米陸軍の新たなコンセプト |
さて、数日前の放送(https://youtu.be/2LjFyA3jkWY)でも触れましたが、米陸軍が新しいコンセプトを発表しまして、そこから示唆されている内容が我が国の実力組織にも影響がありそうということで記事を要約しました。
個人的には90年代から2000年代に流行ったRMAに関する議論のアップデート版だと示唆されているところが印象的です。
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米陸軍の「マルチドメインバトル」:ジャミング、ハッキング、長距離ミサイル
By シドニー・フリードバーグ
毎年開かれる最大の国防カンファレンスの数日前のことだが、陸軍のトップの計画担当者の一人が、陸軍の従来からの活躍の場である陸から、空、海、宇宙、そしてサイバーへとその役割を拡大することを目指す、新たな計画を発表した。
アメリカの国防費が削減に向かっている中で、陸軍は優先する新たな投資対象として、無人機の撃墜やネットワークのハッキング、通信のジャミング、そして海での艦船撃沈までを狙うというのだ。
ところがこのような陸軍の野心的なコンセプトは、軍種間の競合関係を激化させるのではなく、むしろ他軍種や国防長官局からも歓迎されている様子だ。
たとえばこの巨大な陸軍協会のカンファレンスで火曜日に開催される「マルチ・ドメイン・バトル」(Multi-Domain Battle)についてのパネリストには、TRADOCのディヴィッド・パーキンス(David Perkins)のような将軍のほかに、「第三の相殺戦略」(Third Offset Strategy)という近代化案を主導してきた国防副長官のボブ・ワーク(Bob Work)、中継ビデオで参加する太平洋軍の司令官であるハリー・ハリス(Harry Harris)提督、海軍副官のジェナイン・デヴィッドソン(Janine Davidson)。海兵隊司令官のロバート・ネラー(Robert Neller)、米空軍参謀総長のディヴィッド・ゴールドフェイン(David Goldfein)、そしてオーストラリア陸軍の近代化担当の(Gus McLachlan)少将である。
米陸軍は当初「クロス・ドメイン・オペレーションズ」(cross-domain operations)と呼んだコンセプトを、パーキンス将軍が率いた2014年の 「陸軍作戦コンセプト」の中で提唱している。
HRマクマスター(H.R. McMaster)中将といえば、パーキンス将軍の下で陸軍の「未来学者」として活躍している、因習打破を目指す知識人系の軍人だが、彼によれば、「マルチドメイン・バトル」というコンセプトは「副長官と彼の優先事項が反映されたもの」だという。
▼反・接近阻止
ワーク氏の「相殺戦略」やパネリストたち全員を突き動かす最大の脅威は、やはり中国とロシアの台頭だ。マクマスターが強調するのは、この「ライバル国」たちは、攻撃性と戦力をさらに増しており、軍の近代化を図りながら、クリミアや南シナ海で領土・領海を奪い取っているというのだ。
統合参謀本部議長のジョー・ダンフォード(Joe Dunford)海兵隊大将は、ロシアを「われわれにとって最大の潜在的脅威」と呼んでおり、新たな戦略的アプローチの必要性を訴えている。しかもそれは、人工的な実効支配を分割するような地理的な線に縛られてはならないし、われわれの敵が尊重しない、戦争と平和という線引きも越えるべきだというのだ。
ロシア、中国、さらにはそれよりも小さなイランのような国々でさえ、いわゆる「接近阻止・領域拒否」(Anti- Access/Area Denial: A2AD)の能力の獲得に投資している。
このような長距離ミサイルやセンサーなどによって精緻化されたネットワークは、潜水艦、要撃機、機雷をはじめとする兵力を加えることによって、数百マイル以内に入ってくるアメリカの艦船や航空機を察知して破壊することを狙ったものだ。A2ADの「危険領域」は、すでにバルト三国やポーランド、そして台湾のような、米国の同盟国たちの領土内まで拡大している。
マクマスター中将は今日の午後、記者団に対して「われわれはいくつかの決定的な領域で劣位に立たされている。すべての領域は1991年以来初めてみたことのないレベルで争われることになっている」とコメントしている。ちなみに彼は今年の四月に「米陸軍は将来的に射程や火砲の面で敵に負ける」とまで言っている。
「これはつまり、米陸軍は他軍種の能力に頼れないということだ」とマクマスター中将は述べている。アフガニスタンとイラクにおける米陸軍兵士と海兵隊員は、強力なターゲットの攻撃だけでなく、敵の通信の傍受や道端の爆弾の爆破信号の妨害、それに負傷者の救助などにエアパワーを必要としており、当然だがこれは敵の航空機を空域から排除しておくことが大前提となっているのだ。
もし敵のA2AD能力によってアメリカの航空機がその領域から排除されるということになると、それが紛争の最初の段階であったとしても、戦場の地上部隊は自律的に動かなければならないことになる。
逆にいえば、新たな脅威の登場は、アフガニスタンやイランで米空軍や海軍が地上の陸軍を助けているように、他軍種も自分の領域で陸軍の助けを活用できる、ということにもなる。マクマスター中将は「陸軍がパワーを陸上から拡大することによって、A2ADの諸問題を解決する際の根本的な役割を果たすことができるということになる」と述べている。
A2ADにはアメリカの兵力を排除しておくことに狙いがあるわけだが、もし米陸軍の部隊が戦闘開始の前から友好国の領土に派遣されていれば、ドアを少しだけ開けておくことができる。マクマスター中将は「もし先に到着していれば、そこは拒否される空間ではなく、すでに始めから係争地になっているということだ」と述べている。
米陸軍が戦えるのは地上だけではない。防御的ではあるが、パトリオットやTHAADの砲兵部隊は、敵のエアパワーから味方への航空基地や軍港の破壊を阻止するという意味で、決定的な戦力となっている。
攻撃的な面からいえば、米陸軍の地対地ミサイル(ATACMS)や、将来の長距離精密火力ミサイル(LRPF)は、陸上にある敵のミサイル発射機やレーダー、それに指揮所などを攻撃できるのだ。
これに海上への対艦攻撃能力を加えたところを想像してみてほしい。マクマスターは特定しなかったが、対艦巡航ミサイルや対艦用のエクスカリバー、もしくは極超音速発射体(HVP)などが加わることになるとほのめかしている。さらにはA2ADシステムの異なる部門を統合する敵の司令ネットワークに対して、ハッキングして妨害を行うサイバー・電子戦能力もある。
マクマスター中将は、「将来の砲兵部隊には、地対地、地対空、そして対艦能力が統合されることになるだろう」と述べている。ちなみに米陸軍用語では「砲兵」には大砲とミサイルの両方が含まれる。よって、将来はどのタイプの対艦兵器が使われるのかは不明だ。
米陸軍は戦闘部隊の中の砲兵司令部を強化しており、複数の領域における複雑な集中砲火をよりうまく調整しようとしている。
▼陸軍の近代化
米陸軍は、短期的には新たな対空システム、とりわけ対無人航空機システムの充実によって、自衛的な防御を強化することを狙っている。ロシア軍はウクライナで砲兵の目標選定のために安い無人機を使っており、莫大な効果を挙げている。ところが米陸軍は敵の無人機の指示系統を妨害できるような電子戦部隊を破棄してしまっており、短射程防空部隊(SHORAD)もほとんど解散してしまっており、その代わりにパトリオットやTHAADのような高価なミサイル防衛システムに投資している。
マクマスター中将によれば「米陸軍は現在、低くてスローなターゲットを狙うために既存のレーダーを改変中であり、空中の無人機を撃ち落とすための新たなジャミング用機器と高出力レーザーを開発中である。これは軍関係者や開発者たちの間で過去に例のない速度で行われており、その成果も現れている」という。
この改変には新たなテクノロジーを必要としない部分もあり、既存の機器を別の使い方をするだけでよいものもある。たとえばイラクやアフガニスタンでは、米陸軍は僻地の一体を強力な電波で覆うということもやっている。これによって、相手に米側の通信を傍受されないようにすることができるというのだ。
これらの領域以外にも、米陸軍は引き続き陸上システムに投資しており、それには軽戦闘車から精密誘導手榴弾、それに手のひらサイズの無人機までが含まれる。
マクマスター中将によれば、現在の「マルチドメイン・バトル」への動きは、90年代から2000年代の「トランスフォーメーション」とはかなり異なるものであるという。当時は「軍事における革命」(RMA)がもてはやされており、そこでは長距離、ハイテク、そして無血の戦いという夢が追究されていたからだ。ところが今日は、近接戦闘(close combat)が復活しているというのだ。
実際のところ、古いタイプの地上戦は、敵が米国のエアパワーへの対抗の仕方を学んだ今、その重要性を増していると言える。
なぜなら敵が都市や森などの「複雑な地勢」に逃げ込みつつ、ジャミング機器を使って米国の長距離センサーやミサイルを盲目化させ、航空機を近づけさせないようにできるということは、マクマスター中将によれば「われわれが近接戦闘をしなければならないということであり、敵に近づいて破壊しなければならない」ということになるからだ。
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一言でいえば「A2AD環境下では陸軍はもっと自律的かつ他軍種にとっても補完的な存在になるべき」ということなのでしょうが、近接戦闘の復活という点が印象的です。
それにしても米軍は略語で示せる新概念をつくるのが得意ですね。
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