ジェレミー・ブラックの来日記念講演会:報告 |
さて、すでに告知した通り、本日は午後からあのジェレミー・ブラックの講演を聞いてまいりました。
ブラック教授といえば、戦略学や軍事史を英語圏で勉強したことがある人なら必ず読んだことがある、現代トップレベルの軍事史家であります。
もともと幅広い時間の概念と文化を越えた幅広い知識をつかって縦横無尽に議論を展開することに定評があり、得意の軍事史の他、世界史や外交史、それに地理や地図と政治の関係(そして地政学)など、実に多くの分野に関する本を書いております(私のオススメの本はRethinking Military HistoryとGeopolitics)。
本人の口から聞いて驚いたのですが、彼の出版した本はすでに百冊を越えているとか。もちろんネタがかなりかぶっているものがあるので、全体的なクオリティーの劣化が心配されるところですが、本人はそれにもめげずに今も非常に生産的です。
今回の講演内容ですが、私が思ったよりも面白いもので、唯一残念だったのは日本語訳が挟まるために、どうしても発表のスピードが落ちてしまうという点だけ。ただしそれを差し引いても、かなり知的刺激を受ける興味深い内容でした。
講演のタイトルは「戦争の未来像」ということで、今後21世紀の戦争はどのようになっていくのかを推測するというもの。
まずブラック教授は今後の戦争を「国内紛争型」と「国家間戦争型」に二つわけ、優秀な学者として当然のように定義にこだわります。それは戦争を「大規模な組織化された暴力」とするということです。
そこから人口問題に言及し、過去12年間で地球の総人口が10億人も増えたことや、今世紀末までにこのペースでいけば100億人越えること、そしてこれが前代未聞であるため、過去の考察の枠組みはちょっと当てはめにくいと論じていきます。
とくに人口の増加が顕著なのはラテンアメリカやアフリカ、それにアジアの国々であり、これらの地域の大都市は「スーパーシティ」と呼ばれるように、大規模な移民が流入することに。ところがこういう都市にはインフラが満足に設備されていないので、政府もコントロールできません。
ここで問題なのは食糧であり、村などでは農業をやって自給自足できるものの、スーパーシティでは何も作れないために外(国)から食糧を輸入することが当然になってきます。これが満足にできないと、都市部では暴動が発生する原因に。
また、都市部での暴動は人間の生活に必要な物資の不足、つまり①燃料、②食糧、③水の順番で、暴動の発生する時間が早まるとのこと。水不足は暴動に直結しやすいんですね。
ちなみにイギリスでは三日間スーパーに物資が搬入されなかったらロンドンのような都市部では暴動が起こるという試算があるとか。
で、世界的に(地下水などを含む)水は減り続けておりますし、脱塩処理も燃料を使うために長期的な解決法にはなりません。
食糧は遺伝子組換え作物などで生産量は上がっておりますが、これも先進国がかかわっているところだけであり、貧乏な国はそれほど恩恵を受けないかもしれない。
燃料も世界的に人口が増えて需要が高まっているため、人口が減っている(日本を含む)先進国もその不足の影響を受けざるをえない。
そしてこの三つの不足は、インフラの弱い途上国の都市部で顕著に現れることになります。
こういう風に考えていくと、世界の中での「普通の国」のスタンダードをわれわれは変えなければならない。それには「日本」や「アメリカ」という国を基準にするのではなくて、たとえばマダガスカルのような国が「普通の国」であることに気づくわけです。
では今後はこのマダガスカルのような「世界の普通の国」は全体的にどうなっていくのかというと、そのモデルとしてラテンアメリカ諸国が考えられます。
まずラテンアメリカの国々は、1940年代から「国と国の戦争」というのはほとんどなく、どちらかといえば平和的。
ところがコスタリカを除けば、その地域の国々はまさに「軍事国家」だらけなのであり、しかも彼らは資源争いがうまくいかないために、軍事政権に頼らざるを得なくなり国内政治に介入、という傾向があるわけです。
アメリカでは国内政治に正規の軍隊が介入したのは1865年以降は一度もなく、60年代の黒人の暴動の鎮圧にも使われたのは州兵のみ。ところがインドなどはカシミール地方などで国内向けに積極的に軍隊を投入している。
では軍隊の役割はどうなるのかというと、もともと軍というのは「抑止」と「直接行使」による問題解決のためのものだったのだが、教授個人としては「アウトプット(出力)」と「アウトカム(結果)」の二つの概念が有効だと思っているとのこと。「アウトプット」は軍事的成功のことであり、「アウトカム」は要求を実際に飲ませること。
そして21世紀の戦争は「アウトカム」を狙うものが多くなり、タスク(任務)とリソース(国家資源)の間に緊張感が生まれ、テクノロジーが重要性を増す。
マダガスカルやブラジルのような国は先端技術はいらないが、先進国はますます必要になってくるのであり、極端までいけば兵士のクローン化というところまで行き着くかも。
将来の戦争については米国の軍事組織ごとにも想定が違っており、海軍は中国との戦争を考えて武器の先端化を考えているが、陸軍のほうはメキシコとの国境のほうの介入を考えている。
結論として、参考になるのはイギリス軍高官たちが提出した最近のレポート。2018年から2036年までの世界像を予測していたが、2018年の世界はいまとほとんど変わらないが、2036年のほうはアメリカが支配的ではなくなり、(イギリス、そして日本にとって)たんなる同盟関係をつくるのに必要な一国という立場(オフショア・バランサー?)になり、日本は戦略文化をもっと軍事に寛容になっていくと見られる。
また、国内の騒乱と国家間の紛争の両方が出てくるため、この介入のバランスが大切である。
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以上、なんとなくまとめてみました。内容のエッセンスを一言で言えば、「ちょっと見方を変えましょう」ものであり、人口増加をかなり心配している様子でした。
また、戦争は合理的というよりもアクシデント的に始まり、軍隊は未来の戦争に準備することができないため、つねに想定されるシナリオと共に、不確実なシナリオも考えておくべき、ということも質疑応答のコーナーで述べておりました。
トリビア的に面白かったのは、歴史的に「大砲」は軍事史の中でももっとも低い評価を受けてきたということ。その参考例として、彼は両大戦でもっとも人間を殺傷したのは大砲という兵器であったことを指摘しております。
ということで非常に参考になりました。こんなチャンスは二度とないかもしれませんが、ブラック教授自身は「呼んでくれればまた日本に来たい!」と、日本をえらく気に入った様子でした。
来年あたりに防研はかなりのビッグネームを招待予定とか。楽しみです。