトランプ大統領就任のわずか1週間前に、中国は戦略の指針となる新しいフレーズをデビューさせたことだ。それは清代の屈辱的な状態から習近平時代での上昇という意味で、世界は「100年間見ることのなかった大きな変化」を経験しているというものだ。 この包括的な言葉は、習近平のほとんどの主要な演説や公式文書、それに中国の戦略家や学者による何千もの記事で誇らしげに使われている。
この発言の背後にある自信は、2016年以降の党の権威ある文書などにおいても共通して見られる。 中国の指導者の重要な外交政策演説について党幹部向けに書かれたある公式の文書には、「西洋の政権は権力を握っているように見えるが、世界情勢に介入する意欲と能力は低下している。米国はもはや世界の安全保障と公共財の提供者になることを望んでおらず、その代わりに一方的な、さらには民族主義的な対外政策を追求しているようだ」と書かれている。
そして、2018年に歴史上数回しか開催されていない対外政策を論じる会合で習近平自身が述べたように、「中国は近代以来最高の発展期にあり、世界は過去100年で初めての大きな変化の状態にあり、この2つのトレンドは同時に織り交ぜられ、相互に影響し合っている」のだ。
中国の著名な対外政策の学者たちは、この時期にさらに鋭い指摘をしている。彼らは、「100年に一度の大きな変化」における「最大の変化」は、中国と米国の間のパワーバランスの変化であると主張してきた。
例えば朱鋒(Zhu Feng)は、欧米諸国がポピュリズムに消費されていく中で、「東は上昇し、西は下降する」と宣言している。
閻学通(Yan Xuetong)は、「トランプが米国主導の同盟システムを破滅させた」と主張し、「冷戦終結以来、中国にとって最高の戦略的好機の時期を迎えた」と述べている。呉心伯(Wu Xinbo)は、アメリカが「精神的に疲弊し、肉体的に弱く、もはや世界を背負うことはできない」と評価している。金燦栄(Jin Canrong)は、公式の定型文を修正して、「世界の構造は1つの超大国と多くの大国がいる状態から、2つの超大国と多くの大国による状態へと変化している」と指摘している。
米国に対するこのような認識の変化は、新型コロナウイルスの世界的な大流行の前から起こっていた。 そして、過去のアメリカの力の再評価が戦略の変化の引き金となったように、今回の再評価も同じく変化につながった。トランプ大統領の就任1年目に、習近平は一連の大演説の中で「韜光養晦」の時代「から脱却して」、「世界の中心の舞台」に向かう時期に来たと示唆したのだ。
この中国の第3の大戦略は「拡大」(expansion)に焦点を当てたものである。それは、中国の影響力をアジアを超えて拡大させ、米国の世界秩序の土台に挑戦しようとするものだ。トランプ大統領の当選以来、習近平は北京に対し、「グローバル・ガバナンスの体制改革をリード」し、様々な国際的課題に対して「中国の解決策」を提供するように繰り返し奨励してきた。そしてこれは現在、中国のシンクタンクや大学の研究の最優先事項となっている。
このグローバル化の一環として、北京はまた、海外に施設を持つグローバルな軍事力の追求、主権を持つデジタル通貨で米国の金融力に直接挑戦することや、地域的な制度だけでなく、グローバルな制度を再構築すること、「第四次産業革命」の技術面で意識的に競争することなどを始めており、いずれもアメリカが残した空白を埋めることを視野に入れている。
ところが「100年間で初めてみる大きな変化」には、利益だけでなくリスクも伴う。アメリカの衰退への自信に加えて、衰退したアメリカが危険な方法で暴れ出すのではないかという不安も出てきたからだ。
このような見解は、習近平の演説や中国の公式文書にも反映されており、彼はアメリカによる「包囲、拘束、対立、そして脅威」を警告している。それはまた、北京のトランプに対する評価にも反映されている。トランプは中国にとって長期的な利益をもたらすが、短期的なリスクは高いと見なされているのだ。
北京は、ある中央党派学校の学部長が言うように、ワシントンが「優雅でまともな方法で覇権の衰退を実現する」ことを望んでいるのは確かだが、必ずしもそうする必要はないとも考えている。
他にも多くの人々は、アメリカの抵抗は中国の覇権への台頭を遅らせることはできるが、その実現を防ぐことはできないと考えている。また北京の一部の人々は、軌道修正は不可能ではないとしても、今回のアメリカの大統領選挙はそれほど重要ではないと見ている。
別の学者は、アメリカ人はもはや「アメリカの『自己修正能力』についての空想を夢見ることはできない」と主張している。 2020年のコロナウイルス大流行では、20万人以上のアメリカ人が死亡し、数百万人が感染し、アメリカの政治指導者の多くが病気で無力化した。これによって、アメリカの機能不全と衰退に対するこれまでの中国の見解が、さらに強まることになった。
国家安全部のシンクタンクを率いる袁鵬(Yuan Peng)は、新型コロナウイルスへのアメリカの対応の悪さが「アメリカのソフトパワーとハードパワーへの打撃であり、アメリカの国際的な影響力は深刻な低下に陥った」と論じているが、たしかに今回のパンデミックは、世界政治にとって大国同士の戦争と同じくらい重要な意味を示唆している。
ここから生まれた自信は、北京が地域でさらに積極的な行動につながり、香港での弾圧の影響や、次第に不快感を与えつつある外交面でのダメージを気にしなくなったことを後押ししていると思われる。
特に中国が人口減少や外交面での行き詰まり、そして「中間所得の罠」に直面している今、このような過信は根拠のないものかもしれない。またこのような自信は、客観的な分析というよりはプロパガンダに似た、主要なテキストや学術的な解説の中に再現された党の視点による産物であり、やや人為的なものである可能性もある。
それでもそれが正当かどうかに関係なく、北京の自信は公式に承認を得たものであり、中国の戦略を形成し、北京が危険なリスクを取るのを奨励するものであるため、それを完全に否定することはできない。
中国のトランプに対する見方は複雑であるが、その背後にある論理は、トランプ政権やジョー・バイデン政権におけるアメリカの政策にとっては、かなりわかりやすいロードマップを提供している。北京にとってアメリカは、海外での関与が少なく、国内での分裂が激しく、パンデミック管理や経済競争力に関心がないように見えるため、その先行きは暗く見えるのだ。
中国の戦略を形作る上で常に最も重要なのは、やはりアメリカの力についての評価である。そのため、ワシントンでは「アメリカが末期的に衰退しているわけではない」と北京に証明するような政策(海外、特に国内)がいま最も必要とされているのである。
====
このドシという研究者は、中国側の文献を丹念に見ながら、拙訳『
中国4.0』の中でルトワックが展開したように、中国の過去の大戦略は3回大きく変わっていることを主張しております。
ただし彼の分析が独特なのは、北京がアメリカのパワーを見て、それに対応する形で戦略を変えているという、まさに「北京側の認識」という点に焦点を当てて、それを証拠とともに論じている点にあります。
ただしそれはあくまでも北京のトップのリーダーたちの頭の中の、とても「客観的」とは言えない「認識」なので、たとえば
「これは行ける!」
と勘違いしてしまうと(そしてそういうことは往々にして多いわけですが)、たとえば突然台湾に侵攻したり、尖閣を奪取しに来たりするなど、かなり無謀な冒険に出て国際的にも大迷惑な行動をしかねないなど、深刻な懸念につながりかねません。
おりしもCSBAというアメリカの有力シンクタンクに所属するトシ・ヨシハラの『
中国海軍vs海上自衛隊』という本も出ましたが、ここでも指摘されているのは中国側が日本の海上自衛隊の戦力を冷静に評価して、日本側の戦力に疑いを持ち始めているという点です(第4章)。
米中が新たな冷戦を本格的にはじめた状況下で、アメリカ国内の政治的分裂が明確になり、中国が自国の力に自信を持ち始めているというのは、日本としても心中穏やかでいられるような状態ではないことを、日本のメディアももっと自覚的に報道してもらいたいところです。
(横須賀うみかぜ公園)
====
▼!最新作!〜あなたは米中戦争の時代をどう生き残るのか?〜
▼〜あなたは本当の北京の工作の手口を知らなかった〜