フィクションが社会を動かす |
今日の横浜北部は乾いた快晴の空です。気温もかなり低いですが、いいかげん慣れてきた感覚があります。
さて、前回の放送でも触れた、フィクションの重要性について語った意見記事の内容の要約です。短いですが、なかなか濃い内容です。著者はハーバード大学の人文学系の教授です。
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2017年12月20日
By スティーブン・グリーンブラット
年末年始のクリスマスシーズンは、ディケンズの『クリスマス・キャロル』や『くるみ割り人形』さらには『サンタクロース』に代表される、学者たちが言う「集合的フィクション」(collective fictions)の季節でもある。
そしてこのほど専門誌である「自然コミュニケーション」(Nature Communications)では、現代でも狩猟生活を続ける部族であるフィリピンのアグタ族でも、このような「物語」が重要であるという研究結果が出ている。
学者たちはこのアグタ族のような地球上でも数少ない狩猟部族に魅せられて研究しているが、その理由は農業が始まる以前の、人類の最初期の生活の様子を教えてくれると考えられているからだ。
このような部族は、進化生物学者たちを長年悩ませてきた謎、つまり、人類がどのようにして食糧の共有や他者へのいたわり、仕事の協調、社会規範の許容のような「集合的な行動」を学んだのかという疑問を解くカギを持っていると考えられているために研究されてきた。
そしてその答えは、どうやらわれわれが語る「物語」とすべて関係があるようなのだ。
一般的な狩猟部族と同じように、アグタ族の「物語」では男女平等や友情、そして個性の違いを社会的に許容することのような価値観が強調されている。
たとえばアグタ族には、「太陽(男)と月(女)の間で、どちらが空を照らすべきかについてケンカがあった。結果的に月にも太陽と同じくらいの力があることが証明されたが、彼らは任務を分担することを決めて、日中は太陽、夜は月が働くということになった」という神話がある。
研究によって判明したのは、アグタ族の中でも、物語のうまい人間が多い集団のほうが、互いに対して協力的であり、食糧探しもうまいということだ。
アグタ族自身も物語の「作家」や、それを語る「語り部」のスキルが集団の利益になることを十分知っており、誰と一緒に生きるのかを選べと言われると、圧倒的多数が狩りや漁や農作業などに熟達している人間よりも、語りの上手い人間を選んでいる。よって調査で答えた人々のほとんどが合意したのが「良い物語が好き」であるということだ。
アグタ族は最も価値のある才能を持った人間に対して、積極的に報酬を与えている。今回の研究で集められたデータで判明したのは、物語をうまく語った人のほうが健康的であり、子孫も繁栄しているということだ(その論文の中では、「もの語りのうまい人物のほうが、そうでない人々と比較して53%の割合で子孫の数が多かった」と記されている)。
研究者たちの結論は、もの語りの上手い人々は、社会的な協力関係を向上させることによって他者からの支持をますます得るようになり、自分が属する集団の成功のために大きな貢献をすることによって賞賛されることになる、というものだ。
年末年始のこの時期になると、最もわれわれの連帯を高めるような物語といえば、「信じること」をあきらめてはならないと(子供ではなく大人たちに対して)諭すような、いわゆる「ファンタジー」になる。
アダムとイブの話や、イエス・キリストの誕生のような聖書に載っている話とは違って、このようなファンタジー系の物語というのは「信者」に対して「これらは真実だ」と教えるようなものではなく、むしろはじめからフィクションであるという前提から始まるものであり、サンタクロースの場合は時を経るにしたがってフィクションになったものだ。
実際のところ、何世代にもわたって無数の人々にとっては、子供のある時期にサンタクロースは創作であるという事実に気づくわけであり、これが最初の「幻滅」の体験となってきたのである。
もしこのような「幻想の喪失」についての悲しみがあるとしても、これは逆にいえば、現実とフィクションの間を区別することを容認するという、人間の成長をうながる一つの強力なプロセスの一つでもあるということが言える。
赤い頬とおもちゃを満載したそりに乗ったイメージのサンタクロースに対するアメリカにおける熱狂の源流は、「聖ニコラスの訪問」という一遍の詩にあるとされている。
この詞はトロイ・センチネル誌の1823年12月23日号に発表されたものであり、もしアグタ族であれば、この詩の作者は素晴らしいストリーテラーとして、大いなる栄誉と富を得たはずである。ところがこの詩は匿名で発表されたものであり、誰が作者だったのかはいまだに議論されているのだ。
多くの専門家たちは、ニューヨークの聖光会神学校の文学・神学の教授であったクレメント・クラーク・ムーアが作者であると主張しているが、ポキプシー在住の詩人であるヘンリー・リビングストンであると論じる人もいる。
いずれにせよ、この詩の作者はわずかな原稿料しかもらっていないことはたしかだ。ただし文化的な面から言えば、われわれはこの詩の作者に対して毎年熱狂的に贈り物を交換するという富を生み出したという意味で、直接報いたと言えるのである。
この贈り物を与える習慣というのはわれわれの国家経済、そして消費社会の健康にとって決定的に重要な要素となっているからだ。
色々と議論に明け暮れている時代ではあるが、今期の年末年始もあいかわらずこのようなストーリーテラーたちは、社会の協力を形成する点で決定的な役割を果たしてくれたのである。
この点について、アグタ族の判断は明らかに正しい。
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要するに「(つくり)話のうまい人間や、良い話は、社会をまとめたり経済を回したりする上で大きな役割を果たす」ということにもなりますが、これは戦略やプロパガンダという意味でもきわめて重要な示唆を与える話ですね。
国家も人間が構成している集団の一つですので、この話が正しいとすると、国家的な神話やストーリーがあると、それが国民を団結させる役割を果たすことにもなる、ということです。
逆に興味深いのは、論語で孔子が「巧言令色鮮し仁」といって、「口の上手い奴にはロクなのがいない」と指摘している点ですが、これは文化的な差異なのでしょうか。
いずれにせよ、この話は「リーダーには話術が必要だ」とする最近の風潮とあいまって、社会心理学的にも見逃せないポイントです。
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