今日の横浜北部もさらに春の陽気です。花粉が大量に飛んでいるようですが・・・
さて、昨日の続きでルトワックの「作戦レベル」の話について。
本ブログをご覧の方のほとんどは、私が「
戦略の階層」という概念を提唱していることはご存知だと思います。
これはそもそも私がイギリスに地政学(正確には古典地政学)を学ぼうとして2004年の9月にコリン・グレイに最初に会ったときに、彼のオフィスに行って「地政学を学びたいんです」と報告した時に、彼のデスクにあった紙切れに書いてもらったものがヒントになっております。
この時にグレイ教授は私に向かって、
「お前が研究しようと思っている地政学だが、それがどのレベルにあるものかわかっているか?」
と教えてくれたわけです。
何のことかわからずにポカンとしている私を尻目に、彼はデスクにあった紙に、無造作に横線を5本ほどザッと書きまして、
「いいか、お前がやろうとしているのは、この中の大戦略のレベルだ」
と言ってくれたのです。
すでにこの時点で私はミアシャイマーの本を翻訳中でしたので、グレイ教授の言う「大戦略」と「地政学」の関係性というのは何となく飲み込めたのですが、個人的に衝撃的だったのは、それが一番上の世界観から政策、そしてすぐ下の軍事戦略と作戦へと、階段のようにレベル分けされていて、しかもそれらがすべて有機的につながっているというアイディアでした。
余談ですが、グレイの階層の考えでは、一番下のレベルは「戦術」で、ルトワックは「技術」まで含んでおります。
さて、この「
戦略の階層」ですが、そもそものアイディアを出したのは、グレイも
認めている通り、そのオリジナルのアイディアはルトワックが1980年にインターナショナル・セキュリティ誌に投稿した
この論文の中であります。
これは昨日のエントリーにもありましたように、当時のルトワックの問題意識の中には、ローマ帝国の大戦略を書いた時の「軍事力を効率よく運用するためのインフラや能力」という要素への注目をベースにして、ベトナム戦争後のNATOの欧州正面の対ソ戦があったわけです。
ところが実際にNATOの演習などを現地で見学してくときに、彼は
「アメリカの軍事戦略の実行は本当にうまくいくのか」
という懸念を持つことになりました。
というのも、アメリカと西ドイツの部隊がそれぞれ敵味方に分かれて指揮所演習を行っているときに、アメリカ側の大佐レベルの人間は部隊に対して非常に細かい指示を与えて猛烈に忙しそうに動いているにもかかわらず、西ドイツ側の大佐たちはヒマそうにしていて、外でタバコ吸っているやつらもいたというのです。
これを専門用語でいえば、西ドイツ側はいわゆる「ミッション・コマンド」による部隊運用、つまりある程度の範囲であれば現場の部隊に自由に戦術行動させることを徹底していたおかげで、この指揮所演習でも上官となる大佐たちは時間を持て余すことができたわけです。
これを見ていたルトワックは、逆にアメリカにはこの現場レベルの戦術行動と軍事戦略をつなぐレベルがないことに気づき、ドイツ語やロシア語の文献を読み漁って(ルトワックは五カ国語に堪能)、その源流はプロイセンの訓令戦術にあり、これが「作戦レベル」につながっていると気づいたというわけです。
この「作戦レベル」ですが、ルトワックの考えの中では「大戦略」と密接なつながりを持つものです。なぜなら、国家の「大戦略」というのは、現場の「作戦レベル」を通じて実現されるものであるからです。
次にルトワックの「大戦略」の考えでは「同盟」(alliance)の要素が極めて大きな役割を持ってくることになるのですが、この話の続きはまた明日。
(自宅での語らい)