なぜアメリカは日本と組まなければならないのか |
さて、リクエストがありましたので、それにお答えする形で一つ。
私が翻訳したスパイクマンの「平和の地政学」の解説の部分に、1941年の真珠湾攻撃のたった三週間後(12月31日)にスパイクマンが「アメリカは戦後になったら日本と組まなければらない」と地理学会の年次総会で発言して大問題になったことを書きましたが、これについて「その根拠は何なのですか?」という質問をいただきました。
実はスパイクマンはこの理由を、『平和の地政学』の数年前(1942年)に発表した主著、『世界政治におけるアメリカの戦略』(America's Strategy in the World Politics)という本の中で具体的に書いております。
もちろんこの本はあまりにも分厚い(原著で450頁以上ある)ために、今後もおそらく翻訳されることはないでしょうが、その重要部分を以下に要約しておきますので、ぜひ参考にしてみてください。
ちなみに訳出部分は最後の「結論」の章の中の、458〜460ページ,それに468〜470ページの部分です。
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●現在(1942年頃)、米英両国ではこの二国による覇権を中心とした世界秩序をつくろうという議論が巻起こっている。これにはいくつかのバージョンがあるのだが、いずれもがそこから世界政府のような形に発展させようという話をしている。
●ところがそれが世界政府に至るまでは、米英が覇権を握ることは間違いない。第二次大戦が終って日本が破壊されれば、米英は海を通じて大きな力を発揮するはずだ。
●それでも米英の覇権が世界連邦のような形に発展するとは考えられないし、このような計画は米英の中でもほんの少数の人々にしか支持されないだろう。
●イギリスにアメリカが従属していた18世紀の頃を懐かしんでいる人々にとって、米英によるシーパワーと金融力による支配というのはとくに魅力的に映るものかもしれないが、このような考え方は間違いだ。
●なぜならイギリスはシーパワー単独によって世界を支配していたわけではなく(この点ではマハンやその弟子たちも間違っている)、世界のパワーの中心はヨーロッパにあり、そのパワーが(イギリスが仕掛けていた)バランシングによって無力化されていたからなのだ。
●そして今日の世界のパワーの中心は三つある。アメリカもそのうちの一つだが、海によって支配するという枠組みで考えるならば、それには日本も(まずは破壊されるべきだとしても)三番目のパートナーとして加えなければならないのだ。
●日米英の恒久的な同盟関係ができることになると、必然的にランドパワー諸国による対抗同盟が結成されることになるだろう。
●ユーラシア全土が武力によって支配される状態というのは自発的に発生するだろう。なぜならドイツ、ロシア、そして中国は、自分たちが包囲されていることを知り、共同でこの状態に対抗しなければだめだと気づくからだ。
●アメリカとユーラシアの沖合の二つの島(日本・イギリス)による同盟関係は、西半球(南北アメリカ)防衛という視点からみれば理想のようにも思えるが、それでも実際は世界を支配するだけの力を十分に持っているとはいえないし、日本とイギリスはユーラシア大陸に直面した状態にさらされてしまうことによって脆弱性が高まるのだ。
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●「アジアの地中海」(台湾、シンガポール、オーストラリア北辺の三角型の海域)は、戦後のアメリカにとっても最も重要な戦略物資が確保できる場所になるはずだ。そしてここが単一の国家によって支配されることは、アメリカにとって非常に都合の悪いことになる。
●極東地域はアメリカやヨーロッパのように独立したパワーの拠点となるには時間がかかるだろうが、それでもテクノロジーの発展によって経済力が軍事力に転換されることになる。そしてそれが実現すると、その相対的な重要性は他の二つの地域に比べても高まることになる。
●よってこの地域のバランスを安定させることは、われわれの戦略物資だけでなく、世界政治に与える影響からも望ましいことになるのだ。
●第二次大戦が終わったときにこの地域では独立した国々が乱立することになるが、これらを同じような強さの国でバランスをとることはヨーロッパの場合よりも難しくなる。
●そして戦後の一番の難問は、日本ではなくて、むしろ中国になるはずだ。
●パワーの潜在性ということで考えれば、中国のほうが日本よりもはるかにあるのであり、敗北したユーラシア大陸の沖合の小さな島にある日本の立場は、かなりの困難に直面することになる。
●山東半島やウラジオストックから長距離爆撃機が飛び立つことができるようになれば、紙でできた日本の火災保険の掛け金は大幅に上昇することになるのは間違いない。
●近代化と軍事化を果たした4億人(当時)の中国は、日本にとってだけでなく、アジアの地中海に権益を持つアメリカにとっても脅威となる。
●中国はその「地中海」の沿岸部から内海までの広範囲を支配する大陸サイズの国家となり、カリブ海におけるアメリカの地位と同じような立場になるのだ。中国が経済的に強力になれば、その政治的影響力も同じように大きくなるのだ。
●そしてこの海域が、イギリス、アメリカ、そして日本のシーパワーではなく、中国のエアパワーによって支配されるようになる日が来ることを予測することさえ可能なのだ。
●このようなパワー・ポリティクスに基づいた対極東政策をアメリカの国民に支持してもらうのは難しいかもしれない。もちろんアジアへの介入は、ヨーロッパへの介入よりも伝統的に支持を得やすいのは確かなのだが、それでも現在の戦争で親中派と反日派が増えてしまっていることによって、その介入はますます難しくなっている。
●よってアメリカの国民世論では、日本を危険な存在だとみなし続ける傾向は今後も続くはずだろうし、それは中国側にかなりバランスがシフトした後でも続くだろう。
●しかしわれわれはヨーロッパに対する場合と同じように、日本にたいしても同じような支援を行わなければならなくなる。われわれはイギリスを助けるために二度もヨーロッパに介入するハメになったからだ。
●もしアメリカが将来(そして現在の)極東でのバランスを維持しようとするならば、イギリスにたいして行ったような保護的な措置をとらなければならなくなる。そして現在のような一貫性のない政策はやめなければならない。日本が中国の脅威にさらされている間にアメリカがイギリスを助けに行っているという状態は、まさに矛盾以外の何者でもないからだ。
●このような保護は、国際連盟の地域版のような制度機関に参加することによって日本に与えられるべきであり、日本との一方的な同盟関係は好ましくない。
●われわれのコミットメントを全般化して行動の自由を守ることによってはじめて、われわれの国益を守ることができるし、アジアにおける秩序と平和の維持の助けとなることができるのだ。
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また、以前に本ブログにも載せましたが、「平和の地政学」(p.120)にある以下の予言もなかなか興味深い。
●極東では、中国が本物の国内統一を達成し、しかも日本の軍事力が完全に破壊されれば、極東の支配的な国家になることは間違いない。中国にとって大陸上の唯一の障害となるのは、北側にあるロシアの国力だけであろう。
●もし西洋の主要国が地球上の全地域に影響力を残しておこうと考えるのであれば、自分たちの基地を、海のある島国の上に設置する必要がある。
●中国の国家が必然的に持つことになる「パワーの限界」という観点から考えてみると、このような島国にある基地は、将来中国が極東を完全支配しようとする動きに対抗する備えとしては、おそらく十分であろう。
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ということです。ご参考まで。