「アジアの地中海」を中国から守れ:その2 |
▼中国と「アジアの地中海」
現在のわれわれは1945年から維持している「内海」のコントロールに対して最大の挑戦がつきつけられているのだが、その瞬間にも戦略的重要性について忘れつつある。
われわれは一つの問題が浮上してくると、それをその地域だけの別々の問題として扱い、短期的な戦術行動を行ってから、再び以前のような緩い無関心の状態に戻る。
ところがわれわれがここで大胆に認めなければならないのは、中国が第一次世界大戦のドイツや第二次世界大戦の時の日本のように外洋を求めて挑戦しているということだけでなく、アメリカが太平洋の外洋で支配的な合間に、アジアの周辺海や周辺空域を支配しようとしているという点だ。
この事実に気づくことができれば、われわれはこの地域における中国の軍事活動についての理解を深めることができるだけでなく、リスクに直面しているエリアを示すことができる。それは「アジアの地中海」(the Asiatic Mediterranean)である。
日本海、黄海、そして東・南シナ海によって構成される水域というのは、東アジアの国々の歴史、アイデンティティ、そして貿易にとって、まさにヨーロッパにとっての地中海のような決定的な位置づけにある。
もちろん「アジアの地中海」からインド洋をつなげて考えるのは地理的にはやや誇張したものであるが、その二つの海域をつなげる水路は世界で最も重要なものでありつづけている。たとえば「アジアの地中海」の水路では年間7万隻の船が通過し、世界の貿易の3割を占めるからだ。
世界の貿易ネットワークは、中国、日本、韓国、台湾、ベトナムなどをはじめとする国々にある無数の工場に依存しており、それらはまさに「アジアの地中海」の沿岸部に位置しているのだ。そしてこの水路は、海洋ユーラシアと西半球全体をつなぐ「ちょうつがい」となっている。
ここで再びスパイクマンの理論を援用すれば、「アジアの地中海をコントロールすればアジアをコントロールすることになる」のである。
中国によってわれわれが直面している問題は、二段階にわかれる。それは「アジアの地中海」における海洋の自由を脅かし、それによって究極的にはアジアの生産性や貿易能力を脅かすということだ。
またそれによって中国はアジアのリムランドや、マッキンダーが「外周の半円弧」と呼んだ地域に対する圧倒的な立場を有することになる。このアジアの地域には、日本、フィリピン、インドネシア、そしてオーストラリアが含まれることになる。
ここで覚えておかなければならないのは、このリムランドと「外周の半円弧」は、地理的に大陸、半島、そして列島など、複合的な形をとっているということだ。
日本は1930年代に朝鮮と台湾をコントロールしたが、これは中国への侵攻を助長し、これによってリムランドで大成功をおさめることにつながったが、中国のハートランドや道のない太平洋に拡大しようとした時に泥沼にはまることになった。
今日の中国は日本と東南アジアを脅かすような能力を獲得しつつあるが、そのパワーは本土からだけのものではなく、内海にある外部の基地からも投射できつつあるのだ。
このような観点からみると、2013年11月に北京政府が東シナ海上空に防空識別圏(ADIZ)を設置したことは、中国がアジアの周辺空域を支配するためのひとつの動きであると言える。
このような拡大的で統合的な戦略環境を「アジアの地中海」のような形で理解できなければ、中国の長期的な挑戦を完全に理解し、把握し、対処することができなくなるのだ。
▼その対策
ではこのような状況に対して、われわれは一体何をすべきなのだろうか?
第一に、われわれは「アジアの地中海」というアイディアを意識的に取り入れなければならない。この地中海は、北はカムチャッカ半島、南はマラッカ海峡まで広がり、しかもこの水域は互いにつながっていて、アジアの「やわらかい急所」である。
その次に、われわれの最終目標は、引き続き「アジアの地中海」の完全なコントロールにあり、その安定を保証することにあることを受け入れることだ。
このためにはいくつかの点で政策を変更すべき必要がある。
第一に、われわれの計画とオペレーションを、この空間全体をシームレスにカバーし、コントロールを維持することに向けるということだ。
第二次大戦時の連合国側は、地中海東部の喪失を許さず、あとの半分の西部をオープンな状態に保ったのである。その意味で、南シナ海と東シナ海を分裂させてはいけないのだ。
そのためには、たとえば平時の「航行の自由作戦」は地域全体を通じて行われなければならないし、同時に戦時計画においては機動可能な水域を同盟国側の兵力によって維持できるよう準備しなければならないのである。
第二に、平時と戦時の両方に備えた包括的なリスクの見積もりを出すためには、インテリジェンス、監視、そして偵察などの活動を再整理する必要がある。
第三に、米国防総省は同盟国や友好国たちと安定を維持するために協力し、そしてグレーゾーン事態やあからさまな戦闘状態での共同的な対処できるのかという点について、具体的に議論しはじめるべきである。これには共同警戒監視や非殺傷機器分野での合意、そしてインテリジェンスのさらなる共有などが含まれるだろう。
アメリカの太平洋司令部、太平洋艦隊、そして太平洋空軍は、この論文で提唱されている考えや計画の大きな変化をすでに大きく促しており、すでにこの地域の責任を担っている。
われわれの約束と権益の両方を守るという責務は、決して軽いものではない。ウlォルター・リップマンは1943年に出版した『アメリカの対外政策』(U.S. Foreign Policy: Shield of the Republic)の中で、海外でのコミットメントは国力とのバランスを考慮したものでなければならないと忠告している。
スパイクマンと同じように、リップマンは第二次世界大戦の絶頂期に、バランスの不均衡が戦争の直接的な原因であると書いている。
彼は1899年から1942年までの太平洋におけるアメリカの対外政策を痛烈に批判しており、その理由としてアメリカ自身が日本の台頭に対して、そのコミットメントと国力の間の不均衡に気づけなかったからだとしている。
ところが1945年以降の太平洋では、ソ連による限定的な挑戦があっただけで、深刻な脅威というものは存在しなかった。ほぼ50年前となるベトナム戦争(われわれがアジアのリムランドで現地勢力を支えた最後の例だ)以来、われわれのアジアでのコミットメントと国力の間がバランスがとれていることを確認しなければいけない初めての状況に直面している。
ハンチントンが「オフショア・バランシング」の原本的なものと呼べるようなものを書いていた時代とは違って、現在のわれわれには現地のコントロールに対する深刻な挑戦者がいる。
この挑戦者は、今日の時点では米軍全体を破壊するだけの能力はもっていないかもしれないが、それでも着実に力をつけつつある。
さらに重要なのは、この挑戦者が「アジアの地中海」のコントロールを目標として定め、たとえば人工島を建造することを通じて、その地政学的なバランスを完全に変えてしまおうと行動しているということだ。
したがって、われわれはこの挑戦に対して二つの面で失敗するリスクを抱えている。一つは、この地域におけるわれわれのコミットメントとパワーを不均衡にしてしまうことであり、もう一つは、その問題の全体像や流れを認識できないことだ。
ワシントンでの中国の能力と意図に対する懸念はようやく高まりつつあるが、それはおそらく半無意識的な形でこれらの事実の認識に遅れたことにようやく気づいたからである。
政策担当者たちは、いまになってわれわれのパワーがそのコミットメントに合ったものではなく、とりわけそのコミットメントが、周辺海の将来的な安定や、どの単一勢力にもコントロールさせないようにすることだと正しく理解されているのかどうかを懸念しはじめている。
このような観点からみれば、われわれの同盟体制というのは皮肉なことに、周辺海のコントロールに比べれば二次的なものであることとなる。なぜならその海域のコントロールを失ってしまえば、われわれの同盟国に対するコミットメントの達成が、さらに困難かつ高価なものとなってしまうからだ。
本論文で提案された政策の実行は難しいだろう。ところがそれらは、もしわれわれがパワーと影響力の両方を現実的に維持しようと思うのであれば必須のこととなる。
「アジアの地中海」の一部を失えば、その他の地域の同盟国とパートナーたちはアメリカとの関係を見直すか、それとも中立を宣言するかもしれないし、自ら行動の自由を確保しようとするかもしれない。
地政学的に孤立したアメリカは、オペレーション的にも弱体化したアメリカのことを意味する。ある海域で排除されてしまうと、そこに再び戻ろうとする際に国富から多大な犠牲を支払うことにもなりかねない。
よって、望ましいのは「アジアの地中海」の全体性を保ちつつ、その安定を維持することだ。そうすることによってはじめて、致命的に重要なアジアのリムランドを紛争のない場所のままにしておくことができるのだ。
ベンジャミン・フランクリンの有名な言葉を言い換えてみると「アジアの地中海はまとまったままでなければならないのであり、もしそれができなければ確実に分裂するであろう」となる。
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久しぶりに「古典地政学」の知見に直撃した論文ですね。
実はこの論文、一箇所間違いがある(スパイクマンとマッキンダーの混同)のですが、訳した時に修正しておきました。
個人的には「アジアの地中海」という概念がだいぶ拡大されている点が気になりますが、オースリンのような考えはすでにマッキンダーが「周辺海」という概念として提案していたとも言えますし、「ユーラシア・ブルーベルト」というアイディアにつながっているともいえます。
いずれにせよ「リムランドに接している海域が重要」というのは、シーパワー側からの視点としては欠かせないものですよね。
そういえばスパイクマンの主著が翻訳されたこともあるので、応用編とでもいえるこの論文がもっと読まれてもいいかと。
ちなみに私もこのような概念の数々をCDの中で講義しております。ご参考まで。
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