ウォルツの死亡記事 |
さて、すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、国際関係論を学んだ人間だったら誰でも知っている巨人であるケネス・ウォルツが先週亡くなりました。
その死亡記事が出ておりましたのでさっそく要約を。
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ケネス・ウォルツ:国際関係の専門家、88歳で没
byダグラス・マーチン
●国際関係論の著名な思想家として知られるケネス・ウォルツは議論を呼ぶような逆張り式のアイディアをもつことでしられており、たとえばイランが核兵器を持てば中東は安定すると論じたことでも有名だ。
●今月の3月12日に88歳で亡くなった。彼が上席研究を務めていたコロンビア大学は、死因は肺炎からの合併症であると発表している。
●外交評議会(CFR)の名誉会長であるレスリー・ゲルプは、ウォルツのことを国際関係論を形成した五大巨人の一人だと言っている。ちなみに他の四人とは、ハンス・モーゲンソー、ヘンリー・キッシンジャー、サミュエル・ハンチントン、そしてズビグニエフ・ブレジンスキーである。
●この分野は1950年代に発展したのだが、これは第二次大戦の経験と冷戦のはじまりによって、専門家たちが国家同士がどのように互いに作用しあうのかを正確に説明しようとして始まったのがきっかけだ。
●その時の目標は国際政治を分析するための概念的な枠組みを構築することであり、これはそれ以前に研究されていた外交史や軍事史が提供できなかったことであった。
●コロンビア大学のロバート・ジャービス教授は「理論がなければわれわれは迷子だ」と述べている。「われわれはいろいろな突発的な現象の前で何も理解できずにたたずむだけなのです」
●ウォルツの主張の一つにあるのは、戦争の原因は人間の攻撃性や悪い政府にあるのではなく、アナーキーな厳しい国際関係の性質にある、というものだ。彼によれば、それぞれの国民国家は自らの国益を最大限獲得しようとするというのだ。
●彼はソ連崩壊の例をよく使っていた。自由になったアメリカはいじめっ子になったのだが、それは自分と同じくらいのサイズの敵がいなくなったからだという。
●2011年のカリフォルニア大学バークレー校のオーラルヒストリーのインタビューで彼が述べたのは、この新しい「一極」世界では、アメリカは「権力を濫用し、貧しく弱い国を選び出して(アメリカはこれが得意だ)叩きのめすのです」ということだ。
●「もちろんこれは悲しむべきことだが、これは支配的な、もしくは過去に地域で支配的で、現在は世界で支配的である国家の典型的な行動パターンなのです」と述べている。
●ウォルツ氏は従来の考え方を打ち破り、核兵器で対峙するアメリカとソ連の「二極」状態を、地球をほろぼすような暴発直前のにらみ合いではなく、史上最も安定的な勢力均衡だと考えた。
●ところが批判者たちは彼のモデルが第一次大戦の例、つまり二つの同盟同士が破壊的な結果を生み出したことですでに破綻していると述べている。
●それにたいするウォルツ氏の反論は、冷戦はそれとは根本的に性格の違うものである、なぜなら20世紀の超大国同士は、自分たちが従えている同盟国たちよりもはるかに強力であり、彼らだけが重要だったからだという。
●さらにウォルツ氏は核拡散が平和につながると主張した。「管理された核兵器の拡散は、恐れるよりも歓迎すべきだ」と彼は1981年に書いている。彼は核武装した国家というのはつねにその兵器を注意深く管理するため、大規模な戦争に巻き込まれたことはないと言うのだ。
●ちなみに1999年のインドとパキスタンの(カシュガル)紛争は大規模戦争には当たらないとしている。
●ウォルツ氏のゴールは、「構造的リアリズム」もしくは「ネオ・リアリズム」と呼ぶ視点を提供することによって国際政治の考え方を明確にすることであった。この理論では戦争への緊張の高まりは国家同士の相互作用によるものだとされている。
●前述のジャービス氏は「あなたが違う意見をもっていたとしても彼は考えを深めてくれるのです」と述べている。
●ジャービス氏によれば、彼の最大の業績は、特定の対外政策の問題の分析よりも、彼の理論についての議論であるという。
●ところが実際に最も議論を呼んだ彼の主張は、「イランに核武装をさせよ」という特定の問題だったのである。
●彼は去年のフォーリン・アフェアーズ誌に「なぜイランは核武装すべきなのか」というタイトルの論文を寄稿しているが、そこで中東という地域ではイスラエルが唯一の核武装国家であり、それがもう一つ増えれば安定化に寄与するというのだ。
●彼によれば、イランが核兵器を使うのはありえないという。なぜならイランの指導者たち(もちろん憎むべき存在ではあるが)は自己破滅的ではないからだ。その前例として彼は毛沢東時代の中国を挙げている。1960年代から70年代の文革中でも中国は政治面での過激派から核弾頭をしっかりと守ったからだという。
●その批判として「イランのイスラム教リーダーたちは神の承認を得ていると考えるために、そこまで自制的ではないだろう。イランはテロリストたちと非核兵器と共に核兵器を共有するかもしれないし、核をもつことによって逆に周辺の弱い国々たいしてはされに挑発的な行動に出るおそれもある」という異論が出た。
●ウォルツの記事が出た一ヶ月後にイスラエルのネタニヤフ首相は「イランを核武装させれば中東が
安定するという人もいますよね。しかし私はこのようなことを言う人は人類の愚かさをもうひとつ別のレベルに引き上げたと言えるでしょう」と述べている。
●さらに議論を呼んだのはウォルツ氏の北朝鮮についての主張だ。たしかに北の政府は不快な存在だが、彼らが敵を抑止する手段として核兵器を諦めるのはわれわれの利益にならないという。
●ここで彼はリビアのカダフィ大佐の例を挙げる。なぜなら2003年に核開発計画を諦めたことで、彼の滅亡が早まったかもしれないからだ。
●最近ゲルブ氏はウォルツ氏とキッシンジャー氏と昼食会を開催したが、キッシンジャー氏はイランに核武装させるのを徹底的に反対したという。ゲルブ氏によると「実に活発な議論が行われましたよ」とのこと。
●ケネス・ニール・ウォルツは1924年6月8日、ミシガン州のアンアーバー生まれ。第二次大戦中に陸軍に参加し、オハイオ州のオバーリンカレッジで経済学の学士を取得するとコロンビア大学の大学院で政治科学を専攻。彼の博士号論文は1959年に「人間・戦争・国家: 国際政治の3つのイメージ」として出版された。
●彼の「国際政治の理論」(1979年)は二つの超大国が存在する「二極」世界の概念の理解を進化させた。もちろん彼がこのコンセプトを発明したわけではないが、彼はその働きを鮮やかに説明したのだ。この本はこの分野における必読本となった。
●1995年にウォルツ氏とスタンフォードの学者であるスコット・セーガン氏は「核兵器の拡大:討論会」とする本を出版しており、これも国際関係論のコースではよく読まれた。彼らはこの議論をアップデートしたものを後に出版している。
●ウォルツ氏は1950年に朝鮮戦争に従軍した時にコロンビア大学で教えはじめ、朝鮮戦争から帰国してから57年まで教えている。その後にブランディスやカリフォルニア大学バークレー校などさまざまな大学で教えて、最後にコロンビア大学に戻ってきている。
●彼の妻であるヘレン・リンゼーは2008年に亡くなっており、彼女との間にはダニエルとケネスジュニアの二人の息子と四人の孫がいる。
●ウォルツ氏はアメリカ政治科学学会の会長を87年から88年までつとめ、99年にはその協会が三年一度授与するジェームス・マディソン賞を受賞している。2008年にはウェールズ大学のアべリスウィス校が「思想の王様:理論、主題とウォルツ」という彼の名前を冠したカンファレンスを開催したほどだ。
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以上です。
理論にはあまり踏み込んでませんが、資料的な価値はけっこうあるかと。