引きこもって考えよう |
さて、ルトワック本の売れ行きがおかげさまで好調ですが、今回は久々に記事の要約を。
二年ほど前の記事ですが、戦略の階層における「世界観」の部分に通じる内容なのでまだ参考になるかと。
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哲人王
14-10/4 The Economist
現在のアメリカのビジネス界では「外向きな活動」を行わずにトップに登りつめることはむずかしくなっている。
たとえばそれは、貴重な週末の時間をカヤックや登山のような汗をかく活動のことであり、精神力や信頼構築を促すような講義を聴き終わったらすぐに家路につく、ということだ。
これらの奇妙な活動は、たしかに飲み会の席で語られるいくつかの「武勇伝」をつくってくれるものかもしれないが、全般的にいえば、そのような活動をセットしたコンサル会社を儲けさせることぐらいしかできない。
したがって、われわれはこのようなトップに向かうための通過儀式をそろそろ止めて、はるかにパワフルな「内省的なコース」に替えるべきできではないだろうか。
このコースでは、ビジネスリーダーたちは「自然」ではなく、「大きなアイディア」を相手に格闘するのだ。そして人々を導くリーダーシップのための能力を、峡谷ではなく知的な面でのギャップを越えることによって与えるものなのだ。
そのコースの進め方はシンプルだ。将来を担う何人かのリーダーたちを僻地のホテルに集めて古典を勉強させる、というものだ。しかも彼らは通信手段からシャットアウトされることになる。このコースの担当講師は、昼間に彼らが日中に読書に集中できるようにして、夜は読んだことを自分の人生に当てはめて考えるように促すのである。
もちろん「優秀な会社の幹部たちに古典を読ませる」というアイディアはバカにされやすいものだ。たとえば彼らに興味を持たせるために『マッキンゼー(ツァラトゥストラ)はかく語りき』や『肩をすくめたアクセンチュア(アトラス)』などのタイトルを考えさせるなどはその一例であろう。
もしくは人物の性格に本の名前を当てはめるのもいいだろう。たとえばドナルド・トランプに『Apologia Pro Vita Sua』そして『罪と罰』を昔のコンラッド・ブラックに当てはめても面白い。さらにはニーチェ版の企業の社会責任を想像したり、キルケゴール的なサプライ・チェイン管理を考えるのもいい。
ただしここで問題がある。優秀な幹部たちというのは、実は思考家ではなくて、決断を下す人間ではないのか?彼らには、無益な考えをめぐらす時間がないのではないか?というものだ。
しかし興味深いことに、アメリカのCEOたちの中には大学で哲学を学んできた人物が驚くほど多い。たとえばリンクトイン社の創業者の一人であるリード・ホフマン(Reid Hoffman)はオックスフォード大学の大学院で哲学を学んだ経験を持っており、億万長者の人生を選ぶ前に学者を目指そうと考えたこともあるほどだ。
いずれにせよ、幹部たちはダボスのような雑談の場に参加して、「ステークホルダー」や「持続性」のような企業のモットーを再生産するだけの時間の余裕を明らかにもっている。彼らは哲学者になれるほどの時間を持っているのだ。
この「内省コース」は「思想家的なリーダーシップ」に劇的な効果を与えている。そしてビジネス界の彼らが、現在このようなアイディアに熱を入れているだけの大きな理由が存在する。それは、彼らの生み出すプロダクトの「コモディティー化」を防いだり、その市場が阻害されないようにする唯一の方法が、競合者よりもはるか先を見越すことにあるからだ。
ところが哲学的なリーダーのように見せている企業というのは、往々にして考えを後追いしているパターンがある。たとえば会社が傾きつつあるのに、昨日の新聞をリサイクルするリスク分析家を、過去の成功を賞賛するマネージメント・コンサルタントたちを雇っているというものだ。
「哲学的なリーダー」になる唯一の方法は、これらの雑音を無視して、何人かの偉大な思想家たちの考えに耳を傾けることにある。千人のリーダーシップ専門家たちの言葉よりも、ツキュディデスのペリクレスの賞賛を読む方がリーダーシップについてはるかに多くのことを学べる。中国でビジネスをする場合、「文化コンサルタント」から話を聞くよりも『論語』を読む方がはるかに多くのことを学べるのだ。
ピーター・ドラッカーがマネージメントの思想家として50年以上トップに君臨していられるのは、彼が多くの会議に参加したからではなく、彼が偉大な本に考えをはせていたからだ。たとえば彼はジェーン・オースティンの本に出てくる結婚の組み合わせを引き合いに出してビジネスの同盟関係について書いている。
内省的に考えるコースは、さらに重要なことを行っている。それは、外向きのリーダーに対して停泊地や避難場所を与えるという点だ。なぜなら外向きの活発なリーダーというのは、物理的な成功に熱中してしまい、家族を無視したり法律をやぶってしまうことが多いからだ。
ところが哲学をベースにしたコースは、地位や名誉に執着するリーダーたちを救うこともできる。なぜならプラトンを集中して読んでいる時に、自分が集めたオモチャの量によって自分の価値を測ることはできなくなるからだ。仕事で忙しくて集中できないボスたちは、Eメールやツィートやリンクトインの更新のような、細々とした雑務から解放されて、本当に重要なことだけを真剣に考えることができるのである。
●答えを探求すること
ビジネス界は内省的に考えるコースを長年に渡って探求してきた。成功した多くのCEOたちは、熟慮する時間を確保することの大切さについて指摘している。たとえばマイクロソフトを経営していた当時のビル・ゲイツは、田舎の小さな家に一週間こもって大きなテーマについて考え抜くということをよくやっていた。ジャック・ウェルチもGEを経営していた時、誰にもじゃまされずに考える時間を1時間確保していた。
ハーバード・ビジネススクールのクレイ・クリステンセンは、彼の同世代のビジネスマンたちのあまりにも多くが離婚したり逮捕されたりするので、「あなたは自分の人生をどのように評価しているのか」というコースをつくったほどである。これはこの学校の最も人気のあるコースの一つとなり、それがまとめられてベストセラーになったほどだ。
「マインドフルネス」はいくつかの大企業で現在流行しており、コーチを雇ってリラクゼーションや瞑想を教えている。石油企業が集まる地域において車や家がステータス・シンボルになっているように、ハイテク企業のトップたちの間では大きなアイディアを目指すようになっている。
シリコンバレーの投資家であるピーター・ティールは、世界を良くして行くために世界トップの思想家たちを集めたカンファレンスを開催している。ディヴィッド・ブレンデルは哲学者・精神分析医であり、企業のボスたちに対して個人的なカウンセリングを行っており、ハーバード・ビジネス・レビューのHPに「哲学が良いリーダーをつくる」というブログを書いている。
ディモン・ホロウィッツは哲学で博士号を取得するためにテクノロジーのキャリアを一時中断しており、グーグルで「エンジニアのディレクター」と「社内哲学者」という二つの仕事をこなしている。彼は「われわれの業界での哲学的リーダーというのは出世の階段をコツコツと努力して上がっていくようなタイプの人々ではありません」と述べている。彼らは「チャンスを得て独特な視点を発展させた人々ばかり」だというのだ。
内省的なコースは、これらのすべてを改善するためのものだ。マインドフルネスは人々にリラックスすると同時に思考を空っぽにすることを教える。 「アイディアの保養所」は有名な知識人たちの話を聞くチャンスを多くつくっている。
企業の哲学者たちとソファーに座りながら行われるセッションでは、マネージャーたちを仕事仲間たちから隔離する。内省思考のコースは、心の充実を図りつつも、自分の部下たちとの結びつきを形成しようとするものだ。そしてこれこそが、いま時代の要請によって注目されている「大きなアイディア」なのである。
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最近は本当にじっくり落ち着いて考える時間がないので、逆にこういうコースが求められるのはわからんでもないですね。
思想やポリシーがないと戦略的に破綻することが多いことを考えれば、このようなコースはきわめて合理的であることがわかりますが、問題は日本の社長やリーダーたちにそこまで時間があるかという点です。時間こそがリーダーたちにとってもっとも貴重な資源なので。
時間のない方にはこのようなCDやこのようなCDも用意しておりますのでご参考まで。
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