孫崎享氏の講演を聞いた |
さて、戦略研究学会の年次大会に出席してきたのですが、孫崎享氏の特別基調講演を聞きましたので、それについて少し。
噂に聞いていた孫崎氏の講演ですが、まずタイトルは
「東アジアの安全保障を考える」
というものでして、氏の肩書は、
「東アジア共同体研究所所長、元外務省国際情報局長」
というものでした。
具体的な内容についてはすでにTwitter上で中継した通りなのですが、大きな流れとしては、まずは今回のオバマ訪日における記者会見での日本メディアの報道の仕方が極めて恣意的なものであったという指摘からはじまりました。
次に米軍の高官が上院に対して「上陸作戦ができない」と明言していたことなどを指摘しつつ、そもそもの戦略の定義とはどういうものか、それに歴史的経緯から、日本にとって領土問題が最優先の議題ではなかったこと、米中がもう軍事衝突をしないという方向に動いていることなどを次々と指摘。
また、日中間には戦前の日米間以上の戦力差があるとして、「戦えない」という前提から戦略を考えなければならないと言明してから、米国の東アジア戦略には四つの選択肢があること、最後に棚上げ論が最適であるとして話を終えました。
まず話を聞いて思ったのが、意外とゆっくり、しかもハッキリしゃべるので、聴衆側としては聴きやすいという点。
これはその前のセッションに出てきた首藤元衆議院議員の、少し焦った感じの速いしゃべりかたと比較すると、その聞きやすさが全然違います。
ただし講演の内容はかなり断定調の政治的なものでありまして、正直なところ、学会の基調講演としてははどうかな、と思ったところがいくつかありました。
個人的に気になったのは以下の3点。
1,クラウゼヴィッツの悪用
『戦争論』の中の、とくに1827年以前の「観念主義者としてのクラウゼヴィッツ」の典型である「敵軍の殲滅」を説いた部分を、恣意的に引用して「古い戦略論だ」と一蹴。
つまり氏はクラウゼヴィッツが「相手や周囲との関係から最適解を導き出す」ということを考えずに、ひたすら「敵の打倒」を目指していたという点でダメだ、と言いたいらしいのです。
これはリデル・ハートに代表されるクラウゼヴィッツ批判の典型的なものですが、実はクラウゼヴィッツ自身も「トランプ遊びと同じで、相手の出方が重要」と述べておりまして、「敵の打倒しか考えていない」という孫崎氏の指摘は正確ではありません。
彼はどうもシェリングのゲーム理論に希望を求めているようですが、戦略論の世界ではシェリングが出てきたために、逆に昔のクラウゼヴィッツの議論の中にすでに同じようなことが述べられていたことが再発見されたという経緯があります。
見方によれば、実はクラウゼヴィッツの理論ほうが「相手」という存在を意識していた関係から「古くて新しい理論」とも言えるわけです。
2,日本の中国に対する現状認識は間違っている?
もちろん日本の中国に対する脅威認識については「距離」という地理的な問題がありますから、それなりにバイアスがかかることは理解できますが、それでもPEWリサーチの意識調査の結果を元にして、
「諸外国は中国がアメリカを経済的に抜くかもと答えているのに、日本だけは中国がアメリカの経済を抜くことはない」
として、希望的観測(?)を元にして現状を見誤っているからダメだ、という議論を展開します。
ただしここで問題なのは、その「岡目八目」的な諸外国(欧米諸国)で、中国に関する情報が日本と比べてメディアでどれだけ流されているかが微妙だという点や、すでに述べたような、中国の隣という日本の地理的な事情というものをほとんど考慮していないという点です。
「中国が本当にアメリカを経済的に抜くかどうか」という意識調査の結果と、その予測と現状認識の正確性とは、実質的には全く関係ないという点を、孫崎氏は意図的に混同しております。
3,日中の軍事バランスは、戦前の日米間以上に、日本にとって圧倒的に不利
これもよくわからない前提でした。
そもそも軍事バランスが「圧倒的に不利」って本当なんでしょうか?戦前の日本とアメリカと同じくらいってのは言い過ぎでは?
アメリカの「核の傘」が効いていない!という点はまあわからないではないとしても、とにかく現時点でも中国に軍事的に圧倒されている、もしくは圧倒されるのが時間の問題なのだから、日本にはオプションがない、だから棚上げ・現状維持に務めよというのは、かなり論理の飛躍があるような気が。
実は私はこの「核の傘」の話の時点で、いつ孫崎氏が「だから日本は核武装しなければならない!」と言い出すのかと内心ヒヤヒヤしておりました(笑
まあそれは冗談としても、逆に日本としては「軍事・非軍事分野でのあらゆる抑止力の強化に務める」という方向に話がいかなかったのが、大いに疑問のところ。
本当に「他にオプションがない」んでしょうか?
もうちょっと知恵をしぼった、創意工夫のある分析や意見が欲しかったところです。
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と、気になったところをいくつか挙げてみたのですが、私はとくに孫崎氏は「中国のエージェントである」とは感じませんでした。彼はどうやら本気で、心の底からこのような議論を主張しているように思えたからです。
ただし問題は、「彼の主張が、向こう側にとってはかなり利用価値のある魅力的なものに映っている」という点です。
少なくとも私が北京上層部の人間であったら、絶対に(良い意味でも悪い意味でも)利用させていいただきたい人物かと。
ということで、実につたない感想でしたが、かなり知的刺激を受けましたので、メモ代わりに書いてみました。
明日は昼すぎから幕張メッセに行ってます。「H2-43 オンザボードブース」におります。